第六話 はなしっぱなし
私たちの話を聞くと、マリエスタは途端にお祭り騒ぎになった。
「よっしゃあ、その仕事引き受けたぜ!」
「俺もだ!任せとけ!」
「大工歴、50年、人生最大の仕事だ!」
「私も行くわ、家は造れないけど、城の掃除なら出来るもの」
「皆さんの役に立てるなら何だってするわよ!」
ゲルザの脅威が終わったことに喜ぶ者たちと、破格の報酬が約束された、でかい仕事の依頼に奮起する者たちで、街は大賑わいだ。大工以外の職業の人たちも、かなりの人数が、城の後片付けに来てくれることとなった。
「ゲルザから街を守って頂いた大きな恩がございます、奴らの死体の後始末などは、皆さんの手を汚さず、我々がやるのが当たり前だというのに…………それほどまでの謝礼を出して頂けるなんて、本当に良いのでしょうか?」
ライガルは涙を流しながらそう尋ねた。彼もこの街の長として、不安な日々が続いたのだろう。ゲルザ討伐の報告を受けてからグッと表情が柔らかくなった。
「ああ、かまへんかまへん、金ならゴリラたちからぎょうさん頂いたから、これからも隣町として何かと世話なるやろうし、そのご挨拶みたいなもんや」
「そうそう、気にしないで下さい、こっちも仕事を頼んでるんだから、ちゃんとした契約ですよ」
「それで、申し訳ないんだけど、出来るだけ早く出発したいのよ、なんせ1000人以上の死体が転がってるから、早く片付けないと、臭いやなんやで、これからウチらが住めなくなっちゃう」
街の人々は、すぐに出発してくれることになった。しかしながら彼らのスピードでは急いでも半日以上かかってしまう。万が一ゲルザの残党に出くわしても不味いだろうと、リサが彼らに帯同することとなった。
本当はマリエスタでゆっくりしたいところだが、私とアカネの2人は、渋々先に城へ戻ることにした。
片道1時間かけて城に戻ると、ちょうどリンコたちが城の探索を終え、中庭に集めた捕らわれた人々に、今後の説明をしてるところだった。
「あら、早いわね」
「おう、リサだけ残して先に帰ってきた。仕事はばっちり引き受けてくれたよ」
「そう、それは良かった。ちょうどいいところにきたわ、2人に紹介しとくね、こちらが”ミーレ”ゲルニールに囲われてた女性たちの中で、リーダーシップをとっていた人よ。そしてこちらが”ツツイラ”いわゆる給仕長、使用人をまとめてた人ね――――それでこっちの二人はユキとアカネ、もう一人のリサは後でマリエスタの人たちとやって来るわ」
そうリンコに紹介され、ミーレとツツイラは頭を下げる。
「初めましてユキ様、アカネ様、私はミーレと申します。ここより少し北の街”ファルファンサ”の”サグ族”の出身です。行商中にゲルニールに捕らわれて1年、まさかこんな日が来るとは思いもよりませんでした。皆さまには感謝してもしきれません」
ミーレは美しく大きな緑色の目と、真っ赤な髪の毛が特徴的な女性で、小柄ながらしっかりとした面持ちをしている、その凛とした佇まいから、女性たちの代表であったというのもうなずける。
「私は、ツツイラと申します。この城の使用人たちをまとめておりました。非力さゆえ、みな奴隷のごとき扱いを受けて参りましたところを、皆様方に救って頂き、本当に感謝の言葉もございません。こんな老いぼれですが、この御恩は一生かけて返したいと存じます」
ツツイラは鼻がまるで天狗のような形をしている、白髪の老人で、そのいで立ちから紳士であることが容易に想像できる。
「左にいる女性は全員ゲルニールが囲っていた子たちで、全部で32人。右にいるのが使用人の人たちで、男女合わせて61人いるわ。ハナミヤの話はもうしてあるけど、さすがにいきなり選択を強いるっていうのも酷だから、とりあえずミーレとツツイラにみんなのケアをしてもらいながら三日後に一人ずつの返事を聞くことになってるわ」
