表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: kikuna
6/18

⑥夏の終わり

夏が終わろうとしております。


時が経つのは本当に早いものでございます。最愛だった智蔵さんが亡くなって、もう何年になるのでしょう。数えるのも億劫になってしまうくらい、歳月が経ってしまったてことでしょうか。あれほど悲しんだのに、薄情なものでございます。


 今日、智蔵さんが好物だった肉じゃがを拵えておりましたら、急に昔のあれこれを思い出して、涙がほろりと零れ落ちてしまいましたの。

 それを見た愛梨が慌てて、わたくしの顔を覗き込んでまいります。

 「どうしたの? 大丈夫?」

 「大丈夫大丈夫。何でもないの」

 涙を拭ってそう言うわたくしに、ティッシュを寄越しながら、背中を摩ってくれるような、本当に優しい子でございます。

 この優しさは、お嫁さんの和華子さん譲りなのでしょうね。間違っても、息子である智久のではないのは、確かでございます。

 智蔵さんの血を引いているはずなのに、いつでも難しい顔をして、話しかけてもろくに返事も寄こしませんのよ。小憎らしいったらありゃしない。


 そんなことを考えておりましたら、また涙が出てきてしまいました。


 思い出しついでに、二人の馴れ初めなど聞いてくださいな。

 智蔵さんと出会ったのは、叔母夫婦が経営する自動車教習所でございました。

 あの頃は、日本は高度成長期に入り、わんさか若者が東京に集められましてね、智蔵さんも、その一人でございました。

 宿舎を設け、事業を始めた叔母夫婦に頼まれ、微力ながら、わたくしは食堂のお手伝いをしておりました。

 それはそれは大忙しでございます。

 教習生を始め、職員方たちも召し上がる食事のお世話でございます。

 女学校を卒業して以来、家事の手伝いをしていたわたくしにとって、その仕事はやりがいのあるものでございまいした。

 ここだけの話、戦争で、大事な父と兄を失くし、湿っぽくなっていた我が家で、母と二人きりでいるのは大変辛く、何を見ても思い出されてしまうのでございます。

 どのご家庭にも、そんな思いはございました。そんな時代でございます。我が家だけが特別じゃない。そう思ってもやはり、込み上げて来てしまうのでございます。

 叔母夫婦も、大事な一人息子を失くされておりましたし、いつまでも沈んでばかりはいられません。

 それがせめてもの亡くなった人へのお弔いなのだと、わたくしたちは歯を食いしばり、生きることを頑張ることにしたのでございます。

 きっとこの出会いは、そんなわたくしへの、兄たちからのプレゼントだったのでございましょう。


 秋田訛りの品のあるお方。

 これが、智蔵さんに対する、わたくしの第一印象でございます。

 とにかく優しい人で、わたくしが重たいものを持っておりますと、いの一番に駆け寄って助けて下さる。そんな人でございました。

 「そっちゃある荷物、どご持ちっべか」

 この頃、本当にいろんな方がいらっしゃって、お国の言葉で話されるものですから、わたくし少し引いておりましたの。

 何度も聞き返すのも悪い気がして、ぎこちなく微笑んで誤魔化そうとするわたくしの様子を見て、智蔵さん、豪快に笑い、頭を掻いて、標準語を話されるんですが、そのアクセントがおかしくて、二人してよく笑ったものでございます。

 それは自然な流れでございました。

 愛想がないわたくしに智蔵さんは、いつもにこにこと、お国の言葉で話し掛けて来るようになったのでございます。

 もうこちらの言葉にもなれているはずなのに、でございます。

 「俺の言葉、分からねか」

 そう言ってゲラゲラと笑っては、ええから、良く聞いてみてけれとあくまでもお国ことばを止めようとはしませんの。

 そのうちわたくしも、ここではそう言いませんって正したりして、何となく二人でいる時間が増え出したのでございます。

 今思えば、不器用な智蔵さんなりの愛情表現だったのでしょう。

 ほっそりした顔立ちで、他にも、心、寄せている人がいらっしゃったと、後に聞かされのでございますが、二人きりの世界。何も見えませんし、聞こえやしません。 

 

 運命ともいうのでしょうか。

 一目見た瞬間から、わたくしたちは魅かれあっておりました。


 いけません。いけません。また涙が出て来てしまいました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