第三話 ベルセルク
「ええっ!?エルフじゃないの?」
ルルに街の案内をしてもらってる最中、私はがっくりする話を聞いてしまった。
「なんですか?エルフって、我々は”マルカ族”という名の種族になります。他種族からは「耳長亜人種」とも呼ばれたりしますが、それは蔑視の意味も入ってるいるので、あまり好みません」
「ウソっ……でもあれでしょ?エルフって言葉がないだけで、そんな少年みたいな容姿だけど、本当は150歳とかで、弓が得意で、魔法にたけてるんでしょ?」
「いえ私は外見通りまだ14歳ですし、弓も使えません。魔術も特に得意というわけでは……」
(ショックだ、エルフ耳なのにエルフじゃないなんて……)
「なにしょうもないことで、落ち込んでんだよ、ほらユキも食べな」
正式に用心棒として迎え入れられた私たちは、契約金として、この世界の貨幣をいくらか前払いしてもらった。それが日本円にすると、どれくらいの金額になるのかはよく分からないのだが、とりあえず細かいことは気にせずじゃんじゃん使ってしまおうと、6人で話し合って決めた。
手始めに、ルルに街を案内してもらいながら、大通り沿いに並び立っている露店の屋台で、この世界での初めての食事をとることにした。
肉焼きや魚の塩焼きなど、素材をそのまま生かしたものから、スープや雑炊のように、ひと手間調理が加わっているものなどがあり、そのどれもがとても美味しかった。リンコいわく、私たちの味覚に合っているのは、調味料や香辛料が地球とあまり変わらないのだろうとのことだ。
お店は飲食店だけでなく、服屋や日用雑貨店、玩具屋やマッサージ店のようなものまであった。途中古着屋のようなお店では、是非その制服を売って欲しいとしつこく頼まれた。もう高校に通うわけではないし、別に手放しても差支えはないのだが、元の世界の物は制服とスマホくらいしかない持っていないので、丁寧にお断りした。
「おっここ武器屋じゃないか?」
「ホントだ、これはちょっと異世界っぽいね、日本じゃあまず無いもん」
「おおいらっしゃい、用心棒のみなさん!噂は聞いてるよ、見たところ武器は持ってないようだし、何か買ってってよ」
武器屋には主に剣がたくさん並んでいた。鍔がしっかりついており、日本の刀というよりは西洋のソードに近い造りだ。他には盾や弓、槍などが置いてあり、さすがに銃器は無かった。カナはがっかりしていたが、すぐに「まあいいや自分で創れば」と怖いセリフを吐きながら立ち直っていた。
店の奥にはひときわ異彩を放つ大剣が飾られている。刀身だけでも2m、鞘をいれると3m近くもある代物だ。
「店長さん、あれは何?」
「ああ、あれかい?あれは”風切剣”といってな『一太刀振れば風をも裂くことが出来る』って由来からそう名付けられた剣なんだよ、姉さんお目が高いね、あれは一応うちで一番高い商品だ」
「へー風切剣かあ、なかなかそそられるネーミングじゃない」
「まあ、つってもほとんど売り物というよりは置物だけどな、この辺りの武器屋ではこういったでっけえ商品を一つ店に置いておく風習があるのさ」
「そうなんだ、じゃあ、あれ実際には切れないの?いわゆる模造刀ってやつ?」
「馬鹿言え、ちゃんと切れるさ、定期的に研ぎだってしてるよ。でもほら常識的に考えて、あんなもん振れる奴なんていやしないだろ?3人がかりでやっと持ち上がるって重さだからな」
「ふーん」
なんとなく私なら扱えるかなと思ったが、今すぐに必要だとは感じない、みんなもすぐにはいらないということで今回は誰も武器も買わずに店を後にした。
一通り街を回っていると、だんだんと日が落ち、まわりが暗くなってきた。昼夜の時間のしくみは地球とあまり変わらないようだ。
私たちはルルと共に、日本でいうところの喫茶店にあたるようなお店に入った。リンコの提案で、街巡りはこの辺にして、この世界の情報をもっと知るために、じっくりとルルの話を聞くことにした。
「とりあえず、私たちは今現在、この街の用心棒という立場にあるから、攻めてくるかもしれない敵……確か”ゲルザ”っていったっけ?まずはその辺の話を詳しく聞いておかないと」
「はい、そうですね、ではまずこの世界における三大大国の話からするべきでしょうか?」
「うん、基本的に私たちは、世間のことは何も知らないと思って説明してもらえると助かるわ」
