冒険 004
「粗方片付いたな。アルトー、こっち来い」
ヤマトの周囲には、見るも惨たらしい甲殻類の残骸が散らかっていた。
巨体だったため体液の量も比例していて、全身が緑色に染まっている。
声を掛けられたアルトはこくりとうなずき、ヤマトへと駆け寄る。
「怪我は……ないな。それならいいんだ」
幼女の体のあちこちを触る変態として、クライスとノーブルの間では評判である。
それを傍から見ていた国の兵たちも、同じような目で眺めていた。
「ごっ、ご協力感謝いたします! 私、ここより虎龍の方角にあります国の隊長、アルバトロイと申します!」
「あ、はい。ども」
「そちらの『天才』と『落し物』の保護のため、この森に立ち入った次第! しかし不甲斐なくミュータントの群れに呆気無くやられてしまい……」
「落し物って、誰のことだ?」
低い声で、ヤマトが尋ねる。
異様な雰囲気に気圧されたのか、隊長は唾を呑んで嘘を吐いた。
「わ、私には判りかねます……」
数秒、ヤマトは口を閉ざし目を瞑った。
「俺たちも着いて行きます。」
「は、はい! それではこちらへどうぞ」
「いや、丁度いい乗り物があるのでそれを使います」
ヤマトは戦闘によって開けた場所に紙を敷いた。大人が5人も大の字で転がれる大きさである。
「アーサス!」
紙が発光すると、ホログラムのように浮かび上がるものがあった。
それは徐々に姿を露わにしていき、全貌が見えた辺りで実体と化した。
「これは……家?」
ヤマトが事前に備えていた魔法で、自宅を呼び寄せたのだ。
「ああ、この家動くので丁度いいかと思って。それじゃあ道案内お願いします」
「は、はぁ……」
困惑する隊長を置いて、ヤマトとアルトは家に入った。
クライスとノーブルは、これからあの二人はどうするのかが気になって仕方がなかった。
◆
ヤマトの目算では時速20キロ。
のろのろと進む複数の戦車を前に、ヤマトとアルトは暇を持て余していた。
クライスとノーブルがいたからこそ新鮮な一日だったが、その二人がいないと滅多に話さないアルトのせいで無言になる。
「アルト、なんか食うか?」
首を横に振る。
「そ、そうか……なんかあったら言えよ」
こくり。
頷くアルトを前に、ヤマトはこの子どうしたらいいんだろうかと思案していた。
「……ヤマト」
「おおうっ!? な、なんだアルト!」
「魔法、教えて」
「なんだそんなことか……って、魔力を感じられるならもう使えると思うんだけど」
「……爆発のやつ」
「ああ、焔か。適性があるかどうかが問題だなぁ。火とか炎の魔法は使えるか?」
「……ううん」
「じゃあ無理だな。完全上位互換の焔は空間系よりも難しいんだよ。ごめんな」
「わかった……」
明らかに気落ちしたアルトを気遣ってか、ヤマトは冷蔵庫からあるものを取り出した。
イチゴと生クリームをそれにトッピングし、アルトの眼前に差し出す。
「食え」
何も言わずにアルトは同梱されていたスプーンを手に取り、山の形をしたそれを崩した。
静かに口に運ぶ。
「あまい……」
「プリンっていう……お菓子? デザート? まあ間食用の食べ物だよ。美味いか?」
「うん!」
いつもは無表情なアルトが笑った。
それに戸惑って家の運転が少し荒くなり、木にぶつけた。
自衛の手段を持つ樹木は、この森では珍しくない。
その木が蠢き、枝を鞭のように振るい家に叩きつけた。
「あ……」
衝撃で家が揺れる。
咄嗟にヤマトがアルトに覆いかぶさった。
そこに倒れこむ家具。
プリンの皿が床に落ちる。
衝撃が収まってから、アルトは視界に映り込んだ赤い色の液体で事態を察した。
「ヤマト!」
ヤマトの血で塗れたプリンの残骸は、赤黒く毒々しい。
家が揺れたことにより、包丁や本棚から飛び出した本などが飛び交ったせいで…………重症。
異変を察したクライスが駆けつけたが、遅かった。
慌てて応急処置をして、本格的な治療ができるよう国へと急ぐこととなった。