第八話 ねこ神さま
ファルファンサの入り口に到着するや否や、猫にしてはあまりに大きすぎる獣が、ミーレに向かって一目散にとびかかってきた。私たちはすぐに戦闘態勢をとり、獣を迎撃せんとしたが、すんでの所でリンコに制された。
「ミーレ!ミーレ!やっと会えた!ミーレ!」
「ふふっ、もうチェルったら、相変わらず元気だね」
その獣はミーレに抱き付くと、当たり前のように言葉を発したが、ゲルザのゴリラ人間で慣れていた私たちは、それほど驚きはしなかった。
「皆様、驚かせてしまってすみません。紹介しますね、この子は”バルキャット”の『チェル』、昔ヤマリ先生のところで一緒にお世話になっていた、いわゆる兄弟弟子のようなものです」
「いやー。これはこれは皆さん、どうも初めまして、今はこのファルファンサの守衛兵の仕事をしています、チェルです。皆さんのお話は少し前に”レイラ”さんから聞いております。何でもミーレたちをゲルザの糞野郎共から救って頂いたとか、ミーレの行商隊の行方が分からなくなって一年、まさかゲルザに捕らえられていたなんて……それが分かっていたのなら、我々ファルファンサの ”バル部隊”で突撃していたのですが、いやはや、皆さんには何とお礼を言っていいのやら」
”レイラ”というのはゲルザから解放され、ハナミヤには残らず、故郷に戻っていった女の子である。どうやら彼女が旅の途中にここファルファンサに立ち寄り、ミーレのことを話した様だ。
この大きな喋る猫は”バルキャット”という生物らしく、ファルファンサの入り口には、数多くのバルキャットが門番として街を守っていた。
「さっき私が言っていたファルファンサが他国に攻め込まれない理由の一つは彼らよ、サグ族は通称『大猫使い』とも呼ばれていて、サグ族の人口の何倍ものバルキャットが、彼らと生活を共にしているの。バルキャットは戦闘力も忠誠心もかなり高くて、たとえ三大大国といえども、彼らを敵に回して戦うのは容易ではないのよ」
「猫っちゅうよりは虎やけどな、確かにこら頼もしいわ」
バルキャットの牙と爪は、鋭く光っており、彼らの大軍を敵に回すのは、私たちでも躊躇してしまう程だ。ファルファンサが今まで中立を保ち、この大陸の商売の中心地であり続けた理由も納得できる。
「さあさあ皆さん、街にお入りください、歓迎いたします」
門をくぐるとそこには、日本でもなかなかお目に掛かれないほどの大規模な市場が広がっていた。店の数もさることながら、人の数も凄まじく、多種多様な種族が入り乱れ、異様な賑わいを見せていた。
「すげえ!なにこれ?今日ってお祭りでもやってんのか?」
「いえいえ、何もない平日ですよ。ファルファンサは毎日これくらいの賑わいを見せてます」
「これは、本当にすごいわね、想像以上」
「とりあえずさあ、店回ろうぜー、ショッピングは女子高生の本分だろ?」
「そら無理やわ、全然カネ持ってきてへんもん、リンコの指示で」
「えーなんでだよー!?来た意味無いじゃん!何しに来たんだよー?」
「……話し合いしに来たに決まってるしょ?馬鹿なの?……だいたい、あなたたち好き勝手にお金使いすぎなのよ、国つくるって決めた以上、もうあのお金は国家予算なのだから、ちゃんと管理しないとね」
「ええー、ブー!ブー!」
リンコの意見は最もだ。私たちは後ろ髪を引かれつつ、目的を果たすため、買い物は諦め、ヤマリの元へ向かう。道中、何人もの知り合いにつかまり、再会を喜ばれるミーレを優しく見守りつつ、感動に浸る時間を少しだけ削ってもらいながら、ヤマリが現在滞在していると思われる”ファルファンサ中央議員会館”に案内してもらった。
議員会館は、バルキャットの守衛に厳重に守られていたが、同行してくれたチェルのおかげで、私たちは難なく入館することが出来た。ヤマリの部屋に到着し、ノックをして扉を開けると、緑色の瞳に橙色の髪をした美しい大人の女性が、先ほどのチェル同様、ミーレに向かって勢いよくとびついてきた。
「ミーレ!ミーレ!あ~私のかわいいミーレ!」
「もう、ヤマリ先生ってば、あははっ、お久しぶりです」
ミーレを愛おしそうに抱きしめ、頬ずりするヤマリに、ミーレは照れながらも、心底嬉しそうな様子だ。ハナミヤでは女の子たちのまとめ役として、常にしっかりしているミーレも、ヤマリの前ではただの子供なようだ。