「分かりました、では僭越ながら……この世界、いや正確にはこの大陸といった方がいいかもしれません。海の向こうは未だに未知の領域になるので……この大陸のほとんどは3つの大国に属しています。北の大国”ジュリドーラ共和国”、西の大国”ヒムレス帝国”、そして東の大国”ガラシア王国”です。ちなみにここマリエスタはこのガラシア王国の傘下に入っています。……といってもあくまでも友好条約を結んでいる程度に過ぎませんが」
「なるほど、じゃあこの辺りは大陸でいうと東側に位置しているのかしら?」
「いえ、若干東寄りではありますが、正確に言えば大陸のほぼ中央に位置しています。ガラシアにも、ヒムレスにも、そして北のジュリドーラにも距離的に言えば同じくらいです」
「それはまた困った場所にあるのね、じゃあ昔から戦火にさらされることが多かったのでは?」
「いえ、それがそうでもないのです。我々マルカ族は古き時代より中立の立場を明確に示す種族として知られています、さらに我々にしか作ることのできない魔術道具や制作技術もあるため、マルカ族と敵対するという行為は、自国の利益を損なうとの考えから、各国とも避けてきたのです。そのうえ、このマリエスタはガラシアの傘下にあります、三国はどれも強大ですが、その中でもガラシアは最も力を持つと言われています。そんなガラシアとマルカ族を敵に回してまで侵攻するものなど今まではおりませんでした」
「でも今回は攻めてきそうなんでしょ?そのゲルザとかいうのが」
「……はい、ゲルザはここより一山ほど離れた場所にあるヒムレス領の城塞都市です。もともとそこには残酷非道の『ゲルニール一家』という名の山賊が住みついていました。ヒムレス帝国はガラシアとの国境付近で強大な力を持つ彼らに目をつけ、国境での影響力を得る目的で、ゲルニール一家のボスであるゲルニール兄弟に正式な爵位と、ゲルザという都市名、そして近隣の住民への略奪権を与え、国の後ろ盾の元、犯罪行為を支援することにしたのです」
「国公認の山賊って……それは酷いわね」
「そうですね、ただヒムレス帝国という国は、三国の中でも最も新しくできた新興国家で、戦争と略奪で成り上がってきた、戦いを好む、非常に野蛮な国なので、何も不思議ではないのです」
「そう、そんな奴らなら、自国の利益とかそんなもの度返しにして、欲望のまま侵攻してきてもおかしくないわね」
「はい、そうなんです。……正直侵攻は時間の問題かと思われます」
その後もルルから、ゲルザの情報を出来るだけ教えてもらった。彼らは”獣人種”と呼ばれる種族で、知性もあり、言語も扱うが、外見は獣に近いらしい。またこの世界には銃や爆薬といった武器は存在しないらしく、戦の形態としては、剣や弓を用いた、かなり原始的な戦いのようだ。
そして私たちが最も気にしている「魔法」に関してだが、これはまたエルフに続き、とてもがっかりする事実が判明した。
「魔法で火を出したり、相手を凍らせたりって……そんなこと出来る訳ないじゃないですか」
「へっ、うそっ?なんで?」
「なんでって……逆にそれはどういう仕組みでしょうか?魔術はあくまで人間の持つ精神的能力を増長、促進させる力なので、ゼロから何かを生み出したりするのは不可能です」
「……じゃあ、空を飛んだり、瞬間移動したり、時間を止めたり、呪いをかけたり、使い魔を召喚したり、キズを治したりするのは??」
「いやいやそんな非現実的なこと出来る訳ないでしょう、お伽噺の世界じゃないんですから……ああでも最後のキズを治すというのは出来ますよ、正確には治癒力を増進させる魔術ですが、自分にかけるのが”リース”他人に行うのが”リーター”といいます。私クラスでも初歩のリースなら使えますが、リーターは医者の先生レベルでないと扱えません」
ショックを受ける私を他所に、リンコが口を挟む。
「それって、だいたいどれ程の効果があるの?例えば切断された手足を元に戻すとかは出来る?」
「まさかまさか、基本的には治癒スピードを速める力なので、例えば一週間かけて治すキズを一日で治すイメージです。なので一生かけても治らないキズは永遠に治せません」
「……なるほどね、ここでの”魔法”は人間が元々持つ力を増長させる補助能力ってことね。うん面白い、理に適ってるわ。私向きかも、今後の実験次第では色々出来そう」
リンコはニヤリとほほ笑んだ。中々悪い顔だ。
