【13】家族
尚美は圭吾の家の前に立って、棘で囲われた庭を覗き込む。
圭吾の後を追っていたら、彼の家まで来てしまっていた。
棘の隙間から、白い小さな小屋が見える。
微かな光に、丸くなったウサギが見えた。
大きな綿毛のような体は、まん丸とした毛玉のようで、尚美の胸の中をたちまち癒すのだった。
「どうしたんだ?」
声がして慌てて振り返った。
それが声だと判ったのは、圭吾の声だったから。
「あっ……」
声を飲み込む。
『なんか、気になって……』
『オレが? それともウサギが?』
圭吾は手を動かして、目を細める。
細い眉がピクリと動いた。
それが笑っているのだと判ったから、尚美は安堵して
『どっちも』と両手を動かして見せた。
◇ ◇ ◇
「こんなに早くお友達が来てくれるなんて」
母親が紅茶の入ったポッとから、カップに注ぐ。
黒く艶の在る木製のテーブルに、真っ白なティーカップが二つ。
琥珀色の熱い液体がそれを満たしてゆく。
大きな液晶テレビの横には、1メートルくらいある自由の女神像が置いてある。
それがただの置物なのか、何か役割があるのかは尚美には想像がつかなかった。
少し高い天井には、ブロンズ色をしたアンティーク調のシーリングファンが釣り下がっている。
中央にはシンプルなチューリップ型の照明器具がぶら下がって、大きな窓から注ぐ外の光を小さく反射していた。
圭吾の家に招かれた尚美は、彼と並んでリビングのソファに腰掛けた。
真っ白な革張りが小さくきしんで音を立てる。
硬そうに見えたのに、思いの外腰が沈み込んで尚美はハッとする。
彼女は思わず手で口を塞ぎ、その光景を圭吾の母親は見ていた。
自分がこの家族に嫁いでから、ガールフレンドどころか普通の友達さえ連れてきた事の無い圭吾に、義母は些細な驚を感じた。
尚美の小さな顔を覗うように笑みを送る。
圭吾と並ぶと、とても華奢で色白に見える。
尚美はその視線に応えるように、ぎこちなく笑みを返す。
「同じクラスなの?」
尚美は頷く。
声をだして「こんにちは」と言っていない事を、尚美は気にしながらもやっぱり声は出なかった。
彼女の些細な困惑を、彼は見抜いていた。
「いいからさ、もう行ってよ」
圭吾が言った。
「いいじゃない、少し学校の事とか訊きたいじゃない」
母親は興味津々の笑顔のまま、ストンと向い側のソファに腰掛ける。
「上に行こう」
母親が座ると同時に、圭吾がカップをソーサーごと二人分持ち上げて尚美に言う。
「もう少しぐらい、いいじゃない」
彼女が尚美を見て「ねえ」と言う。
尚美は少し困った笑顔で応えるしかなかった。
母親は知らない。
尚美の耳に障害が在る事を。
圭吾はその事に苛立ちを感じた。
あえて言うつもりも無いけれど、察して気付かない彼女にイライラした。
質問されても答えられないじゃないか……尚美は喋れるけれど、きっとこの義母には声を出さない。
――そしてあんたは手話が読めないんだ。
尚美が慌てて立ち上がり母親に会釈をした時、圭吾はリビングを出るところだった。
『優しそうなお母さんじゃない』
階段を上がりきって、尚美は圭吾の背中を突く。
いささかまくら言葉にも感じる。
「後妻だよ。継母ってやつさ」
彼は振り向いて応える。
尚美は一瞬足が停まった。
リアルでは聞き慣れない言葉……ドラマや漫画ではよく聞く言葉だった。