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【22】雨の中

 尚美は圭吾の身体をかばう様に、彼に覆いかぶさる。

 ねずみ色の重い雨雲は、全てを多い尽くしていた。

 背中に雨粒が降りかかる。

 幾粒もの降り注ぐ雫は、ブラウスを通り抜けて地肌に突き抜けた。

 湿った風がアスファルトの匂いを大氣に漂わせる。

 梅雨らしい午後の雨は次第に強さをまして、激しく地面を叩いていた。



 * * *


 ――一週間前――

 圭吾は駅前通りのペットショップでウサギの餌を買った帰りだった。

 前から見覚えのある男が自転車に乗ってこちらへ来る。

 相変わらず閉まりきったシャッターの目立つ閑散とした風景が並んでいる。

 向こうも気付いてハッとした表情をあからさまにした。

 3年生の山之内孝志――入学初日に圭吾に絡んできた3年生の一人だった。

 そのまま何も無ければ通り過ぎよう。

 圭吾はそう心に呟いて歩き続けた。

 脇道にそれたりしないのが、圭吾の筋の通し方でも在る。

 相手を目の前にしたら、尚更逃げるような素振りは見せられない。

 それは、相手を調子付かせる要因意にしかならないから。

「おいっ」

 山之内が圭吾の前に自転車を止める。

 圭吾は立ち止まらず歩き続けようとしたがしかし、強く腕を掴まれた。

 同時に山之内は自転車を降りる。

「おまえ、生意気なんだよ。判ってんのか?」

 鷲掴みにされた腕を強く引っ張られた。

 圭吾よりも10センチは背が高い。

 サッカー部らしい、厚い胸板をしている。

 圭吾はただ黙って、山之内の視線に自分の視線をぶつけた。

「このやろう。なめてんのか?」

 再び強く腕を引かれる。

 心臓が高鳴る。

 強い恐怖心が、胸の奥に湧き出て鼓動を速めた。

 それを制するには、身体を動かすしかない。

 圭吾は力いっぱい山之内の手を振り払った。山之内の反対の手が、圭吾の襟首に伸びた。

 同時に圭吾も腕を伸ばす。いや、突き出した。

 襟首を掴むなんて遠回りな事は面倒くさい。

 山之内の水下みぞおちに拳を突き出す。

「うっ」と呻いて、圭吾の衿に触れた彼の手は自分の腹に動く。

 しかし、再び圭吾の服を掴んで直ぐに拳が出て来た。

 圭吾の頬を掠める。

 揉みくちゃになって商店街の閉まったシャッターに身体をぶつけると、大きな音が響いた。

 僅かに行き交う人は、ただ避けて通る。

 圭吾はがむしゃらに拳を突き出しては、自分の顔はガードした。

 顔に怪我をすれば、家で問いただされる。

 それが、嫌だった。

 背中が押し当てられた古びたシャッターがギィーギィーと音を立てて軋む。

「お前ら、何やってる!」

 大人の声がした。

 二人共その声の主を確認もしないまま、まるで弾け跳ぶように突き放すように離れて別々に走った。

 大人に掴まればただ面倒なだけだと、みな知っている。

 低い雲が、梅雨の訪れを告げていた。



 * * *



「舘内、放課後気をつけなよ」

 由加子が言った。

「なんで?」

「3年生が、今日こそ捕まえるって」

「いまさら?」

「ケジメとかシメシとか言って、けっこう執念深いんだよ。ああいう連中」

 一部の3年が、圭吾に目をつけている事はみな知っていた。

 何故か、駅前商店街での取っ組み合いの事も噂になっていた。

 この中学の誰かが、偶然あの場所を通りかかったのかもしれない。

 もしそうだとしても、その場では知らない素振りで通り過ぎただろう。

「関係ねぇよ」

 圭吾と最近よく言葉を交わす由加子に、彼も遠慮なく返す。

 尚美はふたりの会話を読んでも、心配の言葉も掛けられなかった。


 校門を出る頃には、だいぶ雨脚は強まっていた。

 頭上の傘に当たる雨水も、重さを増してボタボタと音を響かせる。

 歩道のアスファルトの所々には、浅い水溜まりが黒々とできている。

 警戒はしていた。

 しかし、農協倉庫の陰から不意打ちを喰らった。

 3人が走り出て来て圭吾の行く手をふさぐと、後ろから誰かが掴みかかって来た。

 何人いるのか確認も出来ないまま、圭吾は身体を振るって拳を突き出す。

 何発かは確実にヒットしていた。

 誰に当たったかは判らない。

 山之内の顔が見えた。

 降り注ぐ雨の隙間をぬうように、幾つもの手が圭吾に降りかかる。

 農協倉庫の硬いブロック塀に身体をぶつけた。

 持っていた傘は、何処へいったか判らない。

 雨脚は強くなっていた。自分の身体に届く手も確かに濡れている。

 囲む集団はその範囲を狭めて圭吾の行き場を無くす。

 完全に追い詰められていた。手数が足らない。追いつかない。

 疲れた……。

 ――ちきしょう……。

 無意識に顔を覆っていた。

 腕に背中に、脇腹に腰に容赦なく拳と蹴りが跳んで来る。

「やめて!」

 聞き覚えのある声が聞こえた。

 自分を囲む連中の黒い影に、姿を確認する事はできない。

 でも判る。このすっとんきょーな声の主は間違いない……。

 ――ばかやろう。何でいるんだ。こっちに来るな。

 横っ腹に大きな足が食い込んだ。






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