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【41】揺れる

【中間あらすじ】

尚美は聴覚に障害を持っている。

彼女を取り巻く一見何気ない出来事は、聴覚障害をその都度実感させる。

ぶっきら棒な転校生、圭吾はクラスで浮いた存在だけど尚美にとって彼は特別な存在だった。

さり気ない優しさは、彼の声となって彼女の耳に届くのだ。

実質的新章の始まりです。

【章】の表示は、あえていたしません。

宜しくお願いいたします。

「うう……」

 彼女は低く呻いて、制服のスカートを脱ぎ捨てる。

 むしり取るようにブラウスのボタンを外して、それもベッドの上に投げ捨てた。

 朝脱いだままのスウェットパンツを手にとって、乱雑に細い脚を突っ込む。

 その勢いで、ベッドにドカッと座り込んだ。

「ふう……」

 ベッドの枕元、いや枕の下へ手を伸ばして小さなピルケースを取り出す。

 シートから押し出して白い錠剤を手のひらに落とすと、それを口へ運び込む。

 ピンク色のローテーブルからヴォルビックを掴み取り、徐に口へ流し込んで「はあ」と息をついた。

 尖った顎に雫が落ちる。

 真穂は虚ろな眼差しを白い壁に向けると、再び小さく息をついた。


 真穂が初めてそのクスリを飲んだのは中1の3学期の終わりだった。

 他の中学に通う理央は塾で知り合った友人だ。彼女から2、3錠分けてもらったのが始まりだった。

「これって巷じゃ高いんだからね」

 理央は言った。

 従兄から譲って貰ったと言うその薬は、砕いて鼻から吸うのがツウなのだとか。

「もともと精神科のクスリなんだから、身体に悪い事はないでしょ」

「精神科?」

「気持ちを落ち着かせて、リラックスさせるんだって。従兄が言ってたよ」

「なるほどねぇ」

 理央の言葉に、真穂は賛同する。

 カラオケボックスのテーブルの上に薬を置いた。

 ガムの包み紙を敷いて、三角定規を取り出し平らな部分で押し潰すように砕いた。

 今度は包丁で千切りでもするように角を使って細かく砕く。再び平らな部分で押し潰す―― それを何度か繰り返し、完全な粉末状にする。

 生成り色のスポットライトに、白い粉が光っていた。

 サラサラに砕かれた粉末を、定規で小さな山にして、コーラに付いて来たストローで鼻から吸う。

 それをスニッフと呼ぶ事も、この時初めて知った。

 いままで知らなかった知識に、彼女の胸はドキドキした。

「ツウは、こうやってトリップするんだって」

「なんか、ヤクでもやってるカンジだよねぇ」

 軽い遊びのつもりだった。

 それが、禁断症状を呼び起こす薬だなんて、真穂にとって知る由も無い。

「東京の女子高生の間じゃあ、かなり流行ってるんだよ」

 理央は虚ろな目でそう言うと、コーラを飲んで笑った。

 頬が緩んだ奇妙な笑いに、何故か真穂も釣られて笑った。

 ナニが可笑しいのかよく判らないまま。

 天井がグルグルと歪みながらゆっくり廻る。壁の鏡に映った自分の姿が、まるで別世界にいる他の自分に見えた。

 奇妙な高笑いが耳に響く。

 それは理央の笑い声だと思ったけれど、本当は自分の笑い声だったかもしれない。



 真穂は、理央に分けてもらったクスリを1日おきに飲んだ。

 理央に教わったように砕いて吸い込む事は、あまりしなかった。

 面倒だったし、それで充分に効目があった。

 軽い高揚が沸き起こって、気持ちがふわふわと浮き上がる。

 最初はその高揚感に酔うのが楽しかった――ただそれだけだ。

 最後の1粒はカレシの家で砕いてスニッフして、彼女はその場で初体験をした。

 初めての感想は……良く覚えていない。

 クスリの効き具合のせいか、よく噂で聞く痛みも無かった。

 ただ、ふわふわと気持ちは高揚して暖かい波に飲み込まれたようで、そのままぬるま湯の中で浮遊しているようだった。

 家に帰り着いてお風呂に入った時、下着に紅いシミを見てその日の出来事をマジマジと実感した。


 その二日後、真穂はネットにアクセスしていた。

 1シート5千円……彼女のお小遣いの大半が、クスリで飛んでいった。

 お金が足りなくなると、洋服が欲しいと言って父親に臨時のお小遣いをねだった。


 中2になった春、彼女の細い身体は、益々細くなった。

 もともと賢い彼女は既に知っていた――この薬には禁断症状の副作用が在る事を。

 それでもクスリは止められない。

 二日も我慢すると落ち着きが無くなって微かに手が震える。

 見た目に分かる程度ではないが、自分自身が気付いていた。

 しかし、もうどうにもならなかった。

 何処か大人びた体格でも、彼女もまだ中学生なのだ。

 大人に比べれば身体も小さい。その小さな身体は、薬の効目を促進させる。

 心と身体のバランスは大きく崩れてゆく。



 学校では友達の菜美と沙弥さやと何時も一緒だった。

 1年生の時につるんでいた連中とはクラス替えで離れてしまった為に、別の仲間を作った。

 学年で真穂を知らない者はいなかったので、友達を作る事に苦労は無い。

 自然に向こうから声が掛かるから、自分の好みの娘を友人に選べばいいだけだ。

 しかし、彼女の友達は誰もが薄っぺらで、いかにも表面的な遊び仲間が大半だ。

 二年生になると男女の距離は一年生に比べて身近なものになる。真穂の近くにいれば取りこぼしにありつける事を、みんな知っていた。

 そんな連中に、今更クスリの事を打ち明ける気は無い。

 楽しみをただ分ち合うだけのグループに、うわべ以外の友情は無い。

 ――解っている。

 自分だって、学校の友達の為に何かをしてあげようなんて思わないし、今までだって思った事は無い。

 それは付き合っている彼も同じだった。

 クスリに溺れながら、ただ時間が流れる日々は続く。

 深い海に沈んでゆくように、決して浮上する事無いダイビングは心の何処かで絶望感を隠せない。

 不安を打ち消す為に、再びクスリに手を伸ばす。

 真穂の部屋の白い壁は、何時でも揺れていた。





二年生のエピソードが始まりました。

もちろん、圭吾と尚美の話が『中心』…だといいのですが…。

次回も宜しくお願いいたします。

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