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第二話 バガボンド

 

 「つ~かま~えたっ」

 

 何かを叫んだと思いきや、すぐにくるりと反転し、とっさに逃げ出していった少年を、トモカがものの数秒で捕まえた。


「わーい、みんな~、今日の獲物だよ~」


 そう言って、少年を担ぎながら戻ってくるトモカは、女子高生とは思えない程の悪い笑顔だ。


「◎☆♯♭※&%#♪△$!♯♭※」

 

 少年は必死で何かを叫んでいるが、やはりというべきか私たちには分からない言語だ。


「おい、リンコ訳してくれ!」

「…………わかるわけないでしょ、バカなの?」

「いや、一応聞いてみただけじゃん」

「やっぱ言葉は通じへんよなあ~、まあでも人がいてよかったやん」

「人っていうかエルフだけどね」

「いや、まだエルフかどうかは分かんないでしょ」


「何でもいいよ!こんだけカワイイんだから!」


 いつのまにか、私の踏みつけから抜け出していたアカネが、興奮しながらトモカに羽交い絞めにされている少年にグイッと顔を近づけた。彼女の鼻息は驚くほど荒くなっている。


「どうする?一応、服ぬがす?」

「…………は?なんでよ?」

「いや、だってほら、何かナイフとか持ってたら危ないじゃん、トモカが切られちゃうかも」

「別に大丈夫だろ。さっき追っかけてみて分かったけど、やっぱりこの世界では、ウチらの身体能力は異常っぽい、だからこいつが武器取り出したところで、全然余裕」

「いやいや、でもほら一応さあ―――」


 アカネの少年愛と変態性は5人とも周知の事実なので、これ以上は無視することにした。


「◎☆♯♪×¥●△&%#♪×¥●△$◎☆」


 少年が何かを訴えかけているのは伝わるのだが、アカネの言う通り、解放した瞬間に、何かしらの攻撃をしてこないとも限らない。


「どうするよ、これ、このままじゃあ埒が明かないけど」

「うーん、漫画とかじゃあこういう時、大抵便利な魔法とかで言語が分かるんだけどなあ」

「魔法なんかねえよ、メルヘン脳が」

「おっ、なんだ、また賭けるか?今度は土下座に加えて靴も舐めろよ」

「…………いや辞めとく」

「でっ、結局どうすんの?とりあえずこいつ離してみるか?」

「いや、ちょっとまって、私に考えがあるわ…………アカネ、あそこの木に全力で正拳突きしてきて」

「へっ?まあいいけど」


 リンコにそう促されたアカネは、近くに立っていた直径1mはあろうかという大木の前に行き、「ハッ」という掛け声と共に、拳を突き出した。「ドンッッッッ」という鈍い衝撃音がすると同時に、アカネの拳が触れた辺りの幹は粉々に飛び散り、大木はまるで爆破解体されたビルのように崩れ落ちた。

 

「いやあ、重力が軽いと、こんなにも違うもんかね」


 アカネは自分の正拳突きの威力がよほど嬉しかったのか、無邪気にはしゃいでいる。

 それと対照的だったのは、トモカに捉えられている少年だ。彼はアカネの正拳突きを見るや否や、一気に青ざめてしまった。

 リンコはそんな少年に近寄っていき、彼の胸倉を掴み、視線を破壊された大木の方に一度落とし、そしてグッと睨み付けた。まるで「抵抗したらお前もあの木のようになるぞ」と言わんばかりだ。

 言葉は通じなくても、このボディランゲージはしっかりと伝わったようだ。少年は生唾を飲み込んだ後、何度も縦に首を振った。


「トモカ、もう離していいよ」

「…………お前はヤクザか、こえーよ」


 トモカから解放された少年は、顔を強張らせながら、自分の腰についているポーチのようなものを指さした。どうやら中から何かを取り出してもよいか、許しを願っているようだ。

 リンコはあくまでも眼光鋭く少年を睨み付けながら、静かに頷く。

 少年がポーチから取り出したものは、卵くらいの大きさの青白く輝く宝石のようなものだった。彼はそれを右手で強く握りしめ、そして空いている左手をリンコに向かって差し出した。


「手を握れって言ってるっぽいね」

「大丈夫かよ、握った瞬間ビリビリーとかなったりして」


 私たちの心配を他所に、リンコはなんの躊躇もなく少年の左手を握りしめた。この辺りはさすがの肝の座りようだ。そこからおよそ10秒間、二人は黙ったままお互いに見つめあっていた。