「なるほど了解……でもやっぱり、なかには私たちを怖がってる子もいるっぽいね」
「まあそれはしょうがないわよ、この死体の数みたら、私たちなんかバケモノに見えるかも……でも思ったとおり、ゲルザからはろくな扱いされてないようだから、みんな解放されて喜んでいることは確かよ」
その後、私たちは一足先に城の後片付けを始めた。解放された人たちも積極的に手伝ってくれた。朝方にはマリエスタの住人も到着し、翌日には本格的に城の大掃除に取り掛かった。グロテスクな死体を、みんな顔色一つ変えず、さも当たり前のように処理している姿を見ると、やはりこの世界の死というものが、日本なんかより、もっと身近な存在であることを実感する。
総勢300人を超える大人数で取り掛かったこともあり、3日目には全てが片付いた。リンコはもうすでにマリエスタの職人たちと建設についての打ち合わせを始めていた。その夜は城にあった酒と食料で、大宴会が催された。解放された人々は、3日目にしてやっと私たちと打ち解け初め、緊張が獲れたのか、久しぶりに訪れた”自由”に、みな涙を流した。マリエスタの人々も私たちに感謝の言葉を述べながら、盛大に笑い、そして泣いた。私を含めた6人は、照れながらも、皆の気持ちを素直に受け取った。
次の日、マリエスタの人々は全員、一度街に帰っていった。街づくりは長期の大仕事となるので、職人の皆さんも、しっかりと準備を整えて、また後日戻ってくることになっている。
約束の3日目となり、解放された人々のうち、なんと8割にあたる、76人もの人が、ハナミヤに残る決断をしてくれた。故郷に戻ると決めた人たちには、帰郷にかかる当分の資金と、旅に必要な物資を十分に渡した。彼らはまた一様に涙し、私たちへの感謝の言葉を口々に示した。
こうして私たちの街「ハナミヤ」は、私たちを含めた住人82人と、マリエスタの職人達の手により、その歴史をスタートさせることになった。
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街づくりが開始してからおよそ一か月、建設工事は順調そのもので、城の周りには新しい建物がどんどん完成していった。住人たちは家が出来て、全員に割り振りされるまでの間は、以前と同じように城で生活している。同じ場所で一か月も暮らしているので、かなり親しくはなってきたのだが、彼らの中で私たち6人は、あくまで自分たちの”主”という立ち位置であり、いくら言って聞かせても、私たちへの献身的な奉仕を辞めようとしない。もちろん、家事から何まで全てやってくれるのは、とても助かるのだけど、個人的には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
(トモカやアカネあたりは、お嬢様になったみたいと素直にはしゃいでいるけど)
この一か月の間、毎日をダラダラと遊んで暮らす4人を尻目に、リンコとカナの二人は兵器作りに没頭していた。私たちが留守の間に、城が攻められたとき用らしいのだが、さも当たり前のように、この世界には存在しない”砲台”を創り上げてしまう二人に、味方ながら恐怖を覚えた。
ちなみに拳銃も追加で2丁ほど作ったようだが、それも結局、リンコとカナがそれぞれ予備として2つ目を持つことになった。当然4人は「ズルい!」と反発したが、私たちが持つと暴発が危ないという理由で、一方的に却下された。
街の住人には、有事の護身用に”長距離連射式の鉄製ボーガン”が制作され支給された。ボーガンといっても、そのいで立ちはほとんど散弾銃に近く、破壊力は半端じゃなさそうだ。
