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あの夏の蝉はもう泣かない  作者: 土野 絋
その蝉の音は少し歪んでいた
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たぶんあなたに愛を伝えても

7時45分くらいだろうか。

襖がノックされた。

お姉ちゃんだろうか。

「誰?」

「僕だ、日向だ」

ヒナ兄とは出来れば今話したくない。

「何?」

「開けてもいいか?」

話したくないし、出来れば今は顔も見たくないけど。

私は襖を開けて、気持ちぶっきらぼうに言った。

「いいよ、入って」


ヒナ兄は部屋に入ってキョロキョロして座る所を探しているようだ。

「はい」

私は折りたたみテーブルの近くに座布団を置いて座るところを示した。

「ありがとう、沙耶」

私はその対面に座った。


「で、何かあるの?ヒナ兄」


「何で…悲しい顔をしていたのかなって…」


「悲しい顔なんてしてたかな」


「いや、違うならいいんだ」


「そう、優しいねヒナ兄は」


意味の無いような会話。

うわべっつらの会話。

ヒナ兄は優しい。


もっと核心に…


「ただ一つだけ…言うならね…」


近づきたい…


「楓ちゃんと…また会うの…?」


言ってしまった。もう取り返しはつかない。


「うん、そのつもりだけど…?」

ヒナ兄は少し困ったような顔で頬を掻いた。


……………。


扇風機の風を送る音だけが鳴っていた。

なんというか気まずさだけが流れた。

「ごめんね、何ていうか思ったより仲が良いんだなぁって思っちゃって…」

「え?」

私の言葉をヒナ兄は理解出来なかったようだった。


「あのね、ヒナ兄と楓ちゃんが今日久しぶりに会って…なんて言うのかな、気まずくなったりしなかったのかなって…思ってね」

ヒナ兄は理解したらしく、目を私から逸らした。

「えっと、楓と久しぶりに今日会ってみて…その…」

ヒナ兄の顔が曇った。

何かあったんだ、楓ちゃんとヒナ兄の間に。


何があったか分からない。

悪いように考えようとすればいくらでも考えられた。

思考が鈍る。

「ヒナ兄…?」

「どうした、沙耶?」

鈍った頭で浮かぶ言葉を文にしてそのまま聞いた。


「ヒナ兄はまだ楓ちゃんが好き?」


核心を突いた。


「あ…いや…」

ヒナ兄は言葉を濁らせた、顔もどこか意表を突かれた顔をしていた。

私の頭の中がたくさんの感情と抑制で溢れる。


「わか…らない…や…」

ヒナ兄はそんな答えをだした。


わからないって…そんな…そんな…曖昧な…答え…


「出ていって」

頭でやめておけと命令を下している。でも頭の片隅がふいに口を動かした。

抑制をするのが馬鹿らしくなって、理性が働いても、もう遅かった。


「沙耶?」

ヒナ兄のどこかお人好しな困った顔を見たくなかった。

「出ていってよ」

「落ち着いて…」

「出てって!ヒナ兄の顔を今は見たくないの!早く…早く…出てってよ…!」


ヒナ兄は優しいから私が取り乱しても私の肩を掴んで目を合わせてくる。

でもその行為も何もかも嫌になって、肩を掴んだヒナ兄の手を払いのけて。


「触らないでっ!!」

その声にヒナ兄は固まって、目を見開いた。

頭の中の理性が徐々に感情を侵食していって気づいた。


やっちゃった…。


ヒナ兄は目を見開いたまま悲しい顔をして立ち上がった。

ヒナ兄が私の部屋の襖に手をかけた。


待って、ヒナ兄。違うの。


でもその言葉は理性が止めたままで。

ヒナ兄は部屋を出て一言。

「ごめんな」って。

パタンと閉められた襖の音に続いてたくさんの音が鳴り始めた。


耳鳴りのような音、外の虫の音、扇風機の音、猫の鳴き声。


私は…知っている…。


ヒナ兄の事だから、きっと私のこと妹のようにしか思ってなくて。

だから好きなんて伝えても意味が無くて。


でもヒナ兄は優しいから私が愛を伝えても、ありがとうって優しく笑う。


それから、「でも…」とか「けど…」って曖昧に返すんだ。


固まった姿勢を動かして事切れたみたいにベッドに顔を押し付けた。


何やってんだろ。


こんな想いをヒナ兄は知らないで、当然のように笑って。


嘘でもいいから曖昧な結末にしておけば良かった。


でもきっと何を思っても無駄で。

私の想いはただ空回り。それすら曖昧にヒナ兄は優しくして勘違いさせる。


でも、そんな曖昧なあなたを好きになった。


なんて、馬鹿みたいな恋。

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