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鳴かず飛ばずから一発屋

 8月。私は週末になる度に北海道や新潟、小倉を転々とするようになった。

 騎乗依頼はまだそこそこ来るので、週末を栗東のトレセンで過ごすという屈辱は味わわずに済んだ。

 しかし、私がかつて所属していた稚内厩舎は3月からすっかり疎遠になってしまい、騎乗依頼自体がこなかった。

 一方、相生厩舎からは何とか依頼が来るものの、ドーンフラワーのことがひっかかっているのか、ほとんど人気薄の馬ばかりで、なかなか有力馬に乗ることができなかった。

 結果的に、入着賞金をもらえる5着以内に入ったことはあるものの、勝利を挙げるまでには至らなかった。

 それでも私は今度チャンスをもらえればという気持ちをみなぎらせていた。


 それでもここは勝負の世界。有力馬の騎乗依頼は一握りの一流騎手に流れていってしまい、私にはそのチャンスがなかなか巡ってこなかった。

 競馬雑誌の関西リーディングジョッキーの欄では、私の1着の回数が0から2になり、以前より順位が上がったものの、またそこで停滞している状態だった。

 インターネットのyakoo!知恵袋では

「弥富騎手はぱっとしないな。」

「オープン特別を勝ってから、いい気にでもなってたんじゃないの?」

「勝負の世界は努力を怠れば、一気に落ちていくものよね。」

「彼女はこの程度の実力だったってことでしょ。」

「所詮は一発屋だったわね。」

「いや、2勝しているんだから二発屋だよ。」

 というコメントを浴びせられるようになっていった。

 それを見る度に私は悔しさばかりが込み上げてきた。

「努力なんか怠ってはいないわ!調教で馬のクセや調子はチェックしてきたし、どうすれば勝てるかを必死になって調教師さんや調教助手さん達にも聞いた。できることは全てやり遂げて、どのレースでもベストを尽くそうと懸命にやってきたわよ!」

 私はパソコンを見ながらそう叫んだこともあった。

 しかし勝負の世界は結果が全て。有力馬であろうと、穴馬であろうと勝たなければならない。

 勝利を挙げられなければ、どんなに努力をしても他人からは認めてもらえない。

 努力を認めてもらえなければ、他人からは怠けていたとかいい気になっていたと思われてしまう。

 でも、超えていかなければ…。

 努力していれば、チャンスは必ずやってくる。

 現にインビジブルマンで私は大きなチャンスをつかみ、そしてオープン特別を勝つという下克上を達成することができた。

 GⅠどころか、重賞も勝ったことのない身だけれど、私はあきらめない。

 いつか最高の下克上を成し遂げて、時の人になってみせる!

 私はそう思いながら、懸命に自分を奮い立たせた。


 9月最初の日曜日。私が前走で騎乗したドーンフラワーが小倉2歳ステークス(GⅢ、芝1200m)に出走した。

 鞍上は夜明 夕さんの説得もあり、今年すでに79勝を挙げて、リーディングを独走している網走騎手に決まったため、私は1戦しただけで降ろされてしまった。

(まあ、仕方ないわね。相生先生は10日前から網走騎手と連絡を取り、作戦について話し合っていたし。)

 乗り替わりになってしまったことは悔しいけれど、そこは我慢するしかなかった。

 この日、小倉競馬場にやってきた私の騎乗依頼は2レースの2歳未勝利戦と、5レースの3歳未勝利戦の2鞍だけだった。

 結果はそれぞれ7着と5着だった。

 騎乗は午前中で終わってしまったが、私は競馬場に留まり、2レースで乗った馬、ドラゴンポンドの調子を観察した。

(うーーん。少し余力を残しているようだし、本当に実力を出し切ったわけではなさそうね…。全力を出し切ることができても勝てたかは分からないけれど、もったいないことをしてしまったわね…。)

 私はそう考えながらドラゴンポンドの馬主さんや調教師さんと話をしていた。


 話が終わり、5レースで騎乗した馬のところに向かおうとした時、私は稚内 平先生とばったり顔を合わせた。

 これまで疎遠な状態が続いていただけに、私は恐る恐る

「こ、こんにちは…。稚内先生…。」

 と声をかけてみた。

「弥富か。久しぶりだな。」

「あ、はい…。」

「君はこれで騎乗は終了したはずだが、これから小倉駅に向かうつもりか?」

「いえ。まだ関係者の人達と打ち合わせをするつもりですし、小倉駅から栗東に戻るのはこの後の小倉2歳Sでドーンフラワーを見てからにするつもりです。」

「そうか。その馬に騎乗するわけでもないのに熱心だな。」

「はい。たとえ乗れなくてもドーンフラワーから色んなことを学んでいきたいですし。」

「分かった。がんばれよ。」

「はい。」

 稚内先生は会話を終えると、少し急ぎ足でその場を立ち去っていった。

(とにかく私は人並みの努力では生き残っていくことはできない。他の人より1つでも多くのことを学んで1回でも多くの騎乗依頼を掴み取っていかなければ…。)

 私は内心では焦りを感じながらも、それを表には出さずに冷静な表情を保ち続けた。


 それから3時間後。いよいよ本日のメインレース、小倉2歳Sの発走時間になった。

 レースは9頭立てで、私が注目している網走騎手騎乗のドーンフラワーは4枠4番で、単勝は2.1倍の1番人気だった。

 2番人気の7番トランクゾーンが単勝4.4倍なので、場内ではある意味勝って当然のような雰囲気があった。

 スタンドの人達も

「ドーンフラワー!絶対に勝てよ!」

「負けたらしばくぞ!網走!」

 という声をかけていただけに、もし私がこの馬に乗っていたらという気持ちになった。

(大レースで人気を背負ったら、これほどまでのプレッシャーと闘うことになるんだ…。負けたら何て言われるんだろう…。こんなプレッシャーと向き合っていけるのかしら…。)

