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【24】視線

 ブラウスもその上に着ていたベストも、水を吸った重みで床にピタリと落ちた。

 スカートもジッパーを下ろすと、何時もの倍の速度で滑り落ちる。 

 濡れた衣服を脱いだだけでも、身体は軽くなって体温調整を取り戻す。

 尚美はバスタオルで濡れた髪を押さえながら、クローゼットを開けて圭吾の服を物色する。

 女姉妹の彼女にとって、間近で見る男物の服と言えば父親のスーツと小じゃれたポロシャツくらいだ。

 なんだか心の中が熱く揺れる。

 もちろん本人公認の上での事なのだけれど、イケナイものをこっそり覗き見するような……何かが胸の奥から競りあがるような高揚感が込み上げた。

 穂のかに甘い香りが、鼻孔をつく。

 ハンギングされたシャツは色とりどりで、黒い無地からブルーとかオレンジのタータンチェックまで様々だった。

 尚美はワレモノを触るように、ひとつをそっと掴んでみる。

 白いストライプのシャツ。

 ――シンプルでいいかも。

 クラスメイトの男の子の服を拝借して袖を通すなんて、なんだかやっぱりイケナイ事をしている錯覚に落ちる。

 そっと袖を通して羽織ってみる。

 ふわりと胸のうちが浮つく。

 ――ていうか、おっきい……。

 袖は手が抜けないし、裑《みごろ》丈はお尻をすっぽりと隠して太股の中腹まで覆っていた。

 彼女があまり持っていない左前のボタンも、留め難い。

 そこで尚美は気付く。

 ズボンは? ……彼のジーンズを履くのだろうか?

 尚美は些細な困惑に飲み込まれた。

 しかし他にないだろう。

 箪笥を開けてみる。

 一瞬何が目に飛び込んできたのか判らなかったけれど、確認して途端に頬が熱くなった。

 これまたカラフルなトランクスが、きれいに並んでいたのだ。

 男性下着のトランクスは、カジュアルショップでもよくは見かける。

 しかし、誰かの生活の中でその箪笥に仕舞いこんであるモノはやっぱり別だ。

 慌てて閉めて、下の引き出しに手を掛ける。

 逡巡した。

 しかし男の子だ。他に何が在るわけでもないだろう……。

 そう思って尚美は次の引き出しを開ける。

 真っ白なTシャツだけが、ビッシリとたたまれていた。

 襟首にHANESのタグが並んでいる。

 次の引き出しは靴下。

 その下がトレーナーや長袖のカラーTシャツ。

 結局ジーンズは一番下の引き出しに入っていた。

 尚美は折りたたまれたジーンズを引っ張り出す。

 男物のジーンズは、自分のものよりも重量感を感じた。

 ワイルドウォッシュの古着風だった。

 コレでいいかと足を入れようとして、一瞬とまる。

 下半身を覆うもの。

 それを男の子に借りていいのだろうか? そう言うのってアリ?

 そんなよく判らない理屈が頭の中を過ったのだ。

 でもシャツだけというのも無理だ。何だかとてもみすぼらしい……。

 その時ドアが外側からノックされる。音の方向でノックだろうと尚美は理解した。

「待って、まだ開けないで」声には出ない。

 ジーンズを掴んだまま、慌ててドアに駆け寄る。

 廻ってもいないドアノブを掴んだ。

 駆け寄った余力で身体がドアに当たって、バンッと音を立てる。

 その時、圭吾に開ける気は無かった。

 ノックをしてみたものの、彼女には判らないだろうと思い待つ事にしたところだった。

 が、ドアの内側で何かがぶつかり音を立てた。

「おい、大丈夫か?」

 尚美が抑えたノブはあっさり廻されて、ドアが開く。

「おい、どうしたんだ? 大丈夫……」

 圭吾は再びそう言いかけて止まった。

 尚美は彼のシャツだけを羽織った姿で、呆然としていた。

 ボタンはまだ半分で、白い首元から下の鎖骨が浮き出ている。少し肌蹴た胸元からは、小さな白いブラが少々覗いていた。

 シャツの中から伸びる白く細い太股が、とても華奢に見えた。

 スカートの下から伸びる見慣れた脚とは、まるで別の物に感じる。

 視線を泳がせて、圭吾は慌ててドアを閉めた。

 目に焼きつくような情景に、心臓が跳ね上がる。

 尚美は頬を熱くさせながらも、少々冷静だった。

 ドアノブを掴んで、少しだけドアを開ける。

「もう、ちょっと、待って」

 途切れ途切れに言う。

『ああ、ゆっくり着ろよ』

 圭吾はドアの隙間から手を出して、彼女に伝えた。



 結局、尚美は圭吾のジーンズを履いてリビングへ下りた。

 ウエストも太股もぶかぶかで奇妙な感じだ。裾は折り曲げて対処する。

 制服は彼の部屋の窓辺にハンガーで掛けて干してきた。

 尚美はダラリと長い袖を振りながら、その袖口から手を出すと

『圭吾も着替えれば?』

「ああ、そうだな」

 視線が彼女の胸元に泳ぐ。

 手話でよかったと思った。

 今は何故か、真正面から彼女の目を見れない気がした。




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