最初は拳銃を大量生産し、街の防衛のため、住人に支給するかも考えたそうだが、万が一敵の手に渡ってしまったら、超人的な身体能力を持つ我々6人でも、さすがに弾を避けるのは難しく、命を落とす可能性があるとの見解から、安全面を考えて、ボーガンに収まった。
しかしそれは、あくまで「私たち6人には効かない」というだけで、この世界の戦力的にいえば、この特性ボーガンはかなり最強の部類の武器であり、ハナミヤは誕生からわずか1か月で、難攻不落の要塞と化した。
そんな噂も聞きつけてか、とある日、ライガルとルルに連れられて、マリエスタと友好関係にある三大大国の一つ、『ガラシア王国』の使者と名乗る男が、ハナミヤを訪れた。私たちは3人を会議室に迎え入れ、話を聞くことにした。
「お初にお目にかかります、ハナミヤの皆様。私はガラシア王国で外政特任大使を務めております、”シグレル”と申します。本日は皆様に外交に関するお話があり、伺わせて頂きました。どうぞよろしくお願いします」
シグレルと名乗ったその男は、きちんとした身なりの、恰幅の良い中年男性で、真っ白な髪と、赤い瞳が印象的だった。後からルルに聞いた話では、白い髪と赤い瞳は、ガラシア王国の主要民族である『ガラシア族』の特徴だそうだ。
「勉強不足で申し訳ないのですが、ここにおられる6人の皆様の中で、長にあたるお方はどなたになるのでしょうか?」
「そういうのは無いんですが、しいて言えばこの子が我々の代表です」
私はリンコにそう言われ、無理やり前に押し出された。ハナミヤをつくると決めた日に、5人に勝手に決められた役職なのだが、私はあまり納得していない。
(そういうのは前の世界だけで十分だ。リンコの方がよっぽど向いてるのに……めんどくさい)
「ああ、どうも、一応このハナミヤの代表を務めてる『ユキ』です。どうぞよろしくお願いします。―――それでお話というのは?」
「はい、話というのは、我々ガラシア王国と、ここ城塞都市ハナミヤとの友好条約についてです」
「友好条約?」
「はい、そこのルルより話を伺ったと聞いておりますが、ガラシア王国は皆様もよくご存じの隣町、マリエスタと友好条約を結んでおります。それと全く同じ内容の条約を、ハナミヤの皆様とも締結したく思い、やって参りました。――――ちなみにこれがその友好条約の規約書となります」
そう言うとシグレルは数枚の紙を取り出した。条約の内容が記載されてるにしては、随分簡易的である。たんたんと話を進めようとするシグレルをリサが遮った。
「なあ。ちょっとええか?ジブンらはマリエスタがゲルザに侵攻されるって話は聞いとらんかったんか?」
「その話ですか、もちろん知ってましたよ」
「なら何で助けてやらんかったんや?友好条約結んでるんやろ?それともこの条約は、商売に関するもんで、軍事は関係ないっちゅうやつか?」
「いえ、もちろん、軍事も関係してます。お互いの国が攻撃を受けた場合は、共闘してその敵と退けるという項目があります。今回のマリエスタの件も、我々ガラシア王国は、秘密裏に軍の出兵準備をしておりました。……しかし、先ほども申しましたが、共闘するのは”攻撃を受けてから”となります。ですのでその前の段階で軍を出すということは出来ないのです」
「出来ないっつっても、あれたぶん最初の侵攻で、私らがいなかったらマリエスタ全滅してたぞ、その後に助けに来ても意味ないじゃん」
「……そうですね、おっしゃる通りです。しかしながらガラシア王国はこの世界の均衡を保つ三大大国の一つ、そう簡単に軍を他国に派遣することは出来ません。少なくとも攻撃を受けたという”事実”が無ければ動けないのです」
「ふーん、まあいってることは分かるわ、じゃあ私も質問なんだけど、仮にあの時マリエスタが滅ばされたとして、ガラシアはゲルザに報復してくれるのよねえ?」
「はい、それはもちろんそうなります」