「おいおい、どないした?大丈夫かいな?」

「ふふふっ、大丈夫よ、みんなちょっと私の体に触れてみてくれる」


 私たちは言われた通り、リンコの体に触れた。トモカがおっぱいに触るというボケをかましたが、リンコには思いっきりスルーされた。


≪こんにちは、みなさん。はじめまして、私はマリエスタの”ルル”と申します≫


「!?」

 

 それは今まで体験したことないものだった。言語というよりは思念といった方が近いようなものが、私たちの頭の中に、直接鳴り響いた。


≪みなさんの驚いた表情を見る限り、この『マインディア』はご存じないようですね。これは古式魔道術の一つで、言語の壁を越え、脳に直接言葉を送る魔術です≫


「魔術!?ほらっ、聞いたでしょ!やっぱり魔法あるんじゃん、よっしゃー、やっぱそうこなくっちゃ!」

「ちょっとユキうるさいなよ、まだ説明の途中でしょ?聞こえない!」


 魔術という単語に、私のテンションは最高潮に跳ね上がった。これこそが私の求めていた異世界だ。このルルという名の少年が現れてからというもの、私の胸の高まりは治まることを知らない。


≪もっと能力の高い方ならば、相手の思考も読み取れる『マインロブ』という魔術も使えるのですが、私レベルでは扱えなくて……一方的な対話にならざるを得なくなってしまいます。申し訳ありません≫


 どうやら、私たちの言葉は伝わらないようだが、これでコミュニケーションはとることが出来る。とりあえずこの世界における最初の問題は解決され、私たちは一様に安堵した。


≪では、私から質問をしていきますが、『はい』なら首を縦に振り、『いいえ』なら横に振っていただけますか?もっ、もちろん、答えたくない質問には答えて頂かなくても結構ですので≫


 リンコのさっきの行動が効いているのだろう、ルルは慎重に言葉を選んでいる。ルルからの質問を受ける前に、リンコが彼の握っている宝石のようなものを指さした。それが何かを尋ねているのだろう。


≪これですか?これは『精養石』です。私みたいな魔力の低いものが、魔力を増幅させるために使うものなのですが…………これをご存じありませんか?≫


 ルルは私たちがこの石を知らなかったことに相当驚いたようだ。それほどこの精養石とかいう石はこの世界ではメジャーなものなのだろうか。


≪では質問させてもらいますね。みなさんは”ガラシア王国”の方ですか?≫

≪では”ヒムレス帝国”の方ですか≫

≪ではまさか”ジュリドーラ共和国”の方ですか≫


 私たちは、どれにも首を横に振った。


≪そうですか、まあその3国に属している方なら精養石をご存じないというのは考えられませんしね……では、その他の国の旅のお方という感じでよいのでしょうか?≫


 旅人といえば旅人だろう、顔を見合わせた後、私たちは首を縦に振った。


≪なるほど、でっ、では、これは私にとって最も重要な質問なのですが……私の捕獲のスピードや打撃の威力などを見るに、みなさんの戦闘能力は凄まじいものと見受けられます。その上で…………わっ、私に対して、敵意をお持ちでしょうか?≫


 怯えながら質問するルルの姿が、あまりにも可愛らしく、ついついイジめてしまいたくなる衝動をグッと抑え、私たちは微笑みながら首を横に振った。


≪よ、よかった~。私は今日ここで、この生涯を終えることになってしまうのかと思いましたよ≫


 ルルはやっと安心できたようだ、出会ってから初めて笑顔を見せてくれた。隣でアカネがその笑顔にやられたのか、鼻息をいっそう荒くさせたのを感じたが、リサとカナが、アカネの腕をしっかり掴んでいるので、とりあえずは無視しておこう。

 

≪では、私が捕まってしまったのは、私に何かご用があったからでしょうか?≫


「とりあえず、どうしようか、この子の住んでるところにでも連れてってもらう」

「そうやな、それがええと思うわ」

「賛成!賛成!早くいこう!」

「うるさいよ、アカネ、あんたその街行っても暴走するんじゃないよ」

「はっはっはっ、それは約束しかねるなあ、なぜならここには法律など無い!ましてや淫行などという悪しき条例も存在しない!そして何より私は有り余る武力を持っている!」

「うわあ……最悪だよこいつ、これ漫画とかで、無人島とか行ったときに、真っ先にレイプしたりボスになろうとするタイプの奴だよ、主人公の敵だよ」

「うっさいわ、私は欲望に忠実なだけだよ、だって考えてみ?ショタハーレムだよ、そんなの日本じゃあ不可能じゃん――――――」


 その後もアカネは最低な願望を喋り続けたが、他の5人はそれを無視しつつ、ジェスチャーを用いて、ルルに一緒に街に連れて行ってくれるようお願いした。


≪私の街”マリエスタ”連れていけとのことですね?そうですか……うーん、もちろん旅のお方なのであれば喜んで歓迎させて頂くのですが……なにぶん現在マリエスタは、ヒムレス領の”ゲルザ”より侵攻されるとの噂がありまして、緊張状態にあるのです≫