 私は馬や騎手達をただ見守っているだけの立場にもかかわらず、冷や汗をかき始めた。

 でも、そういう大舞台や修羅場を経験して成長していかなければ、この世界では生き残れない。

 そのためには、何としてもバーデンバーデンCの時のような下克上を成し遂げていかなければ…。

 私はレース発走までの間、そのようなことを考えていた。


 レースはスタートで3番人気の馬が大きく出遅れ、場内からはどよめきが起こった。

 そんな中で、ドーンフラワーと網走騎手は好スタートを切ることができた。

 そしてすぐに控え、逃げに打って出た2番のチョウゼツカワイイが先頭に立つのを見ながら、4番手まで下がっていった。

 2番人気の7番トランクゾーンは5番手につけ、外からドーンフラワーをピッタリとマークするような形になった。

 レースは向こう正面では淡々と流れていき、先頭のチョウゼツカワイイと2番手の間隔だけがどんどん長くなっていった。

 3コーナー。トランクゾーンはドーンフラワーの内に入って少しずつ順位を上げていき、スパートに打って出た。

 一方のドーンフラワーは少しずつ外に持ち出しているだけの状態で、順位は5~6番手に後退した。

(網走さん、いつスパートするのかしら?小倉は直線も短いし、もう仕掛けてもいいはずなのに。)

 私は彼の思惑が分からず、ハラハラしながら見守った。

 最後の直線。先頭のチョウゼツカワイイはみるみる2番手との差が縮まっていき、今にも馬群にのまれそうだった。

 網走騎手は馬場のいい大外に持ち出して最後の直線にやってくると、5番手から一気にスパートをかけた。

 内ではトランクゾーンをはじめとする何頭かの馬が、懸命にスパートして粘り込みを図っていた。

「ドーン、行け!差し切れ!」

「トランクゾーン!がんばれ!」

 場内では大きな声援がこだまし、レースを盛り上げていた。

 ドーンフラワーは持ち前のスピードを活かしてぐんぐん順位を上げていった。

 そしてバテたチョウゼツカワイイを交わし、その他の馬も交わして、残りは先頭に立ったトランクゾーンだけとなった。

 すでに残りは100mを切り、優勝争いは1番人気と2番人気のこの2頭に絞られた。

(がんばって!ドーン!)

 私が心の中でそう叫ぶとドーンフラワーはマッハの末脚を見せ、ゴール前でトランクゾーンを交わし、最後は2分の1馬身差をつけてゴールに飛び込んだ。

「きゃーー!やったやったーーっ!ドーンフラワーが勝ったわ!」

「良かった!これでGⅠ阪神ジュベナイルフィリーズに出せるぞ!」

 夜明さんをはじめとするドーンフラワーの関係者の人達はガッツポーズをしながら大声で喜びを爆発させていた。

 私も過去に自分の騎乗した馬が勝ち、思わず「おめでとう!!」と言いながら喜んだ。


 表彰式では、「小倉2歳ステークス」というレイをかけたドーンフラワーと網走騎手。そして関係者の人達が馬場上で誇らしげに記念撮影に応じていた。

 私が応援していた馬が勝っただけに、その光景は自分にとっても嬉しかった。

 しかし次の瞬間、この馬にはもう乗れないのかなという寂しさも込み上げてきた。

 ドーンフラワーの過去の成績欄には、新馬戦の欄に自分の名前が残ってはいるけれど、何戦かすればそれも消えていってしまう。

(このまま、また私は忘れ去られてしまうのかな…。以前は鳴かず飛ばずだったけれど、今度は一発屋として…。)

 私はそんな不安を抱えながら、小倉競馬場を後にし、新幹線で栗東トレーニングセンターに戻っていった。



 勝負の世界は本当に厳しいものです。

 鳴かず飛ばずなら容赦なくはじき出されてしまいますが、たとえ一発当ててもその後が振るわなければ、結局はじき出されてしまいます。

 私もインビジブルマンのおかげで引退こそ免れましたが、その馬は引退も近いし、何とかして次の有力馬にありつかなければ騎手としての未来はありません。

 鳴かず飛ばずだろうと一発屋だろうと、戦力外になったら屈辱しか残らないだけに、ドーンフラワーを網走騎手に取られてしまった私の心は不安でいっぱいでした。

 名前の由来コーナー その5


・ドラゴンポンド(Dragon Pond)(オス)… 昔放送していたテレビ番組「風雲!たけし城」で登場した「竜神池」から命名しました。


・チョウゼツカワイイ(Chozetsu kawaii)(メス)… AKB48の歌う「チームB推し」という曲で、合いの手として入っているセリフです。僕は面白馬名をあまり好まない方ですが、1頭くらいはいいかなと思い、ここで使ってみました。


・トランクゾーン(Trunk Zone)(メス)… 「トランク」はゲームでプレイした「トランク牧場」の冠名、「ゾーン」はPCエンジンのゲームソフト「スーパースターソルジャー」のSTAGE3のBGM「Dislapidated Zone」から命名しました。この名前は牡馬につけるか牝馬につけるかで迷いましたが、音楽バンドの「Zone」を思い出し、牝馬につけました。


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