第五話 SCATTER
「おーすげえ、思ってたよりガチの城じゃん」
マリエスタから山を一つ越えた街道沿いに、ゲルザは存在した。正面にそびえ立つ城は、かなりの高さと敷地面積を誇り、私たちの予想よりも相当に立派なものだった。それに引き換え、城の周りにある建物は、そのほとんどがただの掘っ立て小屋で、ルルからは城塞都市と言われていたが、都市というにはあまりにもお粗末な造りになっていた。たぶん下っ端の兵士たちが寝泊まりするくらいにしか使われていないのであろう、元々山賊達の根城を無理やり都市にしたらしいので、それでは街が賑わうはずはない。
マリエスタから徒歩で来るには、丸一日程度かかるそうなのだが、私たちは休まず走り続け、たったの1時間で到着した。
ゲルニール弟とその兵士100人を全員始末した後、私たちはすぐにマリエスタを出発したので、まだその情報はゲルザまでは届いていないだろう、言うなればこれは奇襲作戦になる。
「さて、どうしようか?、さすがにマリエスタと違って城壁は結構高いな、まあ足ひっかけりゃ登れないこともないだろうけど」
「素直に正面突破でいいんじゃない?」
「けど門はかなり頑丈そうだよ、たぶん鉄製」
「私たちなら何とかなるんじゃない?」
「……よっしゃ、じゃあちょっとウチにまかせて!――――アカネ、あそこのあれ、根元から折ってウチに持ってきてくれへん?」
リサはそういうと、城から少し離れたところに立つ、”石柱”を指さした。
「んん、いいけど、ちょっと待ってて」
アカネは石柱の前まで行くと、空手のバット割りの要領で石柱を蹴リ砕き、リサの元に運んできた。
「おおきに、ほなちょっとホームランかましてくるわ!六甲おろしに~♪」
バットにしてはあまりに大きすぎる石柱を抱えると、リサは『六甲おろし』を口ずさみながら門に向かって歩き出した。ソフトボール部4番の血が騒いだのか、どうやらその石柱を振り、門を破壊するつもりらしい。私たちも後ろから付いていき、10m程離れたところで見守ることにした。
「さー、9回の裏、タイガースの攻撃、2死満塁さよならのチャンスです。バッターは4番―――――」
リサは小声でブツブツと呟いている、どうやら自分の世界に入り込んでいるようだ。
「おい!何だ貴様らは!」
どうやら先ほどアカネが石柱を破壊した音に気付き、敵兵が集まってきた。城壁の上から私たちを威嚇する。リサはそんな状況にも関わらず、平然とした表情で、石柱を左手で持ち上げ、左斜めに前に突き上げた。
「おーい、リサ!そんなゆっくりとホームラン予告してる場合じゃねえぞ!早く打て!」
リサはそんな忠告も気にせず、ゆっくりとオープンスタンスで石柱を構える。
そしてたっぷりと時間を使い、やっと石柱を振るかと思いきや、途中でスイングを止め、構えを解き、足を外した。
「てめえなに、エアーで”きわどいボール球”見送ってんだよ!敵が集まってきてんだろ!早くしろよ!」
トモカの的確な突込みが響く。城壁の上にはどんどんと兵士たちが集まってきた。
「おい!」「はよせい!」「アホ!」「のろま!」「でくのぼう!」「―――――」
それからリサは、5人の罵声が響く中、結局3球もボールを見送るパントマイムをして、4球目にやっと石柱を振り下ろした。
『ドガアアアアアアアアアアアン』
鉄の張り裂ける音と共に、門は吹き飛び、周りの城壁も巻き込んで崩れ落ちた。城壁の上にいた兵士たちはみな悲鳴をあげながら落下した。
私たちはリサの頭をそれぞれ一発づつド突きながら入城し、すぐに門の前に集まってきていた兵士たちを始末した。しかしながら兵士たちは、城の中より次から次へと現れる。
「うわあ、キリがないよ、どんどん出てくる」
「おいどうするよ?こんなとこでずっと戦ってると、親玉が逃げてっちゃうかもよ」
「そうだね、じゃあ、とりあえずここはリサに任せて、私らは先に行こう!」
「はあ?ちょっと待てや、何でウチやねん!ウチもボス戦やりたいわ」
「お前がチンタラしてるからこんだけ集まってきたんだろ!その罰だ!ちゃんと一人残らず始末しとけよ」
リサ以外の5人は、ブーブーと文句をたれるリサを残して、城の中へと強行突破した。
敵をなぎ倒しながら進んでいくと、進む先が四方に分かれている、中央広間のような場所に出た。
「どうやらここがこの城の中心部らしいわね」
「道がいくつも分かれてるけど、どうしようか?」
「まあ普通に考えて敵の大将は上の方にいるでしょ、ユキとトモカとアカネは2つある階段から適当に分かれて進んで行って頂戴」
「了解!リンコとカナはどうすんだ?」
「決まってるでしょ、私たちは宝物庫を探すわ」
「宝物庫?」
