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【31】ウロコ雲

 放課後の喧騒が過ぎ去ると、北側に面した廊下は薄暗くひっそりとしていた。

 尚美は4階の廊下で、さらに上階へ行こうとする姿を探した。

 音楽室から吹奏楽部の吹く管楽器の音が聴こえてきた。

 尚美に届くのは、もちろん波のようなノイズだけで、ただ楽器の響きだという事はなんとなく判った。

 圭吾は何時の間にか、いなくなっていた。

「ナオ、早く」

 友恵が尚美の腕を引っ張る。

 彼女は見知らぬ罪悪感に阻まれて、足取りは重かった。

「考えたってしょうがないよ。ナオが出した手紙じゃないんだから、シカトしたって平気だよ」

 友恵は尚美の腕を引っ張りながら、階段を足早に駆け下りる。

 尚美は彼女に引かれるまま転ばないように、下り階段で足を運ぶ。

 上階の先が頭上で遠のいてゆく。

 チラリと上を見上げる。

 四角い螺旋が、踊場から入り込んだ陽射しの影に消えて行く。

 何階の廊下で談笑しているのか、女子の笑い声が微かに響いていた。

 伊藤誠は来るだろうか。

 もし来るとしたら、やっぱり自分に興味を抱いているのだろうか。

 興味があるとしたら、いったい自分の何処に……?

 尚美は頭上を見上げて立ち止まる。

 しかし、直ぐに友恵の手に引っ張られて、結局昇降口まで来てしまっていた。



 由加子が部活に向かうため階段を上って来ると、音楽室の在る4階の踊り場で呼び止められた。

 校舎の階段は建物の両端に在るのではなく、ひと教室分だけ内側に階段が設置されていた。

 階段を上がりきった各階は左右に廊下が伸びて、片方はひと教室で突き当たる。

 4階の西側突き当りには視聴覚室があって、放課後はほとんど使われていない。

 声はその方角からあった。

 由加子は吹奏楽部が使う音楽室へ向かうため、校舎の内に向かって廊下を進もうとしていたので、背中から掛けられた声に振り返った。

「久しぶり」

 彼は少し俯いて、彼女に言った。

 元々細身の彼は、小学校の頃よりもずいぶん背が伸びた感じがする。

「ああ……うん。久しぶり」

 学校内では何度も見かけているが、話しをするのは小6の夏以来だった。

 近所同士の2校の生徒会で、親睦会の野外活動を一緒に行ったことがある。

「どうしたの? 伊藤君」

 由加子はカバンを持ち直して、彼に歩み寄る。

 頭ひとつ分、彼の視線は上に在った。

「ちょっと、いいかな」

 伊藤は後ずさりしながら、遠慮気味に視聴覚室に背中から入った。

 由加子は後ろを見て、廊下に誰もいない事を確認してから同じドアをくぐる。

「何? どうしたの?」

 少しだけ胸が高鳴る。

「ちょっと相談ごと……」

 伊藤はポケットに手を入れると「コレなんだけど」

 小さな水色の紙を取り出して広げる。

 そこには、今日の放課後、屋上で待っているというメッセージが綴ってあり、最後には織堂尚美の名前が書いてあった。

「田中って、織堂と同じクラスだよな」

 由加子は小さく頷くと怪訝そうに

「そうだけど……」

「これって、彼女だと思う?」

 伊藤は小さな便箋を彼女に向って、少しだけ左右に揺する。

 由加子は紙に書かれた文字を少しの間見つめて、メガネを指で押さえながらひとつ瞬きする。

「違うね」キッパリと言った。

「何で?」

「彼女ならきっと、自分の字で書くよ。こういうメッセージならきっと直筆で書く娘かな」

 パソコンでプリントアウトされた文字を、由加子は人差し指でポコポコと突いた。

「なるほどね」

 伊藤は鼻を擦りながら笑うと「織堂って、ぶっちゃけどんな娘?」

「興味あるって、本当なんだ」

 由加子は少し後ろへ下がって、壁にもたれ掛かった。

「うん……どうかな?」

「ふ〜ん」

 彼女は鼻で頷く。

 音楽室から楽器をチューニングする音が聴こえ始める。

 窓の外はまだ静かだった。

 西に傾いた陽射しが窓から淡く室内を照らして、特設の白い長テーブルに反射していた。

「唇が読めるってほんと?」

「どうだろ。自分で話しかけてみれば」

 由加子は少しだけ悪戯な笑みを浮かべると

「じゃあ、あたし部活あるから」

 そう言って視聴覚室のドアを出る。

 胸の中でそっと息をついた。

 密かに高鳴った鼓動は、きっと悟られなかっただろう。

「伊藤君」メガネに手を当てて、彼女は振り返る。

「頑張ってみれば」

「そう言うんじゃねぇよ」

 伊藤は少し怒ったように笑った。



 高い空にウロコ雲の大群がビッシリと敷き詰められていた。

「気にしてもしょうがない。悪戯だって気付くよ」

 友恵がカバンを振り回す。

 尚美は彼女を見て、困惑の笑みを浮かべた。

 圭吾は伝えてくれたのだろうか……?

 思わず空を見上げる尚美に、友恵が笑う。

「ナオって、よく空見てるよね」

 西日に照らされた飛行機雲が、黄金色の細い帯となって一直線に頭上に伸びていた。





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