「なんだよ、リンコ、ずいぶん嬉しそうじゃんか。私はがっかりだよ、魔法とか言っときながら、何にも出来ないし!」
「色々出来る方が困るでしょ?私たちの死ぬ確率が上がるだけよ。だいたい私は理にかなってないこととか嫌いなのよ、でもこれならいいわ、色々試しがいがありそう」
リンコくらいの天才になると、この世界で数年後、大賢者とか呼ばれる人になってそうで怖い。
「ところで、私たちにも魔術は使えるの?」
「はい、それはもちろん。生物ならば、それが例え小さな虫であろうと魔力は備わってると言われてます。例えばみなさんが首にかけているそのランクレス、それはあくまで魔術道具ですので、みなさんに魔力がないと発動しません。ですので理論上では現在進行形でみなさんは魔術を使用しているといっても過言ではありません」
「なるほどね、じゃあ訓練みたいなものを受ければ、私たちにも『マインディア』や『リース』のような魔術が使えるということね?」
「はい、もちろん向き不向きや、元々の魔力によっては、どれだけ訓練しても習得出来ないものもありますが……基本的には使えるようになるはずです」
リンコはその後も魔法についての質問をルルに投げかけ続けた。私も含め他の5人は、内容が難しくなってきたこともあり、途中で飽きてしまった。
そうこうしている、と夜も大分深くなり、今日は一度お開きにすることにした。
私たちの宿は、長であるライガルが用意してくれた客人用の住居で、豪勢にも一人一軒ずつあてがわれた。中にはしっかりとお風呂も備わっており、シャワーこそ存在しなかったが、暖かい湯船につかることが出来て非常に満足した。こうして異世界での記念すべき一日目は、中々順調に終了した。
日本の家族や他の友人達のことを思い出して、寝付く前には少し泣いてしまうんだろうなと思っていたのだが、よっぽど疲れていたのか、それともただただ薄情なのか、布団に入るや否や、ものの30秒で寝入ってしまった。
次の日の朝はルルが起こしに来てくれた。どうやらルルは私たちの面倒を見る任務を押し付けられてしまったようだ。
私はとりあえず制服に着替えた。この家と同様に衣服も何着か用意されており、寝る時にはそれに着替えて寝たのだが、やはり外に出る時は制服を着るのが無難だろう。他の5人も私と同様、制服で集合場所までやってきた。
日本でいうところの食堂のようなお店で朝食をとりながら、今日の予定を相談する。
「とりあえず金ってどんくらい残ってんの?」
「さあね、適当に使ってるからわかんない」
「会計係はつくらないといけないね」
「リサかな」「リサだね」「異議なし」
「はあ?なんでウチやねん!」
「いやだって、金に汚いし、守銭奴だし」
「なんやそれ!」
「お金も稼がないといけないよね、なんかいい方法ないの?」
「用心棒の収入じゃあダメなの?」
「おいちょっとまてや!話進めんなや!」
「ずっとそれだけって訳にもいかないじゃん、つかもっと莫大な財産が欲しいし」
「まあそれは後々考えればいいんじゃない、最悪私たちには武力があるし」
「うわっ、またリンコが怖いこと言ってる」
「…………ウチのことは完全無視ですか、ああそうですか」
リサが会計係に決まったところで、私たちの会議は終了した。今日はとりあえず街をブラブラしながら、今後商売になりそうなことでも探していくことになった。
「カーンカーンカーンカーンカーン!」
ちょうど食堂を出ようとした時だった。街中に響き渡るほどの鐘の音が、けたたましく鳴り響いた。
「敵襲だ!ゲルザの奴らが攻めてきやがった!!!」
朝の静けさは一変し、街は怒号に包まれた。女性や老人、子供達は悲鳴を上げながら家の中に避難し、男達は武器を手に叫びながら正門に走った。
「おいおいマジかよ昨日の今日だぜ」
「タイミングばっちりやな」
「どうする?前金もらったし、今のうちに逃げるっていう手もあるけど」
「いやさすがにそれは悪いだろ」
「まあとりあえず私たちも行ってみようか」
私たちも正門に向かった。門の前にはすでに街の男たちが武装して集まっていた。
「みなさん、よかった来てくれたんですね」
ルルが私たちを見つけて駆け寄ってきた。怯えているのだろう、初めて山で会った時と同じような血の気の引いた顔をしている。
「それにしても急だね、でっ、門の向こうにいるの?」
「はい夜のうちに進軍してきたようです。見張り役が気づかなければ、不意打ちで今頃攻め込まれているところでした」
