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あの夏の蝉はもう泣かない  作者: 土野 絋
その蝉の音は少し歪んでいた
6/37

沙耶

目を開けると、そこは叔母さんの家だった。


畳に布団が敷かれて、僕はそこで寝ていたようだった。

この部屋には覚えがあった。


10年前にここに引っ越して来た時、引っ越しの作業が終わるまでここに泊まっていた。

佑輝も楓もここで遊んだことがある。

晴希は確か小学校の登下校の班長だったはず。

沙耶は小学校に上がりたてで、どんくさい。よく転んでは泣いていた。


ん?

そう言えば、なんで叔母さん家で寝てたんだ?

確か、河川敷に佑輝に会いにいって…

楓を見たんだ。それから…


「ヒナ兄、今日2回も倒れたんだね。」


縁側の方から声が聞こえた。

山吹色のタンクトップにハーフパンツを履いたショートヘアーの少女が背を向けて縁側に座っていた。

振り向いて少女は笑う。

「どんくさ…」

沙耶だ。

背は伸びて大人っぽくはなったが、まだ子供っぽい所を感じる。


「僕…河川敷で…」

「河川敷で倒れてここに楓ちゃんがおんぶして運んだの。」


やっぱり楓だったのか…っておんぶ?!


「マジか…重かったろうに…」

「楓ちゃん、汗だくだったよ。」

沙耶は四つん這いで僕の近くにきた。

「楓は元気なのか?」

「うーん…」

あぐらをかいて腕を組み、沙耶は首を傾げてうなった。

「正直、あの日から元気な楓ちゃんは見たことないよ。」

「そうか…」


好きな人を失うのは心に深い傷を残す。

楓はまだあの日から立ち止まっている。

僕と同じだ。


「あの日のあと、ヒナ兄は叔父さんの関係ですぐここを離れちゃったでしょ。その日からずっと楓ちゃんは独りで、近所の人にもあることないこと言われて…それでも学校に行って高校もあの瀬尾西高校に行ったんだよ、笑顔はなくなっちゃったみたいだけどね…」


瀬尾西高校、県下でも偏差値は5本の指に入る名門校、僕の知ってる楓なら血の汗を流しながら勉強する必要があるはずだ。そして…


「瀬尾西高校は佑輝の志望校だ。」


僕のその言葉を聞いた沙耶は目を見開いた。


「まさか佑輝兄ちゃんを追いかけたとかじゃないよね?」

「分からない、でもアルファベット全部言えるか不安な楓が入ったんだ。冗談じゃなく死ぬほど勉強したのは確かだよ。」


沙耶は黙ってしまった。



沈黙が流れた。


「僕、明日の果樹園の仕事が終わったら楓に会いに行く。」

「え…」

沙耶は少し驚いていた。

「えっと、ヒナ兄はこの夏休み楓ちゃんには会いに行かないだろうなって思ってたから。」


沙耶の言っていることは間違いじゃない。あの事があってから会いに行くのは正直あまり気が進まない。

でも、楓に会いに行くのは来る前から決まっていた。


「ヒナ兄の好きなようにしたらいいよ。」

沙耶は僕の目を見て言った。

「もともと私がとやかく言うのも変だもんね」

でも、と沙耶は続けた。

「気をつけてね、楓ちゃんはあの時から少し…その…不安定で…」


「えっと、例えはどんな風に?」

それは何となく想像はついていた。

僕だってまだ不安定だ。頭の中で蝉が鳴くことが僕のわかりやすい症状だろう。

そして沙耶が口ごもっているあたり、きっと僕に伝えるつもりは無かったんだろう。


沙耶が悩みながらも口を開いた。

「まだ佑輝兄ちゃんを探しに行くことがあって…」


それを聞いて僕は黙り込んでしまった。

結局全部僕のせいだった。


蝉が鳴く。沙耶が何か喋っているが聞こえなくなってしまった。


ごめん。と僕は沙耶に言った。

僕もあの日からその事に関係することが心に刺さると蝉が鳴いて何も聞こえなくなることを伝えた。


沙耶はただ頷いた。沙耶は少し悲しそうな顔をして、何故か僕を抱きしめた。


大丈夫だから、僕は沙耶に言った。

沙耶は僕と離れて顔を見せないように部屋に戻っていった。


泣いていた…のかもしれない。

沙耶の気持ちが分からなかった。


「ご飯もうすぐ出来るよー!!」

叔母さんが台所から皆を呼び始めた。


晩御飯を食べるとき沙耶は既に普通だった。



その日の夜は疲れていたのかすぐ眠りについた。

蝉も眠った。

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