「じゃあ、それはいったいどこまで?ゲルザはヒムレスに属しているのだから、ヒムレス帝国にも攻め込んでくれるのかしら?」
「……厳しい質問ですね。それはたぶん、正直に申しますと、ゲルザを潰したところで撤収だと思います」
「あら、外交官のくせになかなか正直者ね。なるほどね、じゃあガラシアとしては今ヒムレスと事を構える気はないということね?でもそんなので大丈夫かしら?……聞いた話ではヒムレスは相当イケイケらしいじゃない、ゲルザに国公認で山賊行為をさせたり、ガラシアと友好関係にあるマリエスタに攻め込ませたり……相手がそんなやる気なのに、喧嘩売られてる方が、そんな弱気な姿勢じゃあねえ、私たちがそんな弱虫と手を組む意味ってあるのかしら?」
リンコはかなり辛辣に言い放った。
「……そうですね。返す言葉もありません。確かに我がガラシア王国は戦争に関しては、かなり慎重になってます。しかしそれは現国王であらせられるミルゲル・ガラシアーノ国王様が、ガラシア王国の歴史上でも稀にみる平和主義者であるからなのです。国王様は戦争を望みません……戦いを嫌い、争いを憎んでおります。だからこそ”仁君”と呼ばれ国民から絶大な支持を得ているのですが」
シグレルは俯き気味に語った。
「……しかしながら、我が国の軍事力は本物です!これだけはお約束いたします!たしかに今のガラシアはヒムレスに比べ弱腰かもしれません、ですがもし万が一にも、我が国の国民が、ヒムレスにより傷つけられた時には、鬼神となりてヒムレスを攻め滅ぼすでしょう。その点だけはどうか信じて下さい。そしてどうぞ我がガラシア王国と友好条約を結んでは下さいませんでしょうか」
シグレルの目には強い意志が感じられる。どうやらこの男は信用してもよさそうだ。
「……どうする、みんな?」
「うーん、まあとりあえず、その規約書の内容聞いてみた方がいいんじゃない?」
「そうね、話はそれからね」
「あのー申し訳ないんですが、私たち文字が読めないんですよ、だから声にだして内容を読んでもらっていいですか?」
「はいっ、もちろんです。皆様は他国と交流を持たない村のご出身だとライガルより伺っておりますので、私が責任をもって代読させて頂きます。えーガラシア王国並びにハナミヤの友好条約における――――」
シグレルは、条約の内容について話し出した。
私たちは黙って静かに聞いていたが、シグレルが条約の内容を全て話し終えたと同時に、私は他の5人に相談もせずシグレルに言い切った。
「この内容では無理ですね。この条約は結べません」
「――――えっ、何故でしょうか?理由をお聞かせ頂けますか?」
「第三項の軍事に関する記述にあった、『共同で敵地に攻め込む』ってところです。それってつまり、ガラシアが他国と戦争になった場合、その国に私たちも一緒に乗り込んで行くってことですよね?」
「はい、もちろんそうですが……それがなにか?」
「いやあ、攻めてくる敵から誰かを守ったりとか、ゲルザみたいな悪い奴らを潰しに行くとかは良いんですけど、戦争とはいえ、普通に一般の人が生活してるところに攻め込むってのは……どうしても」
「しかしながら、それが戦争というものでは?」
「いや、もちろんそうなんですけど……それじゃあ納得が出来ないというか、友好条約を結んだ味方が戦争中だからって理由だけで、人殺しをするのはちょっとね……」
「もちろん我々も無闇な殺生は致しませんよ、出来るだけ一般市民には手を出しません。むろん敵国の一般人に被害が出ないかといえば、それは嘘になります。しかしそれは自国の民についても同じことが言えますし、そもそも戦争というのはそういうものではないのでしょうか?」
