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【28】独り

 冷たい風の中を、一人で歩く影が在った。

 尚美は二階の窓から圭吾が既に正門を出る姿を見て、追いかけるのを諦めた。

 これだけ離れた距離では、もう追いつけない。

 小さく息をついて廊下の窓から視線を巡らすと、直ぐ下を歩く友恵を見つける。

 校舎の大きな影が、彼女を押し潰していた。

 尚美はカバンを強く握ると、小走りに階段を駆け下りた。


 昇降口を出ると、友恵の姿が正門を出るところだった。

 尚美はひとつ肩で息をついて、再び走り出す。

 力なく歩く友恵には、容易に追いつく事ができた。

 後ろから肩を叩くと、彼女はビックリして肩をすくめた。

 振り返り、尚美を見て安堵する。

「ああ……ナオ」力なく言った。

 友恵は川田真穂のグループを抜けた。

 結果は判っていた。

 他に属するグループなんて見当たらない。

 真穂たちの息のかかった小さいグループは、友恵と口をきかなくなった。

 そういった雰囲気を察した他の女子も、何となく彼女には声をかけない。

 そうすると、何故か男子とも話しにくくなるモノだ。

 放課後の帰りは、真穂たちと昇降口を出るのが恒例だった。

 家の方角が違うから何時も昇降口までしか群れを成さないが、それが彼女にとっては心地よいスタイルでもあった。



* * *



「織堂って、やっぱ目障りだよね」

 川田真穂が言った。

 周囲を囲む何人かが、同意の意味で頷く。

 普段地味な存在でハンディを背負っているのに、自分たちより学力が高い事に不満があった。

 それは努力する者としない者の差でもあるが、そんな事は考える由も無い。

 ただ気に入らない……彼女達の中では、それが全ての感情だ。

「伊藤誠って、小6の時真穂にコクッてたよね」

「そうだよね。何で尚美に興味持っちゃうわけ」

 久壁と尚美のやり取りを、美里が聞いていた。

「それって、尚美と真穂が同等って事?」

 真穂はその言葉に強く反応した。

「まさか。もの珍しいだけでしょ。それとも二年後の生徒会狙って慈善行為に走ってるんじゃないの」

「それってありえそう」

 彼女達はいっせいに笑った。

「ねぇ、あたしいい事考えたんだけど」

 アイディアを出したのは木村美里だ。最近は真穂と一番仲がいい。

「伊藤と尚美をくっつけちゃおうよ」

 美里は唇を吊り上げて笑う「らぶらぶレターとか送っちゃおう」

 伊藤誠と尚美の下駄箱に、双方からのラブレターを入れて、お互い待ち合わせ場所に行かせるという悪戯だ。

 もちろん、本当はふたりがくっつくなんて思っていない。

 待ち合わせ場所に行こうが行くまいが、ただふたりを困惑させたいだけだ。

 精神的に迷走させて楽しむ悪質な悪戯を好む連中が、時に存在する。

「それって面白そう」

 真穂が笑った。

 久しぶりに獲物にありついたコヨウテのような鋭い目つきで、彼女は読書中の尚美を見つめる。

「ごめん真穂、あたしそういうのはちょっと」

 友恵が口を開いた。

 真穂を囲む中に姿があった。でも、最近あまり彼女らに同調できず困惑していた。

「友恵は尚美と仲いいもんね」

 美里が横から言い返す。

「そんな事ないけど」ついそう言ってしまう。

 前から気付いていた。

 真穂たちとは本当に仲良くはなれない気がする。

 彼女達の行動には何時も戸惑ってしまう。

 自分の居場所はここではないような気がする。

 ただ、真穂とつるんで一緒にいると、クラスの女子とも話し易いし男子ともふざけた会話を交わせる。

 中学校生活を、さも謳歌しているような錯覚に陥る。

 しかしそれは偽りの喝さい。

 自分はムリをしてそれについていこうとしている事に気付いた。

 だからと言って、孤高に振舞う自信なんて無いのだけれど。

「じゃあさ、友恵は他とつるみなよ」

 真穂が言った。

 顔は笑っているが、声は冷え切って冷たかった。


 翌朝、何時ものように友恵は教室へいた。

 真穂たちが騒がしく教室へ入って来ると、仲のよい男子とも弾けた挨拶を交し合う。

「おっは〜」

「よう!」

「田中、今日は早いじゃん」

 男子との自然な交流。

 友恵は近づけなかった。

 何時もの朝は真穂たちの視線が友恵に止まって、そのタイミングで彼女は真穂たちに近づくが、もう誰も友恵に視線をくべる者はいなかった。

 クラスの連鎖は、無言のうちに広がった。

 何処かに真穂のグループにいると言う驕りが、友恵の明るさを後押ししていた。

 独りになった今、彼女は以前の明るさを失ってしまった。


 * * *


 正門の近くまで来ると、校舎の大きな影からふたりは抜け出した。

 影の外は、蒼穹そらから注ぐ光で満ちていた。

 花壇の向こう側に見える校庭のトラックでは、陸上部が準備運動を始めている。

 軟式テニス部がボールを弾く音が、校舎の向こうから聞こえてきた。

「いっしょ、に、帰ろ」

 尚美は小さな声を出す。

「気を使わなくてもいいよ。今のあたしに関わると、ナオも弾かれるよ」

 尚美は笑って

「べつに、関係、ないよ。あたしには」

 その言葉は、今の友恵にとって心強かった。

 尚美は独りで頑張ってきた。

 自分の知らない障害者という孤独の中でずっと生きてきたのだろう。

 いや、彼女が孤独を感じたかは定かではない。尚美の温厚な明るさは、瞬発的な友恵のものとは何処か異質で、自然に人を和ませる。

 尚美のコレまで過ごした人生に比べたら、自分の孤独などちっぽけな気がした。

「ナオは強いよね」

 友恵は寂しそうに笑った。

「そんなこと無い」と言いたげに、尚美は首を横に振って明るい陽射しに照らされるまま笑った。

 制服の小さなポケットからキャラメルを取り出すと、友恵に差し出す。

 友恵は少しだけ明るく、ふっくらとした笑みを浮かべてそれを受け取った。




ご覧頂き有難う御座います。

お気づきの方もいると思いますが、この作品では主人公と周囲の登場人物一人一人、個別の交流を描くスタイルをとっております。

その中で、ジャンルで指定した流れが進んでゆきます。

今後ともよろしくお願いいたします。


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