「そう、こいつら山賊なんだから、奪った金目の物を保管してる場所があるはずでしょ?早めに確保しとかないと、大将がやられたことを知った下っ端が、金だけ盗んで逃げるかもしれないし」
「なるほどね、でもそんなの上手く見つかるのか?」
「大丈夫、適当に兵士捕まえて、拷問して場所まで案内させるから」
「こえーよ、まったく……そんじゃあまた後で落ち合おう!」
リンコとカナと別れ、私とトモカとアカネの3人は上を目指して進んでいく。城の内部は思っていたよりもずっと広く、部屋数も尋常ではない。次々と現れる敵を一人残らず始末しつつ、それぞれ手分けして、3人バラバラに進んでいく。途中で合流や解散を何度も繰り返しながら、かなりの高さまで登ってきた。どれほどの敵を斬り殺してきたのだろうか、前回の戦闘の後、せっかく綺麗に洗った制服は、またしても真っ赤に染まってしまった。
ある程度の上層階まで来ると、進路は一本道となり、敵もほとんど現れなくなった。そろそろ終わりも近いのだろう、ひときわ大きな階段を上った先に、今までの部屋とはまるで趣の違う、絢爛豪華な飾りで彩られた扉があった。私たちはそこに敵の大将がいることを確信し、扉を開けた。
部屋の中には、今までのゴリラたちよりも2倍くらい大きく、ギラギラと光る装飾品を体中に飾った、巨漢のゴリラが、仁王立ちで私たちを待っていた。
「よく来たな、ここまできたことを褒めてやろう、俺はこのゲルニール一家の頭、ガル・ゲルニールだ。ふっふっふ、たった三人か?どうやら他の仲間を犠牲にしてここまで来たようだなあ、なかなか非情な奴らよ」
「……いや、たぶんみんなピンピンしてると思うけど」
「はっはっは、強がる必要はない、ははっ、いい事を教えてやろう、今お前らがこうしてここにいるということは、どうやら途中で行き違いになったようだがなあ、今頃マリエスタは、俺の弟に滅ぼされているころだ!……本来はお前らを連れてくるように命令したのだがなあ、街にお前らがいない以上、気の短い弟のことだ、問答無用で皆殺しだろうよ」
「……えーっと、なんか勘違いしてるなこいつ」
「たまたま弟の侵攻とかぶり、城の守りが手薄になっていた運の良さもあったとはいえ、女でありながら、ここまで登ってきたのだ、正直かなり惜しくはある。……だがなあ、これだけ兵たちをもて遊ばれて、生かしておいたとなっちゃあ、頭としての面目が立たねえ、残念だが貴様らにはここで死んでもらおう」
「いや、話なげえよ、とっととやろうぜ」
「はっはっは、威勢のいい奴だな。さあどこからでもかかってこい!無論三人まとめてでよいぞ!」
『バギッ』『グサッ』『ザクッ』
ゲルニールがそう言った次の瞬間、アカネの跳び蹴りはゲルニールの首を折り、トモカの突きは心臓を貫き、私の一撃は胴を真っ二つにした。ゲルニールの巨体は崩れ落ち、床は一瞬で血の海と化した。
「うわっ、全然手ごたえね~、こいつラスボスなんじゃねえのかよ」
「まあ他のゴリラよりちょっと体がでかいだけなんだから、こいつだけ急にめちゃくちゃ強かったらおかしいでしょ」
「それにしても弱すぎるよ、これじゃあ私たちがワルモノっぽいじゃん」
「まあいいよ、それより早くリンコたちと合流しようぜ、お宝が楽しみだー」
「うわっ、殺してすぐ宝って……ますますワルモノっぽい」
敵の大将を仕留めた私たちは、早々に部屋を出て、リンコとカナを探しに下の階に向かった。登ってきた時はあまり気にならなかったのだが、こうして引き返してみると、廊下に転がるおびただしい死体の数に少し引いてしまう。死体は足の踏み場もないほど敷き詰められていて、まさに地獄絵図だ。
一階付近まで降りると、ちょうど私たちを迎えにきたカナと遭遇した。大広間では、外の敵を全部片づけてきたリサとも合流できた。さすがに相当の敵を殺したのだろう、返り血も半端じゃなく、うんざりとした表情だ。
宝物庫は地下にあった。扉の前ではリンコが満足そうな顔で私たちを待っていた。近くには拷問をうけて、案内をさせられた挙句に撃ち殺されたであろう無残な死体が転がっていたが、そこには触れないことにした。
「うおー、すっげえええ、なんじゃこりゃあ!?」
「マジか、どんだけ貯め込んでんだよ、あのゴリラ!」
「ホンマ最高やわ、神様はウチのがんばり見てくれてたんやなあ」
宝物庫の中は、予想をはるかに超えるほどの大量の現金と、宝石や金などの高価な品物で溢れかえっていた。あまりの圧巻の光景に私たちは喜びを爆発させた。リサに至っては涙を流している。
「ふふっ、とりあえず当面の資産は確保したわね、それで今後の提案なんだけど、いいかしら?」
「うん、なに?」
「私たちの居住をこの城にするってのはどう?」
「ここ?マリエスタから引っ越すの?」
「ええ、だってこのお金やお宝をマリエスタに運ぶっていうのも大変だじゃない?やっぱり防犯上の面から見ても、この宝物庫はそのまま利用するべきでしょ」
