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あの夏の蝉はもう泣かない  作者: 土野 絋
最後の花火は夏の終わり
30/37

最後の花火 さや

沙耶視点の最後の花火。

実は少しだけ日向の見ていた景色とは違っています。


沙耶ちゃんの恋は報われますか?

さぁ…私にも分からないんですよ…。

6時半、日が沈みかけている。

「ヒナ兄、もうちょっと待ってて…」

ヒナ兄を待たせてしまっている。

あぁ!もう少しで終わるのに!

浴衣の帯に手こずった。

お母さんに教えてもらって練習したのに。


「ごめん、待たせちゃった」

私は浴衣を何とか着て部屋から出た。

ヒナ兄は玄関の蛙の置物をずっと見ていたらしい。

「全然」

ヒナ兄はそう言って私を見ると、視線を上へやったり下へやったり…。

ヒナ兄はうん、と微かに頷いて

「沙耶が可愛く見える浴衣だね」


うわ、ストレートに言うんだ。

こんなにまっすぐ言われると照れてしまう。

「えへへ、そうかな?」

私は照れているのを隠すみたいに笑ってそういった。


「沙耶、鍵持った?」

「持ったよ」

チリンと神社で買った鈴が付いている鍵を揺らして持っていることをヒナ兄に示した。

お父さんもお母さんも祭りの関係で居ないし、お姉ちゃんはたぶん照彦さんと先に行ってしまった。

私達2人で戸締りをしなくちゃいけない。

私は下駄を履いて、ヒナ兄に手を持たれながら立ち上がる。

玄関の戸を閉めて鍵をかける。

「じゃ、行こうか」

「うん」


外は日が落ちて、残った夕日の光が空に残っていた。

その光がほんの少しだけ外を明るくしていた。


カラ…カラ…と私の足音が辺りに響く。

浴衣はあまり大きく足を出して歩けないから、いつもより歩くのが遅くなってしまう。

ヒナ兄は私の隣を並んで歩いていた。

いつもよりヒナ兄の歩くスピードが遅い。

私に合わせてくれている、それがとても嬉しくて。

「ヒナ兄」

「うん?」

ヒナ兄は私の顔を見て、少し顔を傾げた。

「楽しみだね…!」


たぶん、ヒナ兄には私の考えは伝わらないだろうから、祭りのワクワクに乗せて言葉にした。

ヒナ兄は少し微笑んで、変わらず私の歩幅に合わせて歩いてくれた。

ヒナ兄は昔よりかっこよくなった。

少しだけ、ヒナ兄の奥さんになった妄想をした。


幸せだな。


河川敷に出た。

今日は河川敷の交通を止めて、歩行者天国にしてあるらしい。

基本いつも歩行者天国な気もするけれど。


去年と同じくらいの店が出ていた。

人も例年通り、やっぱり沢山いる。

私の少し前を歩くヒナ兄の顔が、出店の灯りに照らされて少し色っぽさも感じる。

ぱっとヒナ兄が振り返った。

「沙耶、何したい?」


「うーん…」

ヒナ兄と

「しばらく歩きたいかな」


ヒナ兄は頷いた。



人が多くなってきた。

前言撤回。やっぱり今年はいつもより多い。

花火の影響だろうか。

ここら辺の人じゃない人もいる。

前にいたヒナ兄は人を避けて歩く。

ヒナ兄が振り返ってキョロキョロし始めた。

「沙耶…?」

私を探していたらしい…。

「ヒナ兄、ここにいるよ」

私はちょうどヒナ兄の視界の死角にいたみたいだ。


少し安心したような顔をした。

すると、いきなり私の右手を握られた。

えっ…。

固まってしまった。

「ヒナ兄…握る時は言ってよ…」

私はヒナ兄の顔が直視出来なかった。


これは…その…手を繋いで…。

「あぁ…ごめん、はぐれちゃうと思って」

ただ手を握られただけだった。


しばらくそのまま歩く。

やっぱり私ってヒナ兄にとって妹的な感じなんだろうな…。

迷子の手を握る手だもん、その手。


私は少しだけ気分が落ちた。

ダメだなと思って、出店を眺める。

チョコバナナの文字。

私は指さした。

「ヒナ兄、あれ」

ヒナ兄は私の指さす方を見た。

「あれ食べたい」

ちょっとだけわがまま。

ヒナ兄は頷いて

「うん、行こう。僕も食べたい。」


チョコバナナの出店に近づくが、なんというか向かう角度がおかしいような…。

なんか右にそれて…。


りんご飴の店にヒナ兄は行ってしまった。

姫りんご飴。

1つ300円。

高い…。いや好きだけど…。


とりあえず財布を取り出そうとした時、ヒナ兄は500円玉を出した。

今300円が渡せない…。

しょうがないから後で渡そう。

姫りんご飴を貰う。

手頃な小ささで食べやすい。

「あ、ヒナ兄300円…」

「いいよ、あとで」

買って貰ってしまった。

この返事はヒナ兄特有のそんな合図。


私は左手にりんご飴を持って、ヒナ兄は右手に。

はぐれないようにっていうのを口実に、思い切って恋人繋ぎをした。

心臓が張り裂けるかと思った。


でも、ヒナ兄はいつも通りの顔してた。


「あっ!日向、沙耶!」

後ろで私達を呼ぶ声がした。振り向くとお姉ちゃんが大きく手を振っていた。

恥ずかしい…。

もう…。


「どうしたのお姉ちゃん…って…」

お姉ちゃんの隣には照彦さんが…。

しかも、今手を離した?

