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【39】自転車と後悔

申し訳御座いません。

更新したつもりが、UPされてませんでした(^^;

 翌日の日曜日の午前中。

 織堂家の家のチャイムが鳴った。

 姉の志美が玄関へ出てみると誰もいない。

 斜め向いの家で飼っている犬が、やたら吼えていた。

「今時、ピンポンダッシュか?」

 彼女は舌打ちして呟く。

 しかし辺りに視線を巡らすと、門扉の外に見慣れた自転車が置いてある。

 妹が使っている紺色のシティーサイクルに間違いなかった。

 自分のは銀色のフレームだし、庭の中にちゃんと置いてある。

 そう言えば昨日の夜、妹の自転車は庭の中に在っただろうか?



『ナオ、自転車使った?』

 志美は尚美の部屋を訪れて、彼女に尋ねる。

『じ、自転車は……使ったけど……昨日、ちょっと友達の家に忘れて来て……』

 手話がどもる。

 どう説明すればいいのか判らない。

「あれ? じゃぁ、外に在る自転車は、ナオが置いたんじゃないんだ」

「えっ!」声が出た。

 ――外に自転車?

 志美からピンポンダッシュの事を聞いた。

 尚美は階段を駆け下りて外へ出ると、肩で息をしながら自転車を確認する。

 確かに自分の自転車だ。

 昨日、伊藤の家まで乗って行き、思わず置いて来てしまったはずの自転車が目の前に在る。

 ――伊藤だろうか?

「友達が届けてくれたんじゃないの?」

『そうかも……』

 尚美は困惑の笑みを浮かべ、小首をひねった。

 わけが判らない……でも、一安心した。



 ◆ ◆ ◆



 伊藤誠は深く後悔していた。

 あんな事を言うつもりでは無かったのだ。

 ――障害者の尚美を好きになるヤツなんてそうはいない。

 そんな事は思っていなかった。

 現に自分は何故か彼女に心を惹かれていたのだ。

 遠くから彼女の姿を最初に見たのは入学して間もない頃の体育館だ。

 何処かよそよそしくて、迷子の仔犬のようだった。

 それから何度も遠くから彼女を探した。

 小さな身体はやっぱり仔犬のようだ。

 廊下ですれ違う時に盗み見た白い肌と飾らない黒髪は、何処か清楚で品が在るように感じた。

 スーパーで偶然出逢い初めて言葉を交わしたとき、心臓は跳ね上がって初めて動揺というモノを感じた。

 優等生を演じてきた小学時代の自分は完全に崩れ去った。

 彼女ともっと近づきたいと思った。

 それは小学校時代に川田真穂を好きになった気持ちとは別格だと感じる。

 もっと内側から心惹かれる何かが、織堂尚美にはあるのだ。

 それなのに……。

 拒絶されたショックで口が滑ったと言うには、本人にはあまりにも酷な言葉を投げつけてしまった。

 ――怒って当然だろう。

 もう彼女と言葉を交わす事はないだろう……。


 日曜日の朝早く、家のチャイムが鳴った。

 両親は親戚の家に出かけて不在だったので、ちょうどリビングにいた伊藤誠が玄関に出た。

 ドアを開けると、この前の茶髪が立っている。


 ――舘内圭吾……確かそう言う名だ。

 伊藤はそう思うだけが精一杯だった。

 刹那、拳が飛んできたから。

 大きくは無いが、硬くて強い一撃だった。

 伊藤誠は玄関奥に飛ばされて、背中から倒れて右肩を強く打った。

 その痛みと共に、彼が何故ここへ来たのかを理解した。

 手話の出来る茶髪の転校生……夏の初め頃に聞いた噂だった。

 織堂尚美と親しい唯一の変わり者の男子……。


 圭吾は半分開いていたドアを、勢いよく開け放つと足を踏み入れる。

「外に在るのは尚美の自転車だよな?」

 凄味のある声だった。以前言葉を交わした時の、少し軽薄な感じとは違う。

 圭吾は伊藤を見下ろした。

 激しい怒りの為か、ここを探し回った為か、彼は肩で息をしている。

「なんだよいきなり……」

 右肩を押さえながら、伊藤が身体を起こす。

「ナオに何をした? 昨日ここに来てたんだろ?」

「別に、なんもしてねぇよ」

 伊藤は震える眼差しで圭吾を見上げた。

 彼が来た理由はもう判っている。しかし、正直に全てを白状する勇気は無かった。

 狼のような鋭い視線に、半身が震えた。

 いや、実際は彼を見上げる間もなく言い訳する間も無く、圭吾が上に圧し掛かって来て再び拳を振り下ろした。

「ウソつけ。お前、何したんだ? 尚美はな……」

 尚美は常に荒波を掻い繰るような人生を送っている……。

 常人には判らない些細な困難が、彼女の周囲には溢れているのだ。


 2,3発拳を振り下ろして圭吾は冷静に言葉を飲み込む。

 ――こんなヤツに何かを言ってもしかたねぇ……。

 一瞬無表情になると、フッと立ち上がって

「自転車は持ってくからな」

 乾いた声でそう言うと、圭吾は玄関を出て行った。


 伊藤はそのまま足を投げ出すように玄関に座り込んでいた。

 ――これでいいんだよな。

 圭吾に殴られた痛みは、彼女の心の痛みのほんのひとかけらに違いない。

 自分がどれだけ酷い事を口に出してしまったのか、改めて思い知る。

 彼は唇の端から滲んだ血を、右手で拭った。

 少しだけ、胸につかえモヤモヤとした罪の意識が晴れた気がした。

 ほんの少しだけ……。




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