旅に出るのも大変で
1週間の支度期間を経て、あたし達はついに旅立つ事となった。
ただし、今までみたいに気軽に「さっ、行くか」って事にはならないのが、王様から直々に賜った『魔王討伐隊』という肩書きの華々しくも面倒なところだったりする。
出立式として、あたし達は今日はまず、王城で式典に出席しないといけないんだよね。都中の人達に『王』が『勇敢なる選り抜きの魔王討伐隊を結成』し、国民を守るために魔物という脅威に立ち向かっているって事を、大々的にアピールするのが目的らしい。確かに王都は魔物の襲撃を受けてからまだ日も浅くって、毎日街で暮らしている中でも人々の魔物への不安が拭い去られてるわけじゃないって事は痛感していた。
そんな街の人たちの不安が少しでも軽くなるんだったら、あたし達が『討伐に行ってくるよ』って伝えることは大事な事だって理解できる。あたしだって、普通に街で生きてたら『勇者様がなんとかしてくれるんだ』って思ってすっごく安心すると思うもの。
そんなわけで今、あたしは一生立つことなんか無いだろうと思っていた……というか、考えた事すらなかった場所に立っている。王城の、民衆に姿を見せる用バルコニーだ。もちろん正式な名前なんか知らない。
そこから見下ろす景色は壮観だった。都中の人全部が集まったんじゃないかってくらい人がいる。そして、皆異様なくらい熱狂していた。
「うっわ、すっげえ熱気だな」
盗賊ニルスがいつも通りの直球なコメントを発する。もちろん完全に同意だ。あたしは口にださないだけで、ここだけの話、思ってる事は結構ニルスとかぶってることが多い。アーチャーのエルンストに『安っぽい』って言われる事請け合いだと思う。ただ、すっかりツッコミ役が定着してきたエルンストも、さすがに今日は眼下の眺めに圧倒されてるみたいで、ただ呆然と人の波を見下ろしていた。
「ひゃ〜!めっちゃウジャウジャ居る〜!都中の人間、全部ここに来ちゃってんじゃねえの⁉︎」
「そうだな。ほぼ人口の9割方はいるだろう規模だな」
エルンストがつっこまないから……ってワケでもないだろうけど、今日から一緒に旅する事になる騎士のアーサーさんがニルスの疑問に答えてくれた。
「それだけ期待されているという事だ。君達パーティーはいきなり『魔王討伐隊』なんてものに祭り上げられて実際思うところもあるだろうが……彼ら民から見たら希望の星なんだ。手を振ってやってくれないか?」
そう言いながら、自分も眼下に向かってにこやかに手を振る。途端に式典の会場には悲鳴のような歓声が巻き起こった。もちろん女の子達の黄色い声。まるであの天使な王女様みたいに波打つ金髪と青い瞳を持つ美丈夫が、これまたカッコいい礼装用の騎士服で微笑んで手を振ってるんだもん。叫ぶしかないよね、女の子としては。
「ちょっ……あんたの後、超絶手え振りにくいんですけどっ」
よく言った、ニルス!
「そりゃそうよねえ。しょうがない、それじゃオネーさんが一肌脱いであげよう」
ニルスをちょいっと押しのけて、颯爽と出てきたのは魔導師のスカーレットさん。その名のとおりゴージャスな波打つ真っ赤な髪とセクシーな厚めの唇がとっても魅力的なお姉さんだ。
彼女がバルコニーから身を乗り出して大きく手を振ると、今度は地鳴りのような低い歓声が沸き起こる。投げキッスまでサービスするもんだから会場はもう、なんだかよくわからない熱狂に包まれてしまった。
「あら⁉︎ やりすぎた?」
「どう考えてもやり過ぎだろうが!まったくお前というヤツは……はしたない!」
「うっわ、出た!おやじくさ!」
アーサーさんとスカーレットさんの思いの外仲よさげな会話に驚いていたら、視線を感じたのかスカーレットさんに「なあに?」と微笑まれてしまった。そんなちょっとした仕草まで色っぽい感じがするなんて、なんだか神様は不公平だ。
「いや、仲がいいんだなって思って……」
「どこが⁉︎」
スカーレットさん、嚙みつくみたいに言っても、それケンカするほど仲がいい人の典型的な反応ですから。それに、ちょっぴりだけ頬っぺたが赤い気がする。そして、一瞬だけ不安そうな瞳がチラリとアーサーさんを捉えた。
「……不本意だが親戚なんだ」
お手あげ状態で呆れたように言ったアーサーさんを見て、若干瞳が翳ったし。
僅かにだけど肩も落ちた。
分かりやすい。……なんて分かりやすい。
そして可愛い!
あたしよりもお姉さんだけど、苦しい恋をしてるとこは一緒だ。何よりも、誰よりもわかりあえる気がする!
あたしは一気にスカーレットさんが好きになってしまった。
「意外ですね、いかにも貴族ですって感じのアーサーさんと、……その、スカーレットさんが親戚って」
やっと脳味噌が動き出したらしいエルンストが何食わぬ顔で会話に入ってきたのが地味に面白い。それに、結構スカーレットさんにひどい事言ってるし。
「あらボウヤ、見えない?この溢れ出る王家の気品」
スカーレットさんがその艶やかな赤い髪をふわりと揺らしウインクまでくれたけど、溢れ出たのは残念ながら色気だけだった。いや、羨ましいけど。
「王家⁉︎」
スカーレットさんの色気にあてられて、悲しいかな若干赤くなったエルンストが驚愕の声を上げると、アーサーさんが眉をこれでもかというくらいに下げて、小さく頷いた。
「……スカーレット、そこはせめてマナー通りの美しい挨拶でも見せてくれ……王家の品位が疑われる」
はっ!そうか!って顔してる場合じゃないと思います、スカーレットさん。ただ、それを見るアーサーさんの 目は、意外にも優しかった気がする。落ち込むスカーレットさんを横目で見ながら、アーサーさんは少しだけ、事情を話してくれた。
「まあ、俺達は傍流なんだよ。スカーレットの家は先王の代で臣下に下ったし、俺は現王の末の弟でね。ま、俺達は臣下に下った時点で国を外敵から守る責務を持ってるわけだ」
「お二方とも騎士団と魔術師団の当代一の実力の持ち主とか。やはり王家に傑出した才能が出やすいという話は本当なんですね」
「しっかし、なんでまたあんた達がわざわざなんで魔王討伐なんて行かなきゃならねえんだ? 下手すりゃ死ぬぜ、断れなかったのか?」
二人が王家筋だと知って即座に如才なく対応するエルンストと、自分の気になる事は構わず聞くニルス。相変わらずの平常運転だけど、帰ってきた答えは意外なものだった。
「俺達が行く事が重要なんだよ、王家筋が自ら魔王討伐に行く事がね。……ちなみにそこでずっと黙ってる男は傭兵との触れ込みになってはいるが、代々続く王家の守り人だ。名前はクワイト、俺の腹心の部下でもある」
なんと、傭兵さんまで王家の肝いりだったとは。
この時のアーサーさんの答えを、私はもっと注意してきいておくべきだったのかも知れない。
ただ、その時のあたしには「王家、本気なんだ……!」としか思えなかったんだ。