「先生、紹介しますね。現在、私がお世話になっているハナミヤの長の皆様です。左からカナ様、トモカ様、リンコ様、ユキ様、アカネ様、リサ様です。私をゲルニールから救って頂いただけでなく、その後の生活の面倒も見てくださっている、御慈愛に溢れた素晴らしい方々です」
「おお!皆様が噂の!お話はかねがね。突如マリエスタに現れて、悪党共の手から街を守ったと思いきや、その勢いのまま1000を超える敵兵を全滅させた最強の戦士だとか。さらには武力だけでなく知力も兼ね揃え、わずか2か月足らずで、新たな街をつくり上げてしまったそうですね。……そんな方々がまさかこれほどまでにお若く麗しい女性だったとは!お会いできて誠に光栄です」
「いえいえ、こちらこそ、ミーレにはいつも世話してもらってるので、彼女の尊敬する先生にお会いできたこと、非常に光栄に思います」
ミーレにもヤマリにも仰々しく褒められて、かなり照れながらも、ハナミヤの代表としてしかっりと頭を下げる。
「ミーレをお救い頂いたことは、彼女の師としてなんとお礼を言えばいいのか分かりません。彼女の行方が分からなくなってから1年、我々も懸命に捜索したのですが、まさかゲルザに捕らわれていたなんて……今でも自分の不甲斐なさに腹が立ちます。ゲルニールが生きていたならば、ファルファンサが全力を挙げて叩き潰すところなのですが、既に皆様が奴らの息の根を止めて下さっています。皆様には本当に頭が上がりません」
ヤマリはミーレのことで、我々に恩を感じている様子だ。これならリンコの見立て通り、ファルファンサのハナミヤ連邦国加入に力を貸してくれるかもしれない。
すぐに本題にはいかず、ミーレの弟子時代の思い出話などで、タイミングを見計らいつつ、良い頃合いになったところで、リンコがハナミヤ連邦国の話を持ち出した。
「――――なるほど、連邦国ですか。確かに最近のヒムレス帝国の攻撃性は、度を越えるものがあり、我々も注視していますし、北のジュリドーラ共和国も度々怪しげな動きを見せています。それもこれもガラシア王国の現国王が弱気な姿勢を対外に見せていることが原因なのですが……。ですので我々ファルファンサも、いつこの平和な時が壊れても対処できるように、準備だけは整えているつもりです。皆様のおっしゃるように、非常時には、三国に属さない街々で、協力し合えれる同盟をつくろうという案も出ております」
「そうですか、それなら話は早い、是非前向きに検討して欲しいのですが」
「……うーむ、一つだけ質問させて頂いてもよろしいでしょうか?それは”同盟国”という形ではダメなのでしょうか?例えば”中央諸国同盟”といった名前を用いて、加盟国は全て平等の権力を持つというのは?」
「……はい、ヤマリさんのおっしゃりたいことはよく分かっております。いま現在ファルファンサとハナミヤでは国力に多大な差があります。もちろんファルファンサが圧倒的に上位です。にもかかわらずファルファンサがハナミヤの下につくというのは納得出来ないでしょう。しかしながら先ほども申しました通り、傘下に入ったとしても、ファルファンサに損なことは一つもありません。税を徴収することもありませんし、市民に何かを強いることも致しません。逆に加入して頂けた暁には、非常時に我々が即座に駆けつけ、皆様をお守りします」
「そこが少し引っかかるのですが、それではハナミヤの皆様には、どんな得があるのでしょうか?私は今は政治家をやっていますが、元は商人です。商売の基本はギブアンドテイク、タダほど怖いものはありません。皆様を信頼していないわけではありませんが、私の信条として本心が見えない方とは取引しないことにしているのです」
さすがはミーレの師匠で、最年少議員なだけはある。ヤマリは慎重に我々の腹を探っている様子だ。
「……そうですね、得はありますよ。それでは正直に申し上げます。私たちがハナミヤ連邦国を建国することで、本当にやりたいことは、この大陸中央に、ガラシア、ヒムレス、ジュリドーラと並ぶ、四つめの大国をつくりあげることです」
「三大大国と同等の大国ですか……」
「はい、そしてそれはあくまでスタートラインです。私たちの最終目標は、三大大国をも吸収して、この大陸を完全に統一したいと考えています」
「大陸統一!?…………それは壮大な目標だ」
