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【51】二人乗り

 遠くに浮かぶタンカーが、蒼穹そらと海を唯一分け隔てていた。

 碧く霞んだ水平線は、夏空の帳に溶け込んで揺れていた。


「海に行こうよ」

 終業式の日、言い出したのは友恵だった。

 海と言っても、海水浴場ではない。

 市街地から外れて産業道路を横切ると、わりと大きな工業港がこの町に面している。

 長い産業道路沿いの防波堤を越えると、ちゃんと砂浜もある。

「舘内、海行こうよ」

 友恵は圭吾にも声をかける。

「なんで?」

 圭吾は怪訝に言葉を返す。

「武山くんも行くからさ、舘内もおいでよ」

「武山なんてしらねぇし」

 圭吾は窓の外をみる。

「だって、ナオも行くんだからあんたが来ないと数が合わないじゃん」

 尚美は友恵の言葉を読んでハッとする。

 まだ、行くとは言っていない。

 思わず立ち上がって、友恵に駆け寄る。

「武山とかと、ふたりで行きゃいいだろ」

「ふたりだと、間が持たないじゃん」

 ふたりの会話は続いていた。

 尚美が友恵の腕を軽く掴む。

 声を出そうか迷っているうちに

「ほら、ナオは行く気まんまんだよ」

 思わず友恵の腕を掴んだ手に力が入る。

 ……まだ、何も返事してないよ……。

 ちらりと圭吾が視線を尚美に向けた。

 困惑した視線が、圭吾とぶつかる。

『海いくの?』圭吾が両手を動かす。

『ど、どうしよう』尚美も手を動かした。

『行ってもいいけど』

『じゃぁ、行く?』

「ずるいっ!」友恵はそう言って尚美の身体を突いた。

「ふたりだけで解る会話しないでよね」

 友恵は頬を丸く膨らませて笑った。

「しかたねぇな……」

 自分の前に立つ友恵を、圭吾は見上げる。

「じゃぁ、決まりだね」



 スカートにするかジーンズにするか迷った。

 迷った結果、デニムのショートパンツにサテンのミニ丈ジャケットを羽織る。

 何時もよりも入念に鏡を見つめてみる。

 少し伸ばした髪は、寝癖がつき易いから要注意だ。

 トートバックには今朝作ったふたり分のお弁当が入っている。

 夏休み初日、尚美は自転車に乗って駅へ向った。

 住宅街の路地が陽射しに照らされて、何時もよりコントラストが濃い風景に心が浮き立つ。

 駅に着くと、自販機の前に武山宗司がいた。

 周囲を見渡すが友恵も圭吾もまだ来ていないようだった。

 向こうも尚美に気付いて、少し気まずそうに尚美を見る。

 尚美はとりあえず小さな会釈をして彼に近づいた。

「織堂……だよね」

 尚美は大きく頷いて笑顔を作った。

 ポンッと、缶コーヒーが飛んでくる。

 慌てて手を広げ掴むと、異常に熱い缶が手のひらを刺激して思わず落としてしまった。

「ひゃっ」と声がでる。

 この季節、当然冷たい飲み物だと思ったから、意表をつかれた。

 缶を拾って顔を上げると、武山は遠慮気味に笑っていた。

「ごめん、間違ってホット買っちゃってさ」

 武山は自分の持っている缶コーヒーを掲げて

「紛らわしいよな。この時期にホットが在るなんて思わないから目の前のボタン押したら、熱いの出てきてさ」

 尚美は笑顔を向けて、缶のプルタブを開ける。

「普通に話していいんだよね」武山が言った。

 尚美は頷きながら、コーヒーを口へ運ぶ。

「あいつら遅いよな。って、俺は早く来すぎたんだけどさ。舘内って話したこと無いけど、織堂と付き合ってんの?」

 尚美は缶コーヒーを口に着けたまま首を横に振った。

「違うの?」

 どう応えていいか困って、首を傾げる。

 付き合うとかの定義が、ふたりの間にはないのだ。

 気さくというか、よく喋る男だと思った。

 友恵と一緒だと、さぞかし賑やかなのだろう。

「あ、来た」

 武山が手を上げた方を、尚美も振り返る。

 友恵が自転車を一生懸命こいでいた。

 圭吾がその後ろで、路地から出て来るのが小さく見えた。

 尚美な何だかホッとして、気持ちが楽になる。

 友恵は駐輪場へ自転車を入れてから、歩いてふたりの元へ来た。

 背負ったリュックには、約束通りお弁当が入っているのだろう。

 手にはコンビ二袋をぶら下げていた。

「ナオも、自転車置いてくでしょ?」

 友恵が声をかける。

 尚美は頭の上にクエスチョンマークを掲げて、友恵を見つめた。

「だって男がいるんだから、あたしらは後ろに乗っけてもらおうよ」

「えっ、二人乗りで行くのか?」

 すかさず武山の声が飛ぶ。

「当たり前じゃん」

 友恵は言い切って武山の傍らにある自転車に目を留める。

「ていうか、武山くんの自転車荷台が無いじゃん……」

「仕方ないだろ。俺のはマウンテンバイクだし」

「つかえなぁい」友恵は決して怒った風でなく、楽しげに言った。

 友恵の笑顔に、武山は何も言わずに肩をすくめた。

 圭吾がゆっくりと三人の傍に自転車を止める。

「仕方ない、うちらはナオの自転車使おう」

 友恵は尚美の自転車に手をかける。

 ついたばかりの圭吾が怪訝に3人を見渡す。

「舘内は後ろにナオを乗っけてね」友恵が言った。

「はぁ?」

「あたしたちは、ナオの自転車借りるから」

 友恵はそう言ってから、武山にコンビ二袋を手渡した「これ飲み物ね」

 圭吾は意味が解らず、尚美を見る。

 彼女は苦笑いを浮かべて

『二人乗りで行くって』

 圭吾は、楽しげに言い合いする武山と友恵を見つめて息をついた。






お読み頂き有難う御座います。

多忙の為、執筆ペースはかなりおちております。

しかし、確実にお話は進んでおりますので、宜しくお願いいたします(^^;

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