私が来るギリギリまで2人、手を繋いでたのかな。

友達以上で恋人未満を超えたんだね、お姉ちゃん。


「沙耶ちゃん、久しぶり」

なんか、お姉ちゃんと照彦さんの仲が少し深まったのを知って、少しだけ声にテンションが乗った。

「照彦さん!お久しぶりです!」

照彦さんは少し困った顔をして

「相変わらず沙耶ちゃんは堅いなぁ…」

照彦さんは私の敬語をなぜか嫌う。


「お久しぶりです、照彦さん」

ヒナ兄が照彦さんと話し始めた。

その時お姉ちゃんが私を見て、口パクで

「どう?楽しい?」

って聞いてきた。

私は微笑んで頷いた。

そこからお姉ちゃんは照彦さんにヒナ兄を紹介した。

照彦さんとヒナ兄は1度だけあったことがあるらしい。


「ちょっと食わして」

お姉ちゃんは私のりんご飴を、私が持っている状態で口だけ出して食べた。

「お姉ちゃん!勝手に食べないで!」

「いいじゃん姉妹だし」

そうじゃなくて…。

「ヒナ兄に買って貰ったの!」

お姉ちゃんは少しニヤッとして

「いいじゃん従弟だし」

呆れた…。

「もう…」


「んじゃ、また」

そう言ってお姉ちゃんは照彦さんと手を繋いで行ってしまった。

「沙耶、晴希と照彦さんって付き合ってるの?」

困った、なんて言えばいいかな…。

恋人とは言いづらいし…。

「うーん…友達と夫婦のハーフみたいな…」

ヒナ兄は納得したように頷いた。

そう言えば…。

「照彦さん事故の全身打撲から退院した直後じゃないかな…」

ヒナ兄は少し目を見開いて

「晴希…えげつないな…」

ドン引きするヒナ兄の顔は何だか面白かった。


しばらく恋人繋ぎのまま歩き続けた。

沢山、色んなことをした。

金魚すくい、わたあめ、射的…。

楽しくて、楽しくて。

でも、楽しいと別れがちらつく。

「ねぇ、ヒナ兄はいつ帰るの?」

繋いだ手に少し力が入る。

いや、純粋に気になったんだけど。

「あと4日くらいかな」

「えっ?!」

思わず立ち止まってしまった。


すると繋いだ手をヒナ兄はぐっと引いて

「沙耶とりあえず動こう、ここで止まっちゃ邪魔だから」

確かに、と思いながら歩き出す。

話を続ける。

「帰るのすぐじゃん…」

もっと居るのかと思っていた。

「もう帰らないとさ、受験とかもあるし」

私は少し考えた。

ヒナ兄は受験生だということを忘れていた。

でも納得したくないのは私のただの勝手だ。

「そっか…」

ヒナ兄は何だか慌てたみたいな口調で

「別に会えなくなる訳じゃないんだから…」

………。

「でも、もうしばらくは来ないでしょ?」

自然と気弱な声。

「まぁ…そりゃ…」

黙ってしまった。


私の悪い所が出た。

こんなワガママはダメだとは思うけど。

ヒナ兄には何だか言ってしまう。


