【12】集団
少しだけ、圭吾の話しです。
少しずつ尚美の周囲の話が割り込みます。
「やばいぞ、先輩が転校生しめんべ会議してるって」
圭吾は毎日学校へ来たが、誰にも心を閉ざしていた。
友恵が言っていたとおり、クラスで浮いた存在になった。
ぶっきら棒で、とっつき難い。
何時もポケットに手を入れて、足を広げて大きく寄りかかるように席に座る。
彼にしてみれば、なめられない為の威嚇の姿だった。
小学校の頃――「おい転校生」そう呼ばれ続けて2ヶ月を過ごした事もある。
誰も自分の名前なんて覚えていない。
覚えてくれようともしない。
もちろん、圭吾も当時のクラスメイトの名は覚えていない。
初日から威嚇をすれば、だれも馬鹿にしない事がわかった。
皆警戒して近づこうとしない変わりに、軽薄な戯れに巻き込まれることもないし、クラス内の力関係に左右もされない。
何時の頃からか、それが彼のスタイルになった。
それは母親と妹を失った時からかもしれない。
しかし中学は違っていた。
警戒心を虚勢に変える連中が、群れをなして待っていた。
「なぁ、舘内君……先輩が放課後体育館に来いって」
木曜日の昼休みが終わる頃、サッカー部の小池忠典が恐々と圭吾に近づいた。
圭吾は真ん中の一番後ろの席――自分の椅子に座ったまま、彼をチラリと見上げる。
彼に見上げられた瞬間、小池は全ての動作を一瞬止めた。
「なんで?」
圭吾は短く応える。
何でなんて訊かなくても、その理由は知っていた。
登校初日にこの学校の上級生に絡まれて、二人を殴っているから。
この中学の生徒は学年によって大分ムラのある素行性があった。
今年の三年生は非常にガラが悪くて、二年はそれほどでもない。
一年生は予備軍が少数いるが、成績優秀者も多くて帳尻を保っている。
小池は予備軍にも成績優秀者にも属していなかった。
ただサッカーが好きで、その部活を選んだだけだ。
「さぁ……来れば分かるって」
小池も短く応えるだけだった。
「生意気だからじゃねぇの」何処からか小さな声が聞こえた。
放課後を告げるチャイムが校舎に鳴り響くと、雑踏が廊下を行き交う。
尚美はチャイムの音が嫌いだった。
雑踏が和音になって中耳に広がり、周囲の音が全て掻き消される。
それは小学校の頃から変わらない。
ここそこでするはずの話し声はまったく耳に届かず、物音も消える。
どれがどの音か、何処から何の音が聞こえているのか、チャイムが鳴り響く間は雑音の和音に満たされた無音の世界が続くのだ。
「舘内、逃げんのか?」
背中から誰かが言った。
「た、舘内君、行かないの?」
小池忠典が足早に圭吾に歩み寄る。
圭吾はカバンを肩にぶら下げてチラリと小池を見ると
「しらねぇよ。関係ねぇし」
「舘内君が行かないと、俺が困るんだよ」
「そんなの知るか」
廊下は部活へ向かう新入生が行き交う雑踏で満たされ始めていた。
今週から仮入部が始まって、各自が望む部活動へ向う。
中には先週から早々と自分の置き場所を決める者もいた。
そんな小池忠典も先週末からサッカー部へ参加し、今日先輩たちに呼び出されて圭吾を連れてくるように言われた。
尚美は教室の隅から、ドアの出口に佇む二人の会話を読み取る。
圭吾が学校へ出てきて以来、全く会話を交わしていない。
先週の土曜日の午後が夢だったかのように、彼は尚美に視線をくべようとはしなかった。
ただ寒々とした視線で周囲を見渡し、全てを拒絶していた。
圭吾は小池が差し出した手を振り解くと、廊下へ出て行く。
尚美は彼を追うように、反対側のドアから廊下に出て彼の背中をみつめた。
圭吾は真っ直ぐ足早に昇降口へ向う。
上級生の挑発に乗る気はなかった。
別に喧嘩が好きなわけではない。
できれば避けたいくらいで、登校初日の出来事だって自分に降りかかる火の粉を払っただけの話しだ。
小池にも周囲にも平静を保ってクールを装ってはいたが、圭吾の心臓は明らかに鼓動を速めていた。
降りかかる火の粉には嫌気がさす。
早くこの場所から退避したい。
圭吾は靴を外履きに履き替えると、そのままの勢いで外へ出る。
正門まで100メートル少し。裏門までは60メートルだ。
中学校の昇降口は東側と西口の2箇所に分かれていた。
一年生は西口。二年生は半分が西口で、半分が東口を使う。
そして三年生は東口昇降口を使っていた。
西口から正門までの間に、東昇降口がある。
それを避けて裏門から出れば、体育館裏を通る。
どちらも避けたいルートだが、どちらかは通らなければならない。
圭吾は一瞬躊躇するが、そのまま正門へ向った。
正門を出て県道を歩く。
古い住宅街の合間に農協の倉庫がある。
後ろから人の気配がして、一瞬ドキッとする。
運動部が早々とランニングを始めて、ジャージ姿の集団が圭吾を追い越して行った。
少しずつ鼓動が静まってゆく。
オレには関係ない……。
圭吾は深く静かに息をしながら、遠ざかる集団を観ていた。
お読み頂き有難う御座います。
話が進む中で、周囲の登場人物の話が所々に割り込む構成になっています。