「なんか戦争中みたいやな」

「まだその準備段階でしょ、でもまあ、それなら安易に人は迎えられないわね、敵側のスパイだったら中と外で挟み撃ちにあうもの」

「でもその街には入れてもらわないと、後どのくらいで日が落ちるか分からないし、何より軽く腹が減ってきた」

「あっ、私もー」

「……じゃあ、とにかくジェスチャーで説得するしかないようね。この世界では私たちの身体能力はかなりの武力になりそうだし、とりあえず、街の用心棒にでも雇わないかというせんで交渉してみるわ」


 そこから10分程度、リンコの必死のボディランゲージが続いた。普段はいたってクールなリンコが苦戦しながら身振り手振りで意志を伝えようとする様は、かなり萌えるものがあったが、それを口にすると、とんでもなく怒られそうなので、5人ともグッと堪えた。


≪わかりました。あなた方を信用してマリエスタにお連れします。……どのみち本当にゲルザの侵攻を受けてしまえば、戦力差的にもマリエスタは無事では済まないでしょう。しかしあなた方のような強者に味方に付いて頂ければ、もしかしたら勝てるかもしれません≫


 ルルはリンコの説得を受け、私たちを街に連れていく決心をしたようだ。

 ルルの住むマリエスタまでは。ここから1時間程度かかるらしい、マインディアを発動したまま移動するために、私たちは格闘技好きのアカネの提案で「グレイシートレイン」の体制で歩き始めた。


「とりあえずここまでは順調じゃない?」

「そうだね、エルフもいたし、魔法もあったし最高だよ」

「でもうちら、ゆうても文無しやで、街についたところで、飯も食われへん」

「……まあでもその時は、武力行使っていう手もあるわ」

「怖いよ、リンコ、発想が」

「あらそう?でもいま私たちが持っているモノといったら、この腕力くらいなんだから、それを利用する他ないでしょ?」

「そんなことしなくても、モンスター探してぶっ倒せばお金落とすんじゃない?」

「モンスターって……またメルヘンなことを」

「いたとしても何で動物が金持ってんだよ、んな都合のいいシステムがあるか!」


≪――――みなさん着きました、あれが私の街マリエスタです≫


 他愛もない雑談をしながら歩き続けると、予定通り1時間程でマリエスタに到着した。マリエスタは私たちが考えてたよりもはるかに大きく、街というよりは都市といった方が正しいのかもしれない。

 防衛のためか、街全体は高さ4mくらいの壁で囲われていた。しかしこのくらいの高さ、私たちなら軽々と飛び越えられるだろう、こんな壁で果たして街を守れるのだろうか。

 ルルの言った通り、街はやはり警戒態勢の様子で、門の前に着いた後も、ルルが街の住人を説得する間、かなりの時間を外で待たされた。

 入場が許され、やっと街の中に入る。外からでは分からなかったのだが、街の中には、木やレンガなどで造られた家々が綺麗に並び立っており、思っていたよりも近代的だ。大通りには露店のようなものがずらりと並んでいた。特別今日が、祭りという訳でもなく、露店は毎日出ているようだ。

 街の人々はみな、やはりルルと同様に小柄で、耳が立ち、整った美しい顔をしている。


「建築技術的には明治の日本くらいかしら、てっきり藁ぶきの簡易的な集落しかないと思ってたけど、そこまで文明も低くはないみたい」

「街もなかなか広いやんか、人もぎょうさんおるし」

「うわあいい匂い、何あれ?うまそー、後で食えるかな」

「ホントだ、でもあれ何の肉使ってんだろ?」

「何だろね、まあどっちにしろ、金持ってないけど」


 私たちはとりあえず、この街のまとめ役である長老の家に案内された。長老は私たちが危惧していたよりも、ずっと暖かく迎え入れてくれた。


≪では、みなさん、この首飾りを掛けてください。これは”ランクレス”と呼ばれる魔術道具で、言語の通じない方々と会話を交わすには必須のモノになります。ちなみにかなり高価なものなので、取り扱いには気を付けてくださいね≫