「はい、シグナルさんのいう事は正論です。正論ですが、私たちの世界ではそんな簡単に割り切れないというか……うーん、あの、ちょっと時間くれませんか?ほら、これって一方的にそっちから条件出してる訳じゃないですか?それじゃあ不平等っていうか、こっちからも提案したいこともあるし……今日一日、時間を下さい。それでまた明日、こっちからの提案も含めてまた話し合いましょうよ?」
「……はい、もちろん前向きに検討して頂けるのであれば、時間はいくら掛けて頂いても構いません。では明日またお伺いしたいと思います。それでよろしいでしょうか?」
「大丈夫です。お願いします。では今日はこの城の来賓室にお泊り下さい」
こうして条約の話し合いは一時中断し、シグレルはツツイラより来賓室に案内されていった。ライガルとルルも部屋をあとにし、会議室には私たち6人が残った。
「おいおい、ウチらになんの相談もせんと勝手に断りよって、まあユキの言わんとしていることも分かるけどもやな、確かにウチも人殺すんには相当抵抗あるで、ゲルザの奴らは全員ほとんどゴリラやったからあんま気にならんかったけど、これがもっと人間に近い敵やったら、ほんまに殺れたんかどうかは分からへんからな」
「まあでもシグレルの言うことは正論よ、戦争ってそういうもんだし、というかあれだけ躊躇なく、先頭きってゲルザの兵士を斬り殺していたユキから、そんな言葉が出るとは思わなかったわ」
「いや、まあそうなんだけどね……もちろん偽善者ぶるとかそういうんじゃないんだけどさあ、なんていうか……やりたくないことはやりたくないって言うか、ほら私たちって、今すっごい強いじゃん?それなのに変に条約とか結んで、どっかに肩入れするとさあ、自由じゃ無くなるっていうか……もしそこに正義が感じられなかった場合にどうしようかとか……」
「言いたいことはわかるわ、私たちは自由なように見えて、実際はそうじゃないからね、少なくともハナミヤに住む76人の住人たちは、私たちが責任を持って守らないといけない訳だし。そのために他国と条約を結んだのであれば、それがどんなに嫌なことでも途中で投げ出す訳にはいかないし」
「……うん、あのさあ、私たちって結構なし崩し的にここまで来たっていうか、とりあえずお金稼いで、とりあえず住む場所確保してって、なってるけど、ここいらで、みんなの今後の目標っていうかさあ、まあ恥ずかしい言い方すれば”夢”っていうか……少し話し合っといた方がいいんじゃないかな?」
私は意を決して、ここ数日思っていたことを5人に言った。夢とかいう恥ずかしいワードを使ったにも関わらず、誰も茶化してこなかったので、どうやらみんなも同じことを考えていた様だ。
最初に発言したのは意外にもトモカだった。
「私はマリエスタをつくってみて思ったんだけど……どうせなら国とかつくってみたいかな。そんなこと元の世界じゃあ到底出来ないし、なんか建国とか面白そうじゃん。それにこの世界ってまだ奴隷制とか普通にあるっぽいし、そういうのが無い幸せな国つくってみたいかな」
リサが続いた。
「ああそれは、ウチも賛成や、ほとんどトモカと同じやけど、ウチはもっと金稼ぎまくりたいわ。国つくってがっぽがっぽ儲けて、巨万の富を得たいわ」
「おい、それ私のと微妙に違わねないか?、そんな不純なのと一緒にするなよ」
「なんやねん、国つくるっちゅう意味では同じやないか」
次はカナが喋り始めた。
「私は、最強の軍隊を作りたいなあ、銃や爆弾をもっと創って、兵士を育てて、私だけのデルタやスペツナズを創るの、ゆくゆくは戦車や戦艦、戦闘機も創りたいなあ」
「お前は本当に危険思想だな、味方でよかったわ」
「ふふふ、まあ国つくりっていう点ではトモカと似てるよね」
「だから一緒にすんなって、私のはそんな危ない国じゃないから」
続いてリンコが話し始めた。
