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【19】木洩れ日の中

「大丈夫?」

 七瀬がバスから降りてきた。

「大丈夫です」

 由加子は振り返らずにしゃがみ込んだまま

「先に行ってください。あたし……ここから歩きます」

 バスで5分くらいだから、歩いても15分足らずで目的地に着くのは確かだ。

 しかし、そこから15分くらい徒歩で公園の古城跡まで行かなければならない。

「先生、あたしたちだけ後から行くんですか?」

 真穂が窓から顔を出していた。

 後ろを走っていた組のバスが、傍らを追い越して行く。

「あ……あたしも」

「残るってさ」

 七瀬の後ろに圭吾が立っていた。

 尚美は圭吾に向って

『あたしも残るから、みんなはバスで先に行って』

 言葉数が多いから、手話の方が伝え易い。

 圭吾はそのまま、尚美の言葉を七瀬に伝える。

『由加子さんと歩いていきます』

「本当に歩いて来れる?」

 尚美は大きく二度頷いた。

 歩くのは好きだし、何も苦にならない。山間の一本道で、迷う事もない。

 圭吾は肩をすくめると、頭をクシャクシャと手でかき上げる。

「俺も一緒に歩いていくよ」

「そ、そう」

 七瀬は少しだけ思案を巡らせて、唇を微かに噛み締める。

「仕方ないわ。田中さんを少し休ませてから、ゆっくりでいいから」

「ああ、のんびり行くよ」

 七瀬はバスの乗降口に身体を向け

「舘内君、手話が?」

「少しね」

「じゃぁ、ふたりをお願いね」

 小さく七瀬は言った。

 高原の風が、圭吾の茶色い髪の毛を揺らしていた。

 少し前に髪を切った彼の髪の毛は、やっぱり坊主頭が伸びたようなスタイルだった。

 

 

 

「大丈夫か?」

 圭吾が由加子を覗き込むように近づく。

 尚美はそれを制するようにして、彼を遠ざける。

「なんだよ」

『バカ。少しは気をきかせてよ。女の子なんだから』

「誰だって嘔く事くらいあるだろ」

『それでも見ないで』

『わかったよ』

 圭吾は肩をすくめて振り返ると、遠くの丘を見つめる。

「コレも使うか?」

 差し出した手には、ビニール袋の入った紙袋。

『ありがとう』

 尚美は素直に受け取ったが、由加子の具合はだいぶ落ち着いていたので必要はなさそうだ。

 由加子は空を仰いで大きく息をついている。

 静かに瞼を閉じる彼女の手から、尚美が紙袋を掠め取る。

 微かに朦朧としていた由加子は、何が起きたのか一瞬判らなくてただ、尚美の行動を視線で追った。

 草木の生い茂る中をガサガサと歩き、大きな石の横に足で穴を掘る。

「おい!」

 圭吾の声に尚美は振り返った。

『そんなもの、そこらへんに捨てていいのか?』

『仕方ないじゃん』

 尚美は何時もより大きく手を動かした。

『それも、そうだ……』

 圭吾は納得して、両手で『どうぞ』とゼスチャーする。

「舘内って、手話できるんだ」

 由加子はその場にペタリと座り込んで、尚美に向う姿を見上げた。

 遠足だから、今日はみんな学校ジャージを着用している。

「誰にでも、特技ってあるだろ」

 圭吾はそっけなく応える。

「なんか、彼女と意思の疎通が出来るのは舘内だけって感じ」

「そんな事ねぇよ」

 圭吾は由加子を見下ろして

「お前らだって、ちゃんと意思の疎通が出来てるじゃん」

 圭吾はポケットからミントガムを取り出して差し出す。

 彼女は手を伸ばしてそれを受け取ると

「そうだね。できるんだね」

 自分に言い聞かせるように呟いた。



 由加子の様子を覗いながら、尚美と圭吾は歩き出した。

 15分くらいでバスが止まる大きな駐車場に辿り着く。

 もうみんなはいなくて、運転手とバスガイドが集まってタバコを吹かしていた。

「大丈夫だった? 歩くの大変だったでしょ」

 担当のバスガイドが気付いて近づいて来た。

 尚美は苦笑して頷く。

「すみませんでした」

 由加子が律儀に謝って軽く頭を下げる。

「ううん。私たちは平気よ。よくある事だから。でも、先に行くっていうのは初めてでちょっとびっくりしたわ」

 斉藤という名札をつけたバスガイドは、10分くらい前にみんなは公園の坂道を登っていった事を教えてくれた。

「ちぇ、マジで誰も待ってないのかよ」

 圭吾は口をとがさせる。

「ゴメンね、舘内にまでつき合せちゃって」

 高原の空気を吸って風を受けながら歩くうちに、由加子の気分はすっかり良くなっていた。

「別にいいけどさ」

 その時バスの中から人影が降りてきた。

「ナオ、平気だった?」

 友恵だった。

 尚美は彼女にビックリしながら、それでも笑顔で小刻みに数回頷いてみせる。

「何やってんだ? お前」

 圭吾が素っ気無く言う。

 尚美は圭吾の脇腹を小突いた。

『待っててくれたんだよ』

「痛ってぇな。知ってるよ」

 圭吾は脇腹をさする。

「あ、あたしも一緒にいていいですか?」

 友恵は一見無愛想な圭吾を上目で見つめるとはにかんだ。

 尚美と一緒に彼の家に行った時以来、まったく話しをしていない。

 学校へ来て依頼の彼には、とうてい話しかけられなかった。

「いや……別にいいけど」

 珍しく圭吾は少し苦笑いしてる。

 彼女の敬語が、妙によそよそしい……。

 奇妙なふたりのやり取りに、尚美と由加子が顔を見合わせて笑った。

 ほとんど会話しない彼に、友恵はつい他人行儀に接するしかなかったのだ。

 友恵と同じグループの真穂は、当然のように先に行ってしまった。

 由加子と一緒に尚美を誘ったはずの由紀菜と美希も姿はない。

 4人は大きな駐車場の端に在るベンチで一休みすると、ゆっくりと公園へ続く坂道を登っていった。

 緑の木々が生い茂る遊歩道は、木洩れ日に照らされた光のトンネルのようだった。









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