プロローグ
「精霊よ我と契約セヨッ―――って……生徒会長が読む漫画か?それ」
放課後、自分の席で漫画を読みふけている私に、陸上部の主将、トモカが寄ってきて、勝手に手元を覗き込んだ挙句、なんともな失礼な言いがかりをつけてきた。
「なにその偏見、なんで生徒会長だと、これ読んでちゃダメなのよ?」
「ダメだよ、もっと賢そうなの読まないと、キャラ守れよ」
「例えば?」
隣の席のリサが口を挟む。彼女はソフトボール部のキャプテンだ。
「うーん、そうだな……しいて言えば〈課長島耕作〉かな」
「島耕作って、賢そうか?おっさん臭いってイメージしかないねんけど……」
「いやでもほら、島さんいま、役職会長だし、同じ会長同士ばっちりじゃん」
「何の話ー?」
「んっ、ああ、ユキが、また厨二臭い漫画読んでたから説教してたところ」
「またあ?、ユキってそういうの好きだねーほんと、どれどれ?」
そう言うと、空手部主将のアカネは、がさつに私から漫画を取り上げた。
(というか、私、いま説教されてたのか……)
「えーっと、〈魔法騎士と暗黒龍物語〉―――うわあ……もろだね、これは」
「うるさいなあ、返してよ!これは来月アニメ化される注目作なんだから、世間的にもすごい人気なの!」
「ユキさあ……アニメとか、もう見るのやめなよ、うちらもう18だよ?私が今度おすすめ漫画貸してあげるから、それ読みな」
「いいよ、別に……どうせ格闘漫画でしょ、アカネそれしか持ってないじゃん」
「うん、そうだよ。とりあえず〈刃牙〉と〈エアマスター〉持ってきてあげるから、あんま人には貸したくないんだけどね―――ユキの将来のためだから、特別だよ」
勝手に将来を心配されてしまった。私には拒否権はないのだろうか。
「ところでカナとリンコはどこいったの?」
「んー、あいつらなら昼休みに部室行ったまま帰ってきてないよ」
「またあ?、まあカナはいつものことだけど、リンコも、って珍しいね」
「あーほらブラジルの隕石―――今日がその日じゃん?リンコずっと興奮してたから、たぶんその関係で」
カナは工作部の部長で、作品の制作に夢中になると、しょっちゅう授業をサボる問題児だ。
それに対しリンコはサイエンスクラブの部長で学年トップの秀才。授業態度もいたって真面目なのだが、今日に関しては、カナ同様、昼休みから部室にこもったまま授業もサボっている。
それもまあ仕方がないだろう、6月11日、今日はこの世界の歴史上、とても重要な一日なのだ。
『マイケル・ローレンス隕石』。そう名づけられた隕石が発見されたのは、今からおよそ3週間前。名前の元となった、アメリカの天文学者が、天体観測中にたまたま発見したものだった。
世界中の機関が幾度となく検証した結果。その隕石はブラジルから少し離れた大西洋に、本日夕方頃落下する予定で、大きさは落下時で直径10~30mほど、周囲の沿岸部に多大な被害をもたらすとの見解である。
ハリウッド映画のように、ミサイルで撃ち落とすなどの対策も考えられたが、結局は不可能との結論が出て、現在ブラジル及び近隣諸国では、大規模な避難活動が行われていた。
災害としても、前代未聞の規模であると同時に、この隕石にはもう一つ、世界中の科学者たちを騒然とさせる特徴が発見された。
それは隕石内に存在すると思われる、未知のエネルギー物質である。ブラックホールにもよく似たその物質は、現在の科学では到底解明不可能といわれており。隕石が衝突し、その空間が世に放たれた際には、世界が滅ぶとも、一部では噂されている。
しかしながら、ただの女子高生である私に、出来ることなどは何も無く。今日も今日とて、いつもと変わらぬ日常をおくっている。
リンコのような天才は別として、その他の生徒はみんな私と同じであろう。
(だいたいブラジルって日本から最も遠い国だし、実感がまるでわかない……)
「じゃあ、アカネ、道場から会議室くる途中で、リンコ拾ってきてくれる?私、カナ連れてくるから」
「へーい、りょうかーい」
「私も付き合うよ、今日陸上部自由参加だし」
今日は三か月に一度の生徒総会だ。各部の部長が会議室にあつまり、活動報告や予算会議を行う。
私が通う”私立花宮女子高等学校”は、生徒数がおよそ1,500人、部活動もメジャーなものから、同好会に近いものまで合わせると、30以上も存在する、県内屈指のマンモス高である。