「私はこの世界を変えるような大発明をしたいわね。もちろん魔術でね。その糸口は掴んだ気がするの、あとは莫大な資金と、研究や実験に必要な優秀な人材ね」
「おっ、莫大な資金が必要なら、ウチと目的は同じやな、とにかく金を稼がなあかん」
「まあそうなるわね」
「じゃあ次は私ね、私は世界中の種族の可愛い男の子を集めて、まず女装させ――――」
「ああ、アカネのはいいや」
「うん、黙ってて」
アカネは喋るや否や、全員に制された。
「んで、結局ユキはどうなの?あんたは何がしたいのよ」
「私か……うーん」
私は少し黙って考えた。この世界に飛ばされて一か月、流されるままに過ごしてきたけれど、私は一体何がしたいのか。
「…………私はやっぱり勇者になりたい」
「おいおい、まだそんなこと言ってんのか!だからここはお前が思ってるようなファンタジーの世界じゃないんだって、もっと現実的な世界なんだよ」
「分かってるよ、それは!別に魔王を倒したいとかそういうことを言ってるんじゃなくてさあ、もっとなんか正義の味方的な?ほら、ゲルニール倒してミーレたち救ったとき、みんなに物凄く感謝されたじゃん?あの時すっごい気持ちよかったんだよ!またああゆうのがやりたいなあって」
「それって勇者っていうんか?」
「まあ言わないかもしれないけどね……あっ、でもトモカが言った、奴隷制とかのない幸せな国づくりってのも近いかも、とにかく今現在虐げられてる人々を救って、平和な世界をつくりたいのよ」
「まあ言いたいことは分かったわ」
リンコは少しだけ微笑んで、今の話を総括した。
「つまりみんなの意見をまとめると。とにかく世界中の、悪くて金貯め込んでる奴らをぶっ殺して、そいつらに被害を受けてる人たちを助けたついでに、財産を根こそぎ頂いて、その金で自分たちの国を大きくしていく。国が大きく成る過程で、軍事と産業と商業と魔法技術をどんどん進化させて、平和の国と、最強の軍隊、豊潤な資産と世界を変えるほどの新魔術を創りあげるって感じでいいかしら?」
「うん、いいんじゃない」
「おう、ばっちりだ」
「せやな、ええと思うわ」
「賛成~」
「――――いや、ちょっとまて、それ私のショタハーレムの夢入ってなくねえか?」
アカネはともかく、とりあえずこれで私たちの今後の進む道が決定した。
「じゃあまずは悪い奴ら見つけて、金奪うとこから始めないとな。何かいいじゃん、いろんな場所にいる悪人殺して回るって、水戸黄門みたいで」
「ホントだ、まさに私の目指す正義の味方みたい!」
「いやいや、水戸黄門は悪人皆殺しにはせえへんし、悪人の持っとる金ガメたりもせえへんやろ」
「えっ、じゃあ正義の味方じゃないの?」
「まあやってることだけ見たら、私らも悪人の部類なんじゃない?」
「ええ~そんな~」
「はははっ、まあいいじゃん、それで結果的に救われる人もいるだろうから」
「ええ~、でもそれじゃあ結局、私たちって何になるのよ?」
「まあ、悪人やっつける悪人だから、なんだろ?ヤクザとか?」
「ヤクザっていうのも微妙に違うんじゃない、抗争して相手のシマと金奪うって感じだと、”ギャング”の方が近いかも」
「ギャングか、ええやん、なんかダークヒーローっぽくて」
「……勇者目指してるのにギャングって~」
「あの……私のハーレムは?」
こうして私たちの意見は統一され、翌日、再びやってきたシグレルとの話し合いにて、私たちなりの結論を加えて新たな規約を提案した。
「それぞれの地が敵に侵攻を受けた時、助っ人に行く、これは全然このままで大丈夫です。ですが敵国へ攻め込む時に、それに付き合うっていうのは、やっぱり引き受けられません。もちろん、敵がどうしようもない悪者だとか、そういう場合は別ですが、基本的には自分たちの敵は自分たちで見極めてから攻撃します」
