表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/62

【30】目くばせ

「で? 俺は何をすればいいんだ?」

 圭吾は身体を起こして、運河を眺める。

『だから、手紙がもし届いてたら、誰かの悪戯だから。って伝えてよ』

「内容が、ナオについてなのに、俺が言うの?」

 確かに妙だ。

 まるで尚美の管理を圭吾がしていて、それは事実に反する。と主張しているようでも在る。

「うぅん……」溜息に混じって声が漏れる。

 下唇を少し突き出して、頬を膨らます。

「俺より、由加子にでも頼んだほうがよくない?」

 圭吾は立ち上がって屋上の金網に手をかけた。

「そう、なの、かなぁ」

 彼の背中に声をぶつける。

 運河の小波が午後の陽射しに照らされて、白くきらめいていた。



 真穂とその仲間はベランダに寄りかかって談笑していた。

「ねぇ、放課後どうなるかな? どっちかは行くかな」

「両方行ったらどうする?」

 笑が外へ響く。

 他のクラスでもベランダで談笑する声が零れて、それは虚空に向って入り乱れた。

 真穂は読書をする尚美を見て、目を細める。

「どうするか、放課後観察する?」

 里美が真穂の腕に手をかける。

「いいよ別に」

 真穂は、冷たい笑みを浮かべたまま尚美から視線を逸らした。





「伊藤ってお前?」

「あぁ、そうだけど」

「変な手紙もらってないか?」

「なんだよ、変な手紙って」

 5時間目の休み時間、4組のドアの前で圭吾は伊藤誠を呼び出した。

 伊藤はほっそりとした出で立ちで、短い黒髪に色白のキレイな顔をしていた。

 いかにも淡白そうなかんばせに、細みの黒いメガネをかけていた。

 圭吾よりも僅かに背が高く、彼は伊藤を少しだけ見上げる。

「だから、変な手紙」

 圭吾はどう説明していいか思わず窮する。

「もし貰ったら、それがどうしたんだ?」

「もし……誰かに呼び出されたら、それってウソだから」

 ――しまった。

 圭吾は言い方を間違えたと思った。

 この言い方では、まるで手紙を出したのが尚美本人で、彼女がいい加減な人間に思われそうだ。

「お前なんなの?」

 伊藤は訝しげに圭吾を見る。

「別に、ただ忠告に来ただけ」

「何を?」

「だから……」

 圭吾は茶色の髪をかきむしると

「だから、もし手紙をもらっていたら、それは本人からじゃなくて、ただの悪戯なんだよ」

 伊藤は瞬きひとつしなかった。

「お前はどうしてそんな事知ってるんだ? 悪戯した。てのは、お前なの?」

「違うけど……」

 ――だから言ったんだ。ややこしい……。

「とにかく、誰かに呼び出されてものこのこ行くなよ。行っても誰もいねぇぞ」

 圭吾は面倒くさそうに言い捨てると、その場を離れた。


 6時間目のチャイムが鳴ると同時に、圭吾は自分の教室へ戻ってドカリと椅子に腰掛ける。

 クラスの喧騒はそんな彼に気付かないかのように、何時も通り教師が来るまで尾を引く。

 尚美は圭吾が何処へ行っていたのか気になっていた。

 昼休みの頼みを聞いてくれたのか……それともただ単に何処かへ出かけていただけなのだろうか。

 教師が教室のドアを開けると、雑踏は静まる。

 尚美の視線に気付いて、圭吾は彼女視線を向けた。

 ――話してくれた? 尚美が目でささやく。

 届いたか……? 

 彼は眉を少し動かして「どうだろ?」というように肩を少しだけすくめた。

 何か行動をとってくれたのは、その仕草で覗えた。

 ――どうなの? 尚美が小さく瞬きする。

 圭吾は小さく首を横に振って、「さぁね」という感じでソッポを向く。

 尚美はそんな彼の姿を少しだけ見つめた。

 密かに目と目で交わした片言の会話は、何故か胸を高鳴らせる。

 一見素っ気無く見えるが、彼女にはそれが彼の表現の一つだと判っていた。

 誰にも判らないふたりだけの視線の会話は、手話よりももっと親密で、まるで心が通じ合えたような錯覚さえ沸き起こる。

 それがどれ程自分の予想通りだったかは、定かではないのだが……。

 窓の外では、体育の授業をする生徒たちが校庭のトラックを走り出していた。

 半分開いた後ろの窓で、白いカーテンが揺らいでいる。

 圭吾をチラ見している尚美の耳に単調なノイズが聞こえてきた。

 それは、教師が黒板をチョークで叩く音だった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