「先ほどハナミヤ連邦国では市民に何かを強いることは無いと申しましたが、それはあくまで統一前の話です。私たちが大陸を統一した暁には、全ての地域で適用される新たなルール”憲法”を作成し、皆さんにはそれを遵守して頂きます」
「新たなルールですか……」
「はい、といっても無茶なものではなく、皆が平和に、そして幸せに暮らせるようにする為のものです。……この世界には問題がたくさんあります。戦争や、奴隷制度、山賊、人攫い、無法者たち、私たちはそれら全てを根絶したいと思っています」
「……そんなことが可能ですか?」
「私たちなら可能です」
ヤマリは私たち6人の顔を、一人づつゆっくりと見渡すと、ふうっと一呼吸ついた。
「私はこれまで商売を通して数多くの人の顔を見てきました。これでも人を見る目はあるつもりです。あなた方の目は全く嘘のない目をしている。まるで今の夢のような未来を、さも当たり前のように確信している目だ。……これほど自信に満ちている人たちを私は知らない」
ヤマリは微笑みながらミーレの頭をなでると、私たちに向かってはっきりと宣言した。
「わかりました。私もそんな素晴らしい未来を見てみたい。皆様の提案に乗りましょう!」
「……賢明なご決断、ありがとうございます」
「さすがヤマリ先生!」
ミーレは喜びを爆発させて、ヤマリに抱き付いた。リンコもホッとした表情をしている。これでとりあえずの足がかりは掴めた。
「ちょうどこの後、30分後に12人協議会全員出席の定例会議が行われます。私はそこで皆様のお話を提案したいと思います。ただ、なにぶん私は1番の新参者なので、発言権もあまり無く、なかなか厳しいとは思いますが、私なりに精一杯やってきますので、少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい、それはもちろん!是非よろしくお願いします!」
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後はヤマリに全てを託し、私たちはゆっくりと待つことにした。会議の間、トモカとアカネが街を回りたいとゴネたのだが、当然却下した。会議が始まってから、およそ1時間後、ようやく話し合いを終え、ヤマリが部屋に戻ってきた。
「皆様、お持たせしました。私のできる限りを尽くしましたが、結果としては何とも言い難いものがあります。とりあえず私と一緒に会議室に来ていただいてもよろしいでしょうか?」
ヤマリは神妙な面持ちをしている。彼女に従い、会議室について行くと、中には風格のある11人のサグ族が座っていた。私たちが手短に挨拶を終えると、議長と思われる最も年老いたサグ族の男性が口を開いた。
「あなた方の提案するハナミヤ連邦国、実に面白いと思います。その先にある夢のような未来も我々は是非見てみたい……しかしながらここファルファンサは住人だけでも5000を超える大都市だ。そのような重大な決定を、簡単に下すことは出来んのですよ」
「もちろん、すぐにとは言いません。この街の運営形態は分かりませんが、住民投票のようなものがあるならば、して頂いて構いません。我々はその結果に従います」
「住民投票ですか……それを行えば、この提案はまず通りませんよ?」
「……それは何故ですか?」
「ファルファンサは商人の街だ。住人はそれぞれ自分の店を構えてる。つまり全員が一国一城の王になるのです。彼らは自由です。もちろん街に税は納めていますし、助け合いの精神も強い、しかしながら彼らは人に下に就くのを嫌う。それが商売人というものなんです」
「なるほど……」
議長の話はもっともだ、このファルファンサという街は、街というよりも商売の共同体に近いのだろう。それぞれが責任を持って自分の商売を行っている。この議会も日本でいうところの経団連のようなものだ。
ヤマリを説得できた時は、イケるような気がしたハナミヤ連邦国も、ここにきて一気に暗雲が立ち込めてしまった。
しかし次の議長の言葉で、消えかかった希望の光は、またその輝きを取り戻した。
「ですが一つだけ方法があります。私たちとファルファンサの住民を納得させ、ハナミヤ連邦国に加入させる……そんな方法が」
「本当ですか?それはどんな?」
「…………皆さんで、『神獣』を退治して下さい」