「敵は何人くらい?」
「ざっと見て500~700人くらいはいます。ゲルザの全兵士の3分の1程で攻めてきたようです。それでもマリエスタを滅ぼすには十分過ぎますが」
壁の向こうからは、兵士たちの雄叫びが聞こえる。今にも攻め込んできそうな勢いだ。
「とりあえず壁の上に飛び乗って見てみようか」
「そうだね、そうしよう」
「ちょ、ちょっとみなさん、危険ですよ!」
「あー大丈夫大丈夫」
私たちは勢いよくジャンプして壁に飛び乗った。そこには剣や槍で武装した、ゴリラと人間の混合体のような生き物がびっしりと門を囲む姿があった。
「うわっ、リアル猿の惑星だ、気持ち悪っ」
「でも思ったより人間ぽいじゃん、戦うとしても、あれ殺すのちょっと勇気いるなあ」
「おい、そこの女達!そこで何をしてる!」
敵が私たちに気づいたようだ。先頭に立つ、リーダー格のゴリラが話しかけてきた。
「見たところ耳長亜人種ではないようだな、それに見慣れぬ服装を着ておる。お前たちは何者だ!」
「随分高圧的なゴリラだな、どうするよ?やっちゃう?」
「まあ、一応対話してみようよ、和解できるかも」
「そうだね、じゃあリンコお願い」
「……しょうがないわね」
リンコは身を乗り出して、離し始める。
「私たちはマリエスタの代理の者よ、あなたたちはゲルザのお猿さんたちね?このまま黙って帰るつもりはないかしら?」
「黙って帰るだと?はっはっは、笑わせるな、我々は戦争をしに来たんだ、とっとと門を開けろ、腰抜け共が!」
「……ちょっと聞かせて欲しいんだけど、あなたたちが勝ったらこの街の人たちはどうなるの?」
「はっはっは、なんだその質問は、そんなの決まっておろう、男共と年寄りは皆殺しだ、ガキ共は奴隷として売り物にする、女共は城に連れて帰って好きに使わせてもらう、どうだ半分は生かしてやるんだから俺たちは優しいだろう?」
「……ふーん、あっそう、じゃあ話し合いで解決するっていうせんはないのかしら?」
「はっ、そんなものあるわけなかろう、貴様らはもう駆逐される未来が決まっておる」
リンコは振り返って、溜息をついた。
「どうしようもないクズ共ね」
「もういいよ、ぶっ殺そうぜ」
「せやな、賛成やわ」
「りょーかい、じゃあみんなちょっと待ってて」
「んっ、どこ行くのよユキ?」
私は壁から飛び降りて、街の中を走り出した。目指すのはもちろん昨日訪れた武器屋だ。
武器屋に到着すると、店長さんはいなかった、たぶん門の前へ行ったのだろう、私は適当に剣を数本拝借した。そして店の奥に行きお目当ての物を手にする。そうあの3mを超える大剣『風切剣』だ。非常事態だし、お金は別にいいだろう。私は一応小声で「借りまーす」といい、また門に向かった。
「お待たせー、はい好きなのとってー」
「おっ、武器屋行ってきたの?」
「うん、じゃーん、私はこれー」
「うわっ、ずるい!自分だけそんないいの使うのかよ!」
「いいの、私は剣の扱いに慣れてるから特別」
「なんだよそれー」
アカネ以外は、文句を言いながらも剣を手にした。アカネは空手を使うから素手の方がやりやすいと武器を手にしなかった。
「んじゃあ、私行ってくるわ!オラアアアアアアアアア――――――」
私はそう言うと、敵の群れに向かって力いっぱいジャンプした。
「ドンッ」という音と共に、私は敵のど真ん中に飛び降りた。ゴリラ達は私の跳躍力に呆気にとられた様子だ、敵がすぐ近くにいるにも関わらず、戦闘態勢もとらずにポカンとしている。
私はすかさず大剣を横に構えると、力いっぱい振り回した。
「ザクッ!グシャッ!ザッ!ザッ!――――」
肉の千切れる音がしたが、手の感覚はあまりなかった。周りにいた敵は胴から真っ二つになり崩れ落ちた。初めて人のような生き物を殺したのだが、意外にもそれほど罪悪感は感じなかった。やはり郷に入れば郷に従えといった感じだろうか
(ここはそういう世界だし、ましてや今は戦争中だし、まあ仕方がないだろう)
私は手を休めない。移動しながら次々と敵を斬り殺していった。最初は呆気に取られていた敵も、徐々に我に返り反撃してきた。ただはっきりいって私の敵ではなかった。攻撃は驚くほど遅いし、打撃は笑ってしまうほど軽かった。祖父の剣道道場で師範代を務める私からすると、幼稚園児と試合をしているくらいの感覚だった。
