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【10】ライオンヘッド

 駅前の駐輪場まで二人で歩くと、前のサドルに圭吾が乗った。

『乗れよ』

 尚美は一瞬躊躇してから、小さな荷台の上に横乗りする。

 ゆっくりと、しかし力強く自転車が走り出すと、何処かへ掴まる必要があった。

 尚美は彼の背中を見つめた。

 しかし宙をさ迷う手は荷台の後に添えて、身体を支えた。

 商店街を抜けて、国道を渡る。

 歩道の浅い段差を乗り越える度に、自転車が揺れてお尻が痛い。

 暖かな陽射しを浴びた風が、頬をかすめて髪を靡かせた。

 尚美は空を見上げる。

 真っ青な虚空に浮かぶ、真っ白な雲。

 白い月が半分になって浮かんでいる。

 こんな時、普通は前後で会話をするのだろうか……?

 尚美には、自転車をこぐ圭吾に後から話しかける事は出来ない。

 正確には話しかける事は出来る……でも彼に向って声を出す勇気は無かった。

 それは普通の女の子が想う恥じらいや逡巡とは異質のものだ。

 自分の話し声が自分で聞こえない不安は、何時でも彼女を消極的にさせる。


 見覚えのある住宅街へ入ると、あの印象的な一軒家に到着した。

 棘で囲われた、拒絶の城だ。

 圭吾は門扉を開けると、自転車ごと尚美を庭に招き入れる。

 門から玄関まではレンガ畳が短く続いていた。

 周囲は短い芝生で覆われて、中庭に続いている。

 ガレージとの境目には、マリーゴールドとペチュニアが植えられていた。

「こっち」

 圭吾が尚美の肩を突いて促す。

 自転車を置いて中庭に抜けると、丸く刈り取られた庭木が幾つも並んでいた。

 白い物置の横に、小さな小屋がある。

 最初は日陰になって中がよく見えなかった。

 尚美は小屋へ近づいて金網の奥を覗き込む。

 長い耳にヒクヒクとうごく三角の鼻……。

 確かにそれはウサギなのだが、頭の後ろには優美なたてがみがある。

 尚美は中腰になって膝に手を添えていたが、そのまましゃがみ込んだ。

『これ、ウサギ?』

 後の圭吾に振り返る。

「ああ、ライオンヘッドラビット。て、言うんだ」

 圭吾はあえてゆっくりと言う。

 尚美は再びウサギ小屋に向きかえると、金網に顔を近づける。

 目の周りと鼻の頭が半分茶色くて、身体にも大きな茶色い模様が入っている。

 ……いや、茶色の地に白のまだら?

 尚美は金網にへばり着くように中を見入った。

 茶色と白のまだら模様はまるでパンダのようでもあり、首のモコモコしたたてがみは、確かにライオンみたいにも見える。

 しかし、真っ黒な大きな瞳と長い耳、フサフサの口元はやっぱりウサギだ。

 ちょっと臆病な眼差しは、何処を見ているのかハッキリしない。

 ただ鼻先だけが何かを告げるように忙しなくヒクヒクと動いている。

 干草の匂いがした。

 圭吾が腕に触れて、尚美を振り返らせる。

『触ってみるか?』

『触れるの?』

『意外と人なつっこいよ』

 尚美は瞳を輝かせて大きく頷く。

 圭吾は尚美の隣にしゃがむと、小屋の片隅にある小さな扉を開けた。

 ライオンラビットは、ピョコン、ピョコンっと小さく跳ぶように歩くと小屋から出てくる。

「あはぁ……」

 思わず声が溢れ出る。

 尚美は初めて間近で見るフサフサの小動物に、心が躍った。

 ペットショップでは見た事があるけれど、それはケージのガラス越しだ。

 圭吾はウサギを両手で抱き上げると、尚美の膝の上に乗せる。

 彼女もそれを両手で抱えるように、恐る恐る抱きとめた。

 柔らかな毛並みは、今まで触った事の在るネコや犬とは全く違った感触だった。

 まるでミンクのコートに触れているようで、それでも確かな獣の体温が両の腕に生命を感じさせる。

 尚美は膝の上で抱えたウサギを、片手でそっと撫でてみた。

 三角の鼻先が、ピクピクと動く。

 臆病な草食動物から伝わる独特の優しさ。

 誰も傷つけずに生きる、弱者の持つ温もりがそこにはあるような気がした。

 尚美の頬に、他人の体温が近づく。

 圭吾の肩が、彼女の髪の毛の外側に微かに触れていた。

 頬がくすぐったい。

 彼は尚美の膝の上にいるウサギの頭を撫でる。

 首から後を撫でる尚美の手に時々触れた。

 優しい温度が、尚美の手を伝って胸の奥へと流れ込んでくる。

 尚美は圭吾の顔を直接見ないようにして視界の隅で捕らえながら、ちょっぴり頬が火照るのを気付かれないように少しだけ背を丸める。

 腕に伝わる脈動が、ウサギのものか自分のものかよく解らない。

 空は蒼くて、やさしい光が圭吾の茶色い髪の毛をキラキラと照らしていた。



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