もうすぐ花火が上がる。

こんな空気で行くつもりじゃなかったけど。

「ヒナ兄、瀬尾北公園に行きたい」

悪い空気を切るみたいに力を込めて言った。

「別に構わないけど…花火もあるし、なにより遠いよ?」

それでも見せたいんだ。

「いい、行きたい」


瀬尾北公園はどうやら長く緩やかな坂の上にあるようで、ほかの場所に比べて高い場所にある。

そこへ一緒に歩く。

人混みっていう口実は無くなっちゃったけど、恋人繋ぎのまま。

少しヒナ兄が手を緩めた気もする。でも私は離したくない。


無言。


電灯の少ない道でやっぱり暗い。

私の下駄の音が目立つ。


ヒナ兄は知ってるかな。

手の水かきの部分ってね、少し性的な意味合いがあるんだよ。

だから恋人繋ぎは…。


少し不純な考えをしてしまった。


瀬尾北公園に着いた。

「ヒナ兄、こっち」

私はとあるベンチを指さした。

そのベンチは今まで歩いてきた道を見下ろすような向きでそこにある。

このベンチに座ると瀬尾川と出店のほとんどを見下ろせる。


「ここ…綺麗だな…」

ヒナ兄は息を吐くみたいに言った。

「でしょ?」

ここで見せたいものがあるんだ。

「それに…」

私はヒナ兄の左手を持ち上げてヒナ兄の腕時計を見た。

ヒナ兄は少し不思議そうに

「何やってるの?沙耶…」

時間は7時45分。

思わず声を出してしまった。

「ぴったり」

ぽかんとした顔のヒナ兄を見て私は自然と笑った。


ドーン…。


私たちを照らすみたいに。


花火。


「ほら、ちょうどでしょ」

こんなに上手くいくとは思わなかった。

次々と花火が上がる。

でも、花火を見ている余裕は私に無かった。

タイミングをずっと探していた。


勇気が出ない。


花火はどんどん上がった。

もう時間が無い。

ヒナ兄は花火に見蕩(みと)れていた。

私は手を繋いでいる感触を刻みつけて、それを勇気に変換して。


「ヒナ兄…」


ヒナ兄は私を見た。


勇気は意外と要らなかった。



自然と私はキスをしていた。



花火が(ひら)いて。


キスしたまま。



夜空の花火は消えて、舞台の幕を閉めるみたいに、私達を夜空の闇が隠してくれた。




そんな最後の花火。




いかがでしたか?

沙耶ちゃんは少女らしい恋をしています。

少し幼いワガママと、好きの気持ちが入り交じったこの感じは、やっぱり沙耶ちゃんだけのものだと思います。

日向はりんご飴を選ぶ勘違いをしていました。

沙耶ちゃん可哀想に…でも幸せならOKです。


さて次回は久しぶりの楓ちゃんの回です。

楓は祭りの日、何を思ったのかな。


次回、「最後の花火 かえで」

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