 そう言われて受け取った首飾りを付けると、今まで全く聞き取れなかった彼らの言葉が嘘のように理解できた。


「うおーすっげえ、なにこの便利道具、21世紀かよ!?」

「アカネ、気を付けなよあんた、ここでは握力も凄いんだから、握りつぶさないようにね」


「みなさん、ようこそマリエスタへ、私がこの都市の長を務めています”ライガル”です。本来ならば旅のお方は丁寧にもてなすのが我々の文化なのですが、今は何分このような状況ゆえ……その辺りの事情はルルからお聞かれになったと思われますが」


 マリエスタの長ライガルは微笑みながらゆっくりと話しかけてきた。


「ちょっとユキ何か答えなよ」

「えっ?私?こういうのはリンコの方が……」

「いやいやあなた生徒会長でしょ、リーダーなんだから、ほら、はやく」

「えー、もう、――――んん、ゴホン、あっどうも、この度はお招き頂き感謝いたします。私たちはこの辺りを旅していたのですが、本日の宿も決めておらず困っておりました。そんな中、偶然にもそちらのルルさんと居合わせて、この街に連れてきて頂くことになりました」


 私は6人を代表して挨拶した。代表して何かを発言するのには慣れてるが、この世界での礼儀作法など、全く見当もつかないため、今回ばかりはさすがに緊張した。


「そのお揃いの服装、恥ずかしながら初めて拝見するのですが、どちらのご出身でしょうか」

「出身?あっ、えーっと、ここよりずっと遠くになります。実は私たち6人は、険しい山の奥にある小さな集落で生まれ育ったのですが、交通の便が非常に悪く鎖国状態だったため、生まれてからずっと外部の人間とはほとんど接触せずに生きてまいりました。……しかしながらとある事情で村は滅びてしまい、生き残った我々6人は、世間のことは何も分からないまま、こうして旅をしながら生活しています」

「そうですか、それはそれは……」


 我ながら素晴らしい嘘で乗り切った。これで私たちが色々と無知であることの言い訳が立つ。

 その後もライガルとの会話は続き、その中で所々素性を探られたが、リンコの助けも借りつつ、何とか彼を信用させることに成功した。


「――――では本題に入らせて頂きます。ルルの話では、あなた方は滅法強く、此度はこのマリエスタの用心棒を志願されてると聞きました」

「あーはい、そうなんです、私たちは戦闘に特化した民族なので、旅の先々で用心棒をして生計を立てているのです」

「おー、それはなんと心強い、それでは是非に!……と申したいところなのですが、契約をする前に一度、皆さんの実力を見せてもらえますか?」

「はい、それは、もちろん――――じゃあトモカ!ちょっと見せてやって」

「へっ、私?何すりゃいいの?」

「身体能力見せつければ納得するんじゃない?」

「そっか、じゃあ跳んだり走ったりすればいいのかな」


 さすがに家の中でジャンプすると、天井を突き破りかねないので、私たちはライガルたちを家の外に連れ出した。外にはライガルを心配した住人達が集まっていた。私たちはそんなに怪しげに見えるだろうか。


「んじゃあ、いくよー」


 ルルやライガル、街の多くの人々が見守るなか、トモカは全力で上にジャンプした。跳躍はゆうに5mを超えた。そして着地したと同時に今度はダッシュを見せた、一瞬で視界から消え、また一瞬で戻ってきた。


「はい、こんなんでいいの?」


 息一つ切らさず問いかけるトモカに、街の住人は呆気にとられ、目を丸くしたまま固まっている。中には驚愕して尻もちをつく人もいた。


「な、なんなのですか、その身体能力は!?こんな種族がこの世界に存在するなんて!」


 一瞬の静寂ののち、街中に大歓声が起きた。


「凄いっ!」「なんだ今のは!」「新たな魔術か!?」「いや身体強化なんて術聞いたことないぞ!」


 ライガルもはじめは驚いていたが、すぐに我に返り、私たちに深々と頭を下げた。


「これ程までの体術、私は見たことがありません!みなさんがこの街の味方をして下されば、こんなに心強いことはない!用心棒の件ぜひよろしくお願いします!」


 こうして我々の異世界での初仕事が決まった。

 個人的にはやはり勇者に成りたかったが、まあこれはこれで悪くない。エルフの街を守るなんて、物語の始まりとしては、上出来だ。




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