「……なるほど、しかしそれではこの条約は、我々ガラシアにとってあまり美味しくありません。なぜなら、我が国に敵国が攻めてくるという事態はほとんど皆無なのです。それに、たとえ万が一、そのような状況が起きたとしても、皆様の手を借りずとも、我が国の軍隊のみで対処が出来るでしょう。しかしながら逆はどうでしょうか?ハナミヤが攻め込まれるというのは?正直なところ、ガラシアの後ろ盾がない限り、そのような事態はこれから幾度となく起こると予想されます。……はっきりと申しますが、この条約の肝は、我々が、皆さんの街が他国の侵攻を受けないための”抑止力”となる代わりに、皆様には、我が国が戦争状態に突入した際の”兵力”となって頂きたいのです」
「はい、その趣旨は理解しています。だから私たちも代替案を用意しています。――――敵地に攻め込むのを手伝わない代わりに、ガラシア王国が現在進行形で手を焼いている事柄、そう例えば今回のゲルザのような件です。ガラシア王国近隣の山賊だとか、ならず者の集団だとか、無法国家だとか、そういった悪党どもを掃除する任務を、皆さんに代わり私たちが引き受けましょう」
「ふむ、悪党の始末ですか……確かにゲルニール一家をたった6人で全滅に追い込んだあなた方の力、その武力があれば可能かもしれません。しかしそれを引き受けて頂くとなると、今度は先ほどとは逆に皆様の負担の方が大きくなってしまうと思われますが?」
「はい、そこでもう一つの約束をして頂きたいのですが……私たちが潰した悪党の保有する全てのモノは、私たちの財産とすることを許可して頂きたい」
「なるほど……あなた方は、私たちが手を焼く悪党共を退治する代わりに、そいつらの財産を得ることが出来る、うん、これなら両者にとって対等な条件ですね」
「はい、そして先ほどは、ガラシアの”近隣の”と言いましたが、この条件を飲んでいただけるのであれば、私たちとしては、別にガラシア”国内”の問題であっても構いません。その代わり国民から奪われたものを、私たちが持って帰ることになりますが」
「……ふむ、これは実に面白い提案です。今までこんな友好条約は無かった。早速ガラシアに帰り、検討させて頂きたい!」
こうしてガラシアの特使シグレルは、私たちの出した提案と共に、一度ガラシアへと帰国していった。
それから約一か月後、ハナミヤの街並みもすっかり出来上がり、いよいよ建設工事も終盤に差し掛かった頃、シグレルは数人の男たちを引き連れて、ハナミヤに再びやってきた。
「皆様、お久しぶりでございます。長らくお待たせしましたが、この度ガラシアとハナミヤの友好条約について、本国での決が下りましたのでそのご報告と、今後の進行について話に参りました。と、まずはその前に、私のかなり上の上司にあたる者を紹介させてください。こちらが”ユビルザック将軍”です。ガラシア王国の外務大臣を務めております」
「初めまして、私がユビルザックです。ガラシアで外交なんかを任せられとるもんです。外務大臣とゆうても、名前だけのロートルですから、あんまり気難しいのはやめて、楽に話し合いましょう」
そう言って前に出てきた男性は、シグレルよりも一回りも巨漢の、迫力のある老人で、立派な髭と、顔の大きな傷がその威圧感を何倍にも増している。
「それは助かります。私たちも礼儀とか作法とかほとんど知らない田舎者なので、堅苦しいのは苦手なんです。あっ、申し遅れましたが、私が一応このハナミヤの代表を務めております。ユキです」
「おお、これはこれは、あなたがユキさんですか、こんなか細い女性が、あの風切剣を振り回して敵をぶった斬る戦士だとは、いやあ皆さんの話はここに来る前、マリエスタで結構聞いてきましてねえ、私なんかは一発でファンになってしまいましたよ、がっはっはっ」
