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雰囲気イケメンの定義とは  作者: 桃月 成美
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1話

ふと思いついたものです。おやつ程度に楽しんでいただければ幸いです。


 たぶん、好きだった。


 と、今になって私は思う。

 パーマもカラーもしない黒髪で、いつもマスクをしていて、綺麗な澄んだ瞳のクラスメイト。まつ毛が長いんだ、と横顔を見ながら気づいたのは昨日のよう。先生に質問するとき、友達の話を聞いているとき、目を大きくするくせを知っていた。


 イケメン、ではないと思う。

 クラスにはもっと目を引く男子がいた。彼には人が振り向くようなオーラはないけれど、自分はそれを非常に好ましく思っていた。雰囲気イケメンと、友達が彼を評していた記憶がある。それはきっと、着ている服とか髪型とか彼自身に似合っていて、好印象を抱きやすいという意味で。


 明るい性格で、彼の周りにはいつも人がいた。

 クラスのムードメーカー程ではないけれど、それなりに盛り上げ役を担ってはいた。面白いことを言ってみんなを笑わせたりもして、けれど決して派手ではなかった。

 

 成績も良かった。

 一年生の頃はぱっとしなかったが、学年が上がるにつれてどんどん名前を聞くようになり、最終的に彼は有名国立大学に進学した。教室で勉強していた姿を見たことがないから、きっと陰で努力していたのだろう。その姿を勝手に想像しては、すごいなと思って、密かに目標にしていた。


 

 こんなに見ていても、私と彼は仲がいいわけではなかった。友達にもなれていなかった気がする。私達の関係を名前にすると、それはただのクラスメイトで、挨拶を交わすわけでもない、本当に何もなかったものだ。

 私が通っていた学校は五年制の専門学校で、学科によって勉強する内容が違うから基本的にクラス替えなんてものもなく、彼とは同じクラスメイトとして五年間を過ごしたのに。交わした言葉は、数えられるほどしかなくて。改めて彼との関係は希薄を通り越して、無だったのだと思い知らされる。


 

 私の進路は、進学だった。

 クラスの半数が就職を選んだ中で、大した成績でもなかった私が進学を希望し、あまつさえ第一志望校に受かったことがクラス中に驚きをもたらしたことを覚えている。その大学がなかなかのブランドを持ち、彼の大学に並ぶほどだったというのが大きいと思うけど。

 合格したことを喜んでいた時に、たまたま彼と目が合った。あの時、彼は何を思ったのだろう。何も思ってなかったのかもしれない。それとも、へー、意外だなと、やるじゃんと少しでも思ってくれていたのかもしれない。そっちの方がいい。


 結局卒業まで全然しゃべらなかった。

 卒業式で撮った写真は、引っ越した時にどこかへいってしまった。大切にしまっていたはずの物が、なくなっていたときに感じた喪失感は、今思えば、彼との数少ない形に残る思い出に対する喪失感だったのだ。


 そうして彼とは連絡先も交換せず、別々の道へと分かれた。


 


 ———それから七年。


 

 

 誰の言葉がきっかけだったのか、かつて五年間を共にした仲間が集うことになった同窓会があり。


 私はひと足先に帰ろうする彼を引き留めて、押し倒していた。



 後から考えてみれば本当にどうかしていたのだ。

 いつもより酒を飲んでいたのは、かつての友人とクラスメイトに会えた喜びと懐かしさではない。そんな陽気な言い訳に隠されているのは、堪えきれない悲しみと悔しさと、その他諸々の負の感情たち。

 少年少女の面影が消え去った友人達と乾杯し、思い出話や他愛もないことで盛り上がった。学生時代はまったくと言ってもいいほど言葉を交わさなかったクラスメイトの何人かとも、酒の勢いをかりて話し、それなりに充実した時間だった。純粋に楽しかった。


 でも、お開きになりそうな雰囲気を少し感じ始めたとき、忘れようとしていたモノが、またむくむくと頭をもたげてきたのだ。こんな所で思い出したくない。まだ、笑顔でいたいのに……、つらいつらいつらい。


 お先に、と笑顔でみんなに告げた彼を、追いかけてしまったのは無意識なのか。


 そういえばマスクをしていないな。

 記憶にある彼はずっとマスクをしていたから、なんだか少しの違和感ととても新鮮な感じ。そっか、彼はこんな顔をしていたんだ。こんな大人のひとになっていたのか。


 彼の背中を呼び止めて、振り向いた彼の顔を真正面から見て、私はそんなことを思った。

 

 驚いた顔をしている。

 なんだか、とてもおかしい。こそばゆい気分だ。たいして会話しなかった私が、彼にこんな顔をさせていることが、たまらない。


 ああ、もっとその顔を見ていたい。


 もうすでに酔いに浸食されていた私の脳は、正常ではなかったのだ。

 欲望のままに、彼に向かって歩みを進める。


 持っていたバッグを投げ捨て、彼の頬に両手を伸ばす。

 かつて好きだった澄んだ瞳が、長いまつ毛が、大きいようで実は一重の目が、近づく。驚きに見開かれる。この瞬間が、ずっと続けばいいのに。この、貴重な瞬間が。いや、むしろ後から再生可能にしてほしい。



 一切の迷いのない動作で、彼の唇に自分のそれを重ねた。


 

 私は昔、この人が、好きだったのだ。

 分かってしまった。気づいてしまった。気づかないようにわざと蓋をしていた感情を、自分で暴いてしまった。ああ、もう引き返せない。キスを、してしまった。止まれない。もう止まることができない。


 驚きに立ち尽くしている彼を、物陰に引っ張り込んでもう一度口づけした。

 

 「な……っ!」


 「しっ」


 驚愕から立ち直って、正気が戻ってきても、私を引き剥がさないのが彼の優しさだ。

 こんなわけのわからない女を突き飛ばしたって、きっと誰も咎めないのに。


 彼の脚の間に自分の脚を滑り込ませ、太ももを彼の股間に擦り付ける。びくり、と彼が震えた。彼の緩んだネクタイを掴んで引き寄せ、形のいい唇の端をぺろりと舐めた。

 こんな物影じゃ帰路を急いでる人の目に触れないのをいいことに、したい放題である。普段の自分は絶対にしないことで、酔いというのは本当に恐ろしいものである。


 彼の男らしい喉仏をなぞり、彼の匂いがする首に顔を埋める。

 ここまでしても突き飛ばさない。不思議な思いで、彼の顔を見上げた。


 

 その途端、彼が豹変した。

 くるっと態勢が逆転する。気づいた時には、私の方が壁に押し付けられていた。


 「君は、俺を馬鹿にしているのか……?」


 澄んだ瞳が、凶暴な激情に支配されている。さっきまでの優しげで仕事ができそうな男性の面影はなく、本能に染まった獣の顔だ。


 「俺も男なんだ。中途半端なことはやめろ。どうなるかわからない」


 「中途半端?そんなわけないじゃない。私は本気よ」


 双方の視線が、今までにないくらい強く絡んだ。

 噛みつくような口づけが始まる。



 もうどちらにも、引く気配はなかった。



 夜はこれからだ。

 この夜が、人生において大事な日になることを、この時の私には知る由もなかった。




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