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金看板

 私がバーデンバーデンCを勝ったことによる効果は本当に大きかった。

 まず、多くの関係者の人達が私の名前を聞くと

「ああ、あのバーデンバーデンCを勝った人?」

「最高の下克上!!と雑誌で書かれていた人だよね。」

 という感じで覚えてくれるようになった。

 これまで全く無名の存在だった私に、そのような金看板ができたことで、弥富伊予子の代名詞的な言葉が生まれた。

 月曜日の休日には母と弟がわざわざ栗東まで来てくれて、私を祝福してくれた。

 芸能人の父は、テレビのトーク番組の収録に参加した時に、競馬に精通している司会者の人から

「あなたの娘さん、すごいことをやり遂げましたね。」

 と言われ、父は照れながら

「どうもありがとうございます。娘からはどんな苦境でもあきらめないことの大切さを教えられましたよ。」

 と返していたそうだ。

 そのレースでインビジブルマンを手放してシュガービートに