「確かにこの宝物庫はセキュリティがしっかりしてるね、そもそもこの城自体の守りが頑丈だし」
「じゃあ、6人でここに住むのか?まあマリエスタまでは1時間も走ればつくけど、ちょっと寂しいな」
「それなんだけど、ここに新しい街をつくりましょう」
「街?」
「そう、この城の周りにいくつか建物があったでしょ?まあ、今はほとんどが家とも呼べない代物だけど、でも外周は頑丈な城壁で囲まれてるし、その建物さえきちんと作り直せば、本当の意味での立派な城塞都市が完成するわ。それにそもそもこの城には部屋が有り余るほど存在するし、そこにも住むことが出来るわよ」
「……なるほどなあ、金はあるし、街つくんのは出来るやろうなあ、でも肝心の住人はどうすんねん?マリエスタから強引に連れてくるんか?」
「人ならいるわよ、宝物庫を探す過程で、この城に捕らわれてる女の子たちの部屋を発見したの、だいたい30人くらいいたかしら、他にも使用人として無理やりこの城で働かされている人たちも見つけたから、今は同じ部屋に隠れてもらっているわ。合わせて80人ほどよ」
「あっ、それなら私たちも上の階で出会ったよ、この城で奴隷のような扱いを受けてた人達、とりあえず戦いが終わるまで、部屋でじっとしといてもらうように頼んどいたけど」
「そうなんか、ウチはずっと門のとこで戦ってたから、全然知らんかったわ」
「……まあもちろん、無理やり連れてこられた人も多いだろうから、故郷に帰りたいっていうなら、止める権利は無いけれど、それでも半分くらいは残ってくれるんじゃないかと予想してるわ」
「よっしゃあ、じゃあこれで街の住人も確保できそうだな」
「うん、いいね自分たちの街づくり、面白そう!リンコの意見に大賛成!みんなは?」
「おう!」
「賛成!」
「異議なし!」
「――――全員賛成みたいだね、じゃあ、とりあえずどうするリンコ?」
「そうね、二手に分かれましょう。まず片方はこの城をもう一度隅々まで回って、敵が残っていないかの確認と、捕らわれた人々を一つの場所に誘導すること、とりあえず中庭辺りがいいかしら、そこで今後の説明をして、この街の住民を募集するの」
「そこにはリンコがいた方がいいかもな」
「そうね、じゃあ私はこっちのチームに入ることにする。それでもう片方なんだけど、そっちはすぐにマリエスタに向かってもらうわ、そこでゲルザを潰したことの報告と、仕事の依頼をしてきて欲しいの」
「仕事の依頼?」
「うん、マルカ族ってこの世界でも有数な”技術力”をもつ種族だそうなの、それは様々な分野に精通してるんだけど、なかでも『建築』は得意分野らしいわ、街にも大工を本業にしてる人がたくさんいるし、このお金でその人たちを雇ってきてもらって、街づくりを依頼するの。……後は何よりこの城の掃除をしてくれる人も募集しないとね、ゴリラたちの死体で凄いことになってるから」
「……ああ、それは1番にやらないとな、時間が経つと死臭でえらいことになっちまう」
「そやな、マリエスタの人らには世話になっとるし、バーンと破格の金額で仕事振ったろうや」
「おっ、守銭奴のリサにしてはえらく気前がいいじゃん、珍しいなあ」
「誰が守銭奴やねん!まあマリエスタには今後も世話になるやろうから、その先行投資や!やっぱり隣町とは仲良うしとかんとな」
「そうね、じゃあちょうどいいから、マリエスタにはリサに行ってもらおうかな。私たちの会計係として、ここから必要なお金を計算して持って行って、交渉してきて頂戴」
「了解!」
「よし、じゃあ残りの4人は適当に2、2に分かれて行動しよう」
「あっ、ちょっと待って、その前にここの名前だけ決めちゃおうか」
「名前?」
「うん、新しく作るのに”ゲルザ”って訳にもいかないでしょ?」
「せやなあ、じゃあユキ、ジブンが決めえや?」
「へっ、私?」
「そうね、ユキに決めてもらおうか、私たちのリーダーなんだから」
「ええ~、急に言われてもなあ……………………うーん、じゃあ『ハナミヤ』は?」
「うわっ、安易だねえ、うちらの学校の名前じゃん」
「うん、いいでしょ私たちの共通点なんだから、それとも『ニホン』とか『チキュウ』の方が良かった?」
「いやそれだったら、『ハナミヤ』の方がまだましだけど……」
「いいんじゃない、『ハナミヤ』で」
「そうだな、じゃあこの街は今日から『ハナミヤ』で」
「異議なーし」
「よっしゃ、ほないっちゃやったるか!」
「おおー!」
こうして私たちは、自分たちの街『ハナミヤ』をつくることにした。
異世界に飛ばされて、初めは勇者になるものだとばっかり思っていたが、どんどん変な方向に流されてきた。しかしこんな展開も悪くない。私の胸は高まるばかりだ。