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【17】陽炎

再び主人公が中心のエピソードに戻ります。

少しずつ、尚美の周囲に登場人物が増えます。

 青空に浮かぶ雲が、大きくうねりを作って街並の向こう側で陽光に煌く。

 陽射しの暖かさが増してクラスのみんなが馴染んだ頃の行事に、遠足がある。

 学校行事に楽しい想い出はあまりない。

 小学校の頃は何時も臨時に、同学年に潜り込むように参加していた。

 馴染めるわけが無い。

 いや、馴染む事を許されなかった。

 みんな珍しいものを見るように、見慣れないものを避けるようにさり気なく拒む視線を注ぐ。

 一言も言葉を発しない。

 話しかけても頷くか横に首を振るだけの尚美を、ある娘はあからさまに、そしてある子は憐れむように近づいては離れてゆく。

 近づく者さえごく僅かだった。


 五日前のホームルームで、遠足の為のグループが自由な形式で決められた。

 尚美は何処のグループにも属さない覚悟をしていたが、意外にも誘いの手を差し伸べるグループがあった。

 クラス委員に選ばれた田中由加子が率いる連中だ。

 グレーの細いセルフレームのメガネは何時もピカピカで、ストレートの長い髪は、絶対に寝癖などついていない。

 何処か潔癖な印象を受けるほどの真面目な娘。

 尚美から見ても、そんなイメージだった。

 グイグイとクラスのみんなを引っ張るという感じではないが、教師のアシストを上手くこなすようないかにも英明な存在だった。

 人に迷惑をかけず、常に模範的。

 予鈴が鳴る頃には必ず自分の席に着いている。

 クラスで目立っているのは何時も川田真穂とその取り巻きだったが、誰かの為に動くのは由加子だった。

 膝が見えるスカート丈は、この中学の制服がそういうスタイルなだけだ。

 激しさは無く、静かに物事を主張するような上品さがある。

 親しげに他のクラスの娘と下校する姿を何度か見かけた事があるのは、このクラスに親しい友がいないと言う事なのかもしれない。

 

「こっち来なよ。一緒に組もう」

 彼女は当たり前のように尚美を手招きした。

 メガネの奥の瞳は、思いの外可愛らしく優しい。

 尚美を誘った由加子の傍には二人の女子がいた。

 佐々木由紀菜と新山美希

 3人とも特に普段から親しい感じではない。

 2人とも目立たず、何時もは何処に陰を潜めているかわからない。

 クラスの中で上手く同化して居場所を見つけている証拠でもあるのだろう。

 つまり……普段どのグループにも属さない3人がくっついて、尚美を誘ってくれたのだ。

 もちろん声をかけて集めたのは由加子だった。

 上手く事を運ぶスマートな行動は、いかにも彼女らしい。

 尚美にそれを拒む理由は無い。

 人のいい誰かの差し伸べる手を見つけて微かな警戒で近づく迷子の仔犬のように、尚美はそのグループの輪に加わった。

 あまりにも由加子の手招きが自然だったから、尚美も自然に身体が動いた。



 買い物は独りでする覚悟を決めていた。

 今まだでだってそうやって来た。

 遠足のグループは形だけのものだろう。

 友達を増やすチャンスと心が高揚する反面、やっぱり積極的にみんなの輪に入り込む事は出来ない事も判っていた。


 遠足の前日、尚美は由加子に誘われて買い物へ出かける。

 思いかけない誘いに、再び心は高揚した。


「あたしポッキーは絶対買う」

 待ち合わせ場所に尚美が来た時、由加子しか来ていなかった。

 少しだけ2人でお喋りをした。

 由加子は何故か、やたらとポッキーの主張をする。

 ビターはいいとか限定のアレが美味しかったとか、メンズは邪道だとか……。

「ナオちゃんは、お菓子何が好き?」

 頷いて笑うだけの尚美に由加子が訊く。

 少しお姉さんぶった口調にも感じた。

「……かりかり梅……」声を出してみる。

 高揚しているが、何処か消え入りそうなか細い声。

「それってお菓子?」

 由加子は怪訝に微笑む。

 頷いた尚美を見つめる彼女は、何処か困惑して曖昧な笑顔を向けた。

 それは決して拒絶の笑みではなかったけれど。

 今度こそ楽しい遠足になるかもしれない……ささやかな期待が心の隅で明るい灯を燈した。

 買い物には由紀菜と美希も一緒に来た。

 途中で待ち合わせして、4人でイオンへ向う。



 4人の中学生が明るく親しげに群れを成している。周囲からはそんな風景にも見えるだろう。

 しかし尚美は気付いた。

 4人でお喋りをするのは、かなり困難だった。

 少し離れた位置からなら、ほぼ同時に3人くらいの唇は読める。

 しかし、近距離で、自分を囲むように3人が話す言葉を次々に読んで相づちを打つのは非常に難しい事なのだ。

 輪の中に入れない。

 由加子は多少尚美を気にしながら喋るけれど、他の2人はそんな気の配りはない。

 気付くと尚美は会話の外にいた。

 それでもくっついて相づちを打つ。

 そうしないと逸れてしまいそうだったから。

 広い歩道から見る車道のアスファルトは、五月の陽光に照らされて薄っすらと陽炎が揺れていた。




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