「おーやってんねー、グッチャグチャだー」
「ユキって意外と狂気性あるよねー」
「よっしゃあ、ほな、ウチらも行こか」
「カナ、あなたはちょっと私についてきて」
「へっ?いいけど、私たちも戦わないの?」
「そういうのは運動バカ4人に任せといて、私たちは別にやることがあるの」
「ふーん、りょーかいー」
数十人は斬り殺しただろうか、群れの後方あたりに着地したはずなのに、気づくと私は、先ほどリンコと会話していたリーダー格のゴリラの前まで移動していた。
「ま、まて、貴様らは何者だ!?」
「さっき言ったろ、マリエスタの助っ人、ほら戦争すんだろ?かかってきなよ」
「まあ、待つのだ、少し話し合おうじゃないか、なっ?」
「はあ?お前さっきと言ってる事違うじゃねえか、話し合いには応じないんだろ?」
「そんなことはないさ、お、お前いま”助っ人”と言ったな?ということは奴らに金で雇われてるんじゃないのか?どうだ?金なら我々の方がたんまり持ってぃㇽウウウウグアアアアアア――――――」
突然リーダー格のゴリラの腹が裂け、前方に勢いよく臓物が飛び散った。私は間一髪でその血しぶきをよけることが出来た。
「お待たせ、アカネちゃん只今参上!」
どうやら、アカネがゴリラの背中から正拳突きを入れたようだ。
「お前、あぶねえな!あの汚ない汁が服に飛び散るとこだっただろ!」
「はははっ、悪い悪い、まさかあんなに内臓が飛び出すとは思わなかった」
アカネは悪気のない様子で笑っている。続いてトモカとリサもやってきた。
「いまアカネが殺したのって敵のリーダーやろ、ならこの戦いってもう終わりなんちゃうん?」
「えっ、そうなの?でもまだゴリラ腐るほどいるけど?」
「えーもう終わりー?、ユキどうすんの?」
「うーん、まあ大将やったら普通終わりなんだろうけど……でもこいつら野蛮そうだし、一応皆殺しにしといた方がいいんじゃない?」
「うわっ、さらっと怖いこというとる……まあでもウチも賛成やな」
「私もー」
「よし、んじゃあ、さっさとやりますか」
「オー」
その後の光景は、戦いというより虐殺に近かった。空手黒帯のアカネは、元々半端じゃなく強いし、トモカとリサは、剣の扱いこそ不慣れではあったが、持ち前の運動神経で、難なく敵を殺していった。ゴリラたちは逃げこそはしなかったが、まるで歯が立たず、ただただ無残に死んでいった。
「おーわりっ」
最後の一人を片づけると、私たちの制服はゴリラたちの血で赤く染まっていた。
「あーあ、出来るだけ避けたつもりなんだけど……この血落ちんのか?」
「すぐに洗えば大丈夫なんちゃうか?」
「よしっ、じゃあさっさと戻ろうぜ」
「あれっ、そういえばカナとリンコは?」
「おーい、みんなー」
カナとリンコが街道に続く道の奥から歩いてきた。それぞれがコンテナくらいの大きさの荷車を、両手に引いている。計4つの荷車を私たちの前に置いて満足そうに話し始めた。
「思惑通り、やっぱり後方に輸送部隊がいたわ!」
「輸送部隊?」
「そう、これだけの大軍だからね、ルルの話じゃゲルザまではけっこう距離があるようだし、兵士たちの食料だとか、荷物だとか、運ぶ部隊が別にいるはずでしょ?それにマリエスタを占領した後、しばらくここに留まるつもりなら、何かと用意が必要でしょうし」
「荷車の中ちょっとだけ覗いたけどさー、食料だけじゃなくて、色々入ってたよー、やったねー」
リンコとリサは敵の物資を奪いに行っていたようだ。もしもただ兵士たちを全滅させていただけなら、後方部隊は即座に逃げ帰ってしまっていたであろうし、リンコはさすがというべき頭の回転だ。
「あなた方は、なんてお強いんだ!」
そうこうしていると街の門が開き、住人達が称賛と羨望の声と共に姿を現した。
「皆様のおかげで、街は救われました。本当に感謝いたします」
先頭にいた長のライガルは、そう言うと深々と頭を下げた。
その傍らに立っているルルは高揚で顔を赤らめており、目にはうっさらと涙を浮かべていた。
「あはは、全然大丈夫です。楽勝でした。それよりも、この服洗って欲しいんですけど……この血落ちますかね?」
「あっ、あとこの荷車の中の物、全部換金して頂くことは可能でしょうか?」
こうして私たちの初戦闘は終わった。後始末は街の人々が全てやってくれるらしい。とりあえず今は一刻も早くお風呂に入りたいという気持ちでいっぱいだ。