ユビルザックは豪快に笑った。性格も外見同様に豪快のようだ。その後はすぐに条約の話にはいかず、ユビルザックとの雑談に花が咲いた。どうやら彼は生粋の軍人らしく。私たちの強さや、カナが作った兵器に興味津々のようだ。話は彼の兵士時代にも遡り、彼との雑談は1時間にも及んだ。初めはユビルザックに緊張した様子で隣に直立していたシグレルも、さすがに痺れを切らしたのか、ユビルザックにそっと時間を耳打ちした。
「なんと!?ああ、いやいやこれは失敬失敬、ついつい話がそれてしまって、もうこんな時間になってしまった。私は残念なことに、あまり長居出来んのですよ、なので、そろそろ本題に入らせてもらいます。皆さんが提示した案なのですが、我がガラシア王国はこれを全て受けようと思うとります。――――しかし一つだけ条件がありまして。悪党退治の件、これに関しては公にはせず、ガラシア国との契約ではなく、あくまで我々外務省との”秘密契約”にして欲しいんですわ。というのも今の国王は、シグレルからも聞いたと思いますが、かなりの平和主義者でして、それがたとえ悪党であろうと、自分たちから攻撃をしかけるのをあまり良しと思わんのですわ。なので皆さんには、ガラシアとは関係無く、あくまで自分たちの判断で動いてるっちゅうことにして欲しいんです。もちろん、裏での手伝いはします。例えば関所などの通行もスムーズに出来るよう手配しますし、皆さんが提案した、ガラシア国内での問題も、たぶんやって貰うことになります。まあなんでしょう、外務省の雇った特殊部隊のようなもんになると思うてくれて構わんのですが」
ユビルザックが来る前、リンコが「噂通りの平和ボケした国王なら、この条約は破談かもね」と予想していたが、どうやらその心配は半分当たって、半分外れたようだ。ユビルザックの持ってきた条件は、私たちにとっては何も問題の無いものだった。
「なるほど、それで構いませんよ、我々ハナミヤはその条件で是非ガルシア王国と友好関係を結びたいと思います」
「おお!それは素晴らしい、素早い決断感謝しますよ。では早速調印に移りましょう。私も立ち会いたいところですが、この後の事はシグレルに任せて、私はそろそろ行かねばならんのです」
そう言うと、ユビルザックはその巨体を椅子から立ち上がらせた。本当に時間ギリギリまで関係のない雑談をしていたようだ。
「そうだ、こいつらを置いていきます。今後仕事の依頼などはこの”ハヤテバト”を使って行います。まあガラシアとここなら、せいぜい一日もあれば届くでしょう」
ユビルザックはそう言うと、カゴに入っている魔道具を装着した鳥を、5羽ほど机に置いた。後からシグレルに聞いた話では、どうやらこの”ハヤテバト”は日本でいうところの伝書鳩にあたる鳥で、この世界では最も早い通信手段であり。かなり重宝されるモノだそうだ。
「ああ、それと最後に皆さんの通称を決めときましょう。特殊部隊なので会った方が良いでしょう、まさかハナミヤと名乗って頂く訳にもいきませんし、関所を通る際の合言葉にもなります。何かありませんか?」
「えっ、なにかある?」
「いや、ユキ決めなよ」
「そやで、はやくはやく」
「えーまたー?もう……うーん」
「じゃ、じゃあ『ギャング』で」
追い込まれた私は、ついつい以前の会話より頭に残っていた言葉を放ってしまった。
「ギャングですか、ふむ聞いたことのない言葉ですが、とても響きがいい。それでは本日よりあなた方は通称『ギャング』という名で、悪党退治をして下さい!それでは私はこの辺で失礼します。また必ずお会いしましょう!」
こうしてハナミヤとガラシア王国の条約は締結され、私たち6人は、通称『ギャング』と呼ばれる特殊部隊として、この世界の悪人共を片っ端から始末することになった。