猫魔法使い
「頼みがある」
地面の無い歪んだ空間で、猫耳と尻尾がある幼児がそう言った。
「その前に、その姿は自前ですか?」
私――音琥絵舞。友達にはミーコ(猫と言えばミーコだろう)と呼ばれている――は、念の為に確認した。
「お前の所為だ」
「やっぱり!」
予想された返答に、私は申し訳なく思った。
昔から私が魔法を使うと、高確率で魔法が猫になるか対象が猫になる。
今回は魔法を使っていないが、恐らく相手は私がイメージする姿になったのだ。別に猫獣人をイメージした覚えはないけど。
「まあ、良い。これから、此方の世界に来て貰う」
「何の為にですか?」
「今、此方の世界では邪神が暴れている。厄介な事に、『猫にしか倒せない』祝福を得ている」
誰ですか、そんな祝福を与えたのは?
「だから、私ですか……」
「そうだ」
「でも、『見た目だけが猫』で大丈夫なんですか?」
「……多分?」
気が付くと、目の前には死屍累々な光景が広がっていた。
『大いなる神の癒し手』
何人か息があったので私が使える最上級の回復魔法をかける。
「ん……。ハッ?!」
一人が意識を取り戻し、飛び起きた。
「い、生きているのか?」
辺りを見回して、彼は私に気付いた。
「お前が回復してくれたのか?」
そこで、自分の身体が小さくなっている事に気付いた様で下を向いた。
「え? 小さくなってる?」
次に、猫の尻尾に気付いた様で、猫の姿を捜す為か振り向いた。
「生えてる?!」
私は彼を抱き上げ横に飛んだ。
『大いなる神の護り手』
私が使える最上級の防御魔法を一帯にかけると、先程までいた場所に邪神の拳が振り降ろされた。
「じゃ、邪神! 逃げるんだ! 奴にはどの属性の魔法も通用しなかった! 私が時間を稼ぐ!」
地面に降りようとする彼だったが、私がしっかりと抱き締めている為に叶わなかった。
「私の魔法なら効くかもしれないの」
私はそう言うと、精霊を召喚した。
『炎の精霊』
猫の姿をした火が、邪神に炎を放つ。
『風の精霊』
透明な猫が、邪神に竜巻を向かわせる。
『雷の精霊』
猫の姿をした電気が、邪神に雷を落とす。
『氷の精霊』
猫の姿をした氷が、邪神に巨大な雹を降らせる。
『水の精霊』
猫の姿をした水が、邪神を水で切る。
『植物の精霊』
猫の姿をした木が、邪神に花を咲かせる。
『土の精霊』
猫の姿をした土が、地割れに邪神を挟む。
『鉱物の精霊』
猫の姿をした金が、邪神を毒で侵す。
「効いてはいるけど、流石邪神。まだまだ元気ね」
直後、怒れる邪神の反撃が、幾重の防御を貫いて私の膝から下を消した。
地面に倒れた私は、『大いなる神の癒し手』を使い足を再生させる。
「……仮にも神相手に手加減した私が馬鹿だった」
腕の中の幼子が、恐怖に身体を強張らせた。
私が死ねば、彼等に生き延びる術は無い。だからだろう。
『大いなる神の裁き』
天から巨大な猫が降り、邪神に着地すると粉にした。
「これは夢だろうか?」
騎士団長フレアは、絵舞の腕の中で呆然と呟いた。
自分達の攻撃が武器も魔法も一切通用しなかった邪神が、十代前半であろう少女にあっさりと倒された現実が実感出来なかった。
「『猫にしか倒せない』邪神だったの」
紫色の髪と目をした少女がそう教えてくれたが、信じられなかった。
「ところで、貴方達の姿を戻したいんだけど、元の姿が判らないと戻せないの。何か無い?」
「……無い」
「そう。じゃあ、ちょっと苦手だけど、記憶を読むか」
「良くやってくれた。感謝する」
自力で先程の空間に戻った私は、猫獣人姿の神様(?)からお礼を言われた。
「褒美にこれをやろう。アンチマジックの効果を持つ魔導具だ」
「ありがとうございます」
差し出された剣を受け取ると猫になった。
「……では、然らばだ」
そう言って神様の姿が消えたので、私も猫を抱っこして家に帰った。