私、笹崎ユキは生徒会長”兼”剣道部主将を務めている。実家が地域でも名の通った家柄なこともあり、小学生の頃から、このような役割を担うことが多い。本来の私はそんなに真面目な性格ではないのだが、子供の頃からの立ち位置は中々変えることが出来ない。
総会の始まる前に、私とトモカは工学部の部室に立ち寄る。
「カナー、あけろー、教師はいないぞー」
「はーい、ちょっとまってねー」
工学部の部室は通常の鍵に加え、内から3つも外付けの鍵が付けられている。
「いいタイミングだね、ちょうどいま終わったとこ、見る?私の新作」
そういうと彼女は、出来たばかりのプラスチック製の疑似拳銃を私に差し出した。
もちろん、弾がないので使うことはできないのだが、カナいわく、海外より取り寄せた、違法の製作図から、しっかりと作り上げているので、弾さえあれば必ず正常に動作するとのことだ。
そう彼女はガンマニアなのだ。
工作部とは名ばかりで、実際に活動している部員は彼女1人だけ、だだっ広い作業場と、部の予算で集めた材料と作業道具で、日夜拳銃作りに励んでいる。
もちろんこのことは私を含めた一部の友人たちしか知っていない、こんなことが教師にバレたら退学どころか、刑務所行きだ。
「カナ……あんた、将来絶対だれか撃って捕まりそうだよね」
「ふふふ、そのときはユキにするよ」
カナは満面の笑みでそう答える。小学生にも思えるほどの童顔が不気味さを際立たせる。
実際に学校内で、プラスチックとはいえ、拳銃を作成してしまうことからも分かるように、こいつの場合は洒落になってない。
3人で会議室に向かう道中、アカネとリンコと合流した。リンコは普段からクールな性格で、表情も決して豊かとはいえないのだが、今日に限っては、若干頬が赤みががっており、興奮を隠しきれない様子だ。
リサは総会が始まる3分前に教室に駆け込んできた。大方ギリギリまで部活に励んでいたのだろう、息を切らしながらやっとのことで席に着いた。
こうして始まった、三か月に一度の生徒総会は、何の問題も起きることなく、淡々と無事に終了した。
生徒総会が、予定した終了時間より、大幅に短縮して終わったこともあり、トモカの提案で、私達6人は下校途中、寄り道をして遊んでいくことにした。教室では一緒にいることの多い6人だが、それぞれが部活の部長を務めていることもあり、中々こういう機会はとることが出来ない。
生徒会長の仕事として、その日の議事録をまとめる間、5人には少しだけ会議室で待機してもらうことにした。
「リンコさあ、あんた隕石が気になるなら、無理して付き合わなくでもいいよー」
「んー、別に大丈夫。落下したところですぐどうこうなる話じゃないから、その後に研究チームが隕石を調査して初めて何かしらの発見があるからね」
「へーそういうもんかー、んで、落下って結局いつなんだ?」
「んーもうそろそろ」
リンコは教室に掛かっている時計を見上げる。
「というか、あと30秒」
「マジで、もうすぐじゃん」
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1―――――」
リンコのカウントダウンが0を数えた瞬間だった。
『バアアアアアアアアアアアンッッッッ』
耳を劈く破裂音が響き渡る
「―――――――――――――――」
それと同時に足元に目が眩むほどの閃光が走った。
一瞬目を覆ったが、私はすぐに地面に目を落とした。
「えっ―――――」
光は一瞬で消えた。
が、次の瞬間。
足元には先ほどまでの木目の床は無く、見たこともないほど純粋無垢な『漆黒』が広がっていた。
「なんだよこ……―――――」
『漆黒』はまるで、アリの群れのように、私の足から体を沿って上に上がってくる。
そしてその暗闇が、私の体をすっぽり包んだ瞬間、私の意識は空へと消えていった。
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【登場人物】
・ユキ・・・・生徒会長、剣道部主将、黒髪ロング、オタク気質、主人公
・トモカ・・・陸上部主将、茶髪ショート、褐色肌、がさつ、バカ
・リサ・・・・ソフトボール部キャプテン、長身、つり目、関西弁、守銭奴
・アカネ・・・空手部主将、黒髪ショート、格闘技好き、ショタコン、バカ
・カナ・・・・工作部部長、チビ、童顔、巨乳、ミリオタ、ガンマニア、
・リンコ・・・サイエンスクラブ部長、黒髪パッツン、天才、クール、現実主義