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【35】気まずい視線

 陽が暮れて窓の外が暗くなると、尚美は憂鬱な気持ちになる。

 明日になれば、また圭吾の無言の姿を見なければならない。

 周囲からして見れば何の変わりも無い彼の姿は、尚美にとって明らかに以前とは違う姿だ。

 沈黙のプレッシャーが、終始彼女に圧し掛かる。

 自分の言い分がうまく表現できないもどかしさは、今までに無い苛立ちを彼女にもたらす。

「ナオ、そう言えば今日の帰りに彼に会ったよ」

 ゆっくりとクリームシチューを口へ運ぶ尚美の肩を叩いて振り向かせると、志美は言った。

 尚美はスプーンを口へ着けたまま、一瞬動作が止まる。

「彼、って?」

「圭吾くんって言うんだね。前に見た彼」

 ――彼……その単語に尚美は奇妙なくすぐったさを覚える。

 もちろん志美が使った「彼」はカレシの「カレ」ではない。三人称の単なる「彼」だ。

「少しだけ話したけど……」

「話し、た、の?」

 スプーンを置く尚美に代わるように、志美はシチューを口へ運ぶ。

「ずいぶんシャイなんだね。でも、中学生ってあんな感じかな」

 フッと笑った。

『何話したの? 何か言ってた?』尚美は両手を動かす。

「どうしたの? 慌てて」

『なんでもない……』

 尚美は再びスプーンを手に取る。

「ナオは友達多いってさ」

 少し早口で志美は言う。尚美は姉がどんなに早口でも、その唇を読み取れる。

 ふうっと溜息をつくように、彼女は再びシチュー皿にスプーンを差し込んだ。





 冷たい朝の空気に満たされた部屋で、尚美は制服に袖を通すと、机の上に乗った小さな小ビンを手に取る。

 日曜日に友恵と買い物をした際に買った、ピンクシュガーのコロンを少しだけ首元につけてみた。

 甘い香りが穂のかに鼻孔に漂う。

 上からその香りを塞ぐようにマフラーを巻いて、彼女は家を出た。



 放課後の図書室に尚美はいた。

 一階にある図書室は、時々利用している。少し黴臭いような甘いような図書室の匂いが、尚美は好きだった。

 大抵は文庫本を借りるが、読みたい本が無い場合はハードカーバーも手に取る。

 東野圭吾の小説を物色してした時に、背中を軽く叩かれた。

 尚美が驚いて振り返ると、自分の行動を反省するかのように苦笑する伊藤誠が立っていた。

「ごめん。ビックリした?」

 尚美は右手を上げて、人差し指と親指でCの字を作り、「ちょっと」表現して苦笑する。

「これ、俺も読んだよ」

 伊藤は尚美が手に持っていた文庫本を指差す。

 そこから彼の小説談義が始まった。

 尚美は彼の話しを相づちで受け入れる。

 時折短い言葉を発する意外は、伊藤が話すばかりだったが、読んだ本がかなりバッティングしていてなかなか楽しかった。

 窓の外は松の木が植えられて、陽射で出来た影が室内に伸びていた。

 グラウンドから運動部の掛け声が聞こえてくる。

「そう言えばさ」

 伊藤は話題を変える言葉を挟むと「こんど、模擬試験あるね」

 一年生は年に一度だけ全国模擬試験を全員で受ける。

 2年になるとそれが4度になって、3年生はほとんど毎月受けるらしい。

 本来模擬テストは毎月実施されていて希望者のみが受けるものなのだが、実際はみんなが受けるからその回は誰もが受ける状態だ。

 尚美はそう言えばと思い出して頷く。

「こんど一緒に勉強しないか?」

 伊藤誠らしい誘い方と言えば、そうなのかもしれない。

 尚美は少し考えて、答えに困惑した。

「俺の行ってる塾が模擬テスト用の問題を何時も作ってくれるんだ。復習の時に織堂も一緒にどうかと思って」

 それはふたりだけで、という事なのだろうか?

 尚美は再び困惑の笑みを浮かべる。

 伊藤は既に、度々全国模試を受けているらしい。

「考えて、おく……」

 彼女は少しすまなそうに応えた。

 心を開けないわけじゃない。

 それでも異性に誘われるのは初めてだから、何処かで逡巡してしまうのだ。

 嫌われまいと即答するような感情もないけれど、せっかく誘ってくれた彼には少しすまないと思う。

「うん、いいよ。考えておいて。テストは来週だし、今週の土曜日とかどうかと思ってさ」

 彼が自然に歩き出したから、尚美も歩き出す。

 別に立ち止まって見送ればいいのに、尚美は在る意味人との関わりに飢えているのかもしれない。

 図書室の出口まで来て、彼女は手に文庫本を持っている事を思い出す。

 本を掴んだ手を上げて苦笑した。

 借りる手続きをしなくては、持ち出せない。

「ああ、じゃあここで」

 伊藤は笑って手を上げた。

 尚美も小さく、遠慮気味に手を振った。

 ふと見ると、職員室から出て来た圭吾と一瞬視線が合った。

 また何か、呼び出しを受けたのか……。

 胸の奥がびくんと跳ね上がる。

 思わず視線をそらしたのは、尚美の方だった。




お読み頂き有難う御座います。

アルファポリスに登録してみました。

引き続きお読みいただけると幸いです。

宜しくお願いいたします。

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