【42】硬質
くぐもった空色は、灰色で埋め尽くされていた。
今にも雫を零しそうな低い雲の裂け目から、遥か彼方の陽光が微かに覗かせる。
平日の夕方、尚美は友恵と一緒にイオンの中をぶらついていた。
友恵が最近付き合いだした隣のクラスの武山くんの誕生日がもう直ぐなのだそうだ。
一度家に帰って、自転車で待ち合わせをして運河を越える。
テナントで入っている雑貨店へ足を運んだ。
店頭にはシルバーリングやチョーカーの入った透明ケースが並んでいた。
店内は女子高生が制服のままウロウロしている。
女性向けのアクセサリーが多いけれど、男性用のアクセサリー雑貨も豊富で有名な店だった。
「コレがいいかな?」
友恵はチロリアン調の石と革の飾りがついた長財布を手に取る。
合皮の表面は、ウエスタン風の型押しが施されていた。
真っ直ぐにその棚へ足を運んだ所を見ると、前から目をつけていたらしい。
尚美はジッとそれを見つめる。
圭吾の誕生日も6月だ。
しかも、武山くんと3日しか離れて無いから、あと一週間後だ。
「ねぇ、そう言えば舘内くんって、誕生日いつだっけ?」
尚美は苦笑混じりで首を傾げる。
思わず判らないフリをしてしまった。
友恵は武山くんにコクられて正式に付き合いだしたらしいけれど、圭吾と尚美の間にははっきりとした告白や宣言は無い。
自分たちが付き合っているのか、ただの友達なのか二人共曖昧なままなのは確かだった。
身体の関係を知らない年頃の付き合いは、告白や宣言が無ければ形を成さないのが事実だ。
それがもどかしくて、それでもどうしようもない。
だから切なくて、甘酸っぱいのかもしれないけれど。
レジで嬉しそうにお金を払う友恵の後姿は、微笑ましくもあり、羨ましくもあった。
「ねぇ、あれ真穂じゃない?」
店を出た時、友恵に肩を叩かれて尚美は彼女の唇を読んでから視線を動かした。
クラスが離れているから、今では学校でもほとんど姿を見る事がない真穂は、以前に増してやせ細っていた。
少しこけた頬は、中学生の瑞々しさを失いかけている。
「ヤバイよね、彼女」
友恵は再び尚美の腕を突く。
「最近やたら痩せてさ、体型が気に入らなくてダイエット続けてるのかな? そんなに痩せてどうするんだろうね。拒食症って噂もあるけど」
最近の彼女に関する、差し障り無い噂を並べた。
尚美は困惑して、再び真穂の姿を見つめる。
黒いタイトなミニスカートから伸びた脚は、相変わらずスラリと長い。
小さな黒いポーチのストラップを手にぶら下げて歩く姿は、夜の町をさ迷う阿婆擦れのようでもある。
エスカーター付近のフロアにあるベンチで、男が小さく手を上げていた。
茶色く長い髪の毛は、無造作に毛先が踊っている。
中学生ではない。どう考えても高校生の風貌だ。
真穂はやつれた頬に満面の笑みを浮かべると、小走りに男に駆け寄って行った。
悪い噂は聞いていた。
少し前まで付き合っていた3年の渡良瀬が、振られた腹いせに噂をぶちまけていた。
あの女はすぐにヤラせる。
高校生からヤバイクスリを買っている。
金がなくなると、隣町へ出向いて援交をしている。
ある事無い事ぶちまけて真実味は無かったが、こうして見る光景は噂のどれかに当てはまるような気もする。
尚美は何故か少しだけ寂しさが湧いた。
凛々しいほどに強気で、整った彼女の視線はある意味強い意思を感じた。
しかし優越感で満ちた彼女の眼差しは、誰かと連れ立っていても何処か孤独を感じた。
それは自分が感じた事の在る孤独とは少し違う、もっと硬くて冷めた孤独だった。
いまはハッキリと見える……。
硬質な氷河に閉じ込められた、誰にも触れられない孤独。
遠めで見る彼女の横顔は、カレシとの待ち合わせにはそぐわない冷たい孤独で満たされた笑顔に見えた。
瞳に輝きが感じられないからだろうか。
目の前で友恵が見せる笑顔が、あまりにも幸せに満ちているからかもしれないけれど……。