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【45】哀しい後姿

 3時過ぎに姉の志美が到着して、尚美は何だか少しだけホッとする。

「どうしたの? 迷子の子供みたいな顔して」

 ひと通り挨拶と焼香を終えた志美は、台所にいた尚美に笑顔で声を掛けた。

「うん……」と尚美も笑みを浮かべるが、うまくいかない。

「まぁ、ナオは小さい頃だいぶ可愛がってもらったしね」

 志美は、尚美が叔父の死を悲しんでいると捕らえたようだ。

 叔父との記憶があまり無いけれど、残された芳美や叔母の事を考えると確かに悲しみは湧き出る。

 しかし、今の尚美の心境はそれが支配している訳ではなかった。

 不謹慎かもしれない――でも、誕生日は1年に一度しかないのだ。

 明日になって渡したって、そんなに呆れる者もいないだろう。

 でも今日渡したい。

 今日渡すから意味があるのだ……。

「今日、何時頃帰れるかな……?」

 尚美は呟くように姉に尋ねた。

「今日は遅くなるんじゃない?」

「そうか……」『そう』という発声は、意外と難しい――『う』なのか『お』なのか難しいのだ。

「どうした? なんか予定でもあったの?」

 志美は湯飲みをひとつ取ると、自分の分のお茶を入れる。

 尚美は自分のカバンに入った包みを取り出した。

 青色の鮮やかな包みに、銀色のリボンが撒きついている。

「ナニ? 誰かにプレゼント?」

 志美はそう言って直ぐに、瞬きをして瞳を丸くした。

「圭吾くんだ」

 尚美は姉の応えに、コクリと頷く。

「誕生日?」

 尚美はもうひとつ頷いた。

 志美は肩をすくめて小さく息をつくと「ついてないね。今日が誕生日だなんて」

 尚美は諦めたように、ゆっくりと包みをカバンに仕舞いこむ。

 やっぱり今日中に渡すのは無理のようだ……。

 志美はそんな妹の肩をつつくと

『あんた、先に帰んなよ』手を動かす。

『でも……』手話には手話で返す癖がある。

 正直、叔父さんに悪い気がした。弔う気持ちが欠けているような罪悪感が過る。

「大丈夫、お焼香したんでしょ? ちゃんと手も併せたんでしょ?」

 尚美は再び黙って頷く。

「叔父さんはね、そんなちっちゃい事で怒らないから。もっと大らかな人だったし、ナオを応援するに決まってるから」

 ――そうなのだろうか……?

『オネェちゃんは、叔父さんの事、覚えてる?』

「覚えてるよ。あんたを連れて、よく近所の駄菓子やに行った」

 ふと思い出す。

 家の近所の国道へ出た角に、昔は駄菓子屋が在った。

 いつ無くなってしまったのか忘れたけれど、一緒に行く友達のいない自分を連れて、確かに叔父は何度かそこへ行ってくれた。

 何度か……記憶は僅かだけれど、本当は何十回も連れて行ってくれたのかもしれない。

『お母さんにはあたしから言っとくから、したくして帰りな』

 志美が忙しなく手を動かす。

 客間に視線を移すと、母はまだ来客とお喋りをするのに夢中だ。

 尚美は静かにカバンを手に取ると、そっと玄関へ向った。



 叔父の家の近くからバスに乗って駅へつくと、尚美は足早にロータリーを歩いた。

 ふと視線が止まる。

 その先には真穂の姿が在った。

 駅構内へ入るエントランスの直ぐ横には、平和を象徴するという女神像が立っている。

 土台を含めると2メートル以上在るその銅像の横に、彼女は佇んでいた。

 俯いてケイタイをいじっている真穂は、尚美の姿には気付かない。

 尚美はそのまま構内へ入ろうとしたが、一端立ち止まって再び真穂を見た。

 風に吹かれるスカートの裾が僅かに揺れる後姿は、何処か淋しげでも在る。

 尚美は彼女に近づいた。

 近づいて判ったが、彼女のケイタイを持つ手は微妙に震えている。

 何処か落ち着きが無くて、頻繁に右と左の足を交互に揺すっている。

 肩を叩くと、叩いた本人さえ驚く勢いで真穂は振り返った。

「こ、ここで、ナニ、してるの?」

 尚美の言葉が聞こえなかったかのように、真穂は沈黙して彼女を見つめた。

 どうしてこんな所にこの娘がいるのか、不思議に感じているようだ。

「あんたこそ……」

 真穂は途中で言葉を切って、再びロータリーの中央へ身体を向ける。

 再び真穂の肩に手を触れようとした時、一台の車がやって来た。

 この前見たのとは違う。

 二人乗りのペッタンコな車だった。

 窓がスルスルと降りると、中から声がした。

 尚美は車の主を見ようと身体を屈める。

 発する言葉も読み取りたかった。

「……メールくれたの、キミでいいの?」

 髪のながい色白の男だった。

 キレイな顔……充分その表現が通用する。

「ハイ、そうです。ヤックルさんですか?」

 真穂は身を屈めて車の窓を覗き込むと、普段より可愛らしい半音上の声を出した。

「ああ、俺ヤックル」

 車の男はそう言って笑うと「乗れば」

 尚美は慌てて半歩前に出た。

「あれ? ツレも一緒?」

 男は尚美の姿に気付いて目を丸くする。

 まるでドラマのクサイセリフを吐くタレントのような、大げさな仕草。

「えっ……こ、この人は関係ないよ」

 真穂は尚美を後ろへ追いやろうとした。

「え、ん、こ、う、ですか?」

 尚美はわざと、抑揚を気にせず声を出した」

「なんだよ、そいつ」

 車の男はあからさまに不機嫌な顔をする。

「あ、た、し、たち、まだ、中、学、です」

 再び尚美が声をだす。

「ちょっとあんた、なによ」

「なんだよ、頭おかしいのか? それとも、お前ら新手の詐欺か?」

 男はパワーウインドーを閉めながら、車をロータリーに沿って走らせた。

 停まっているバスを避けると、あっと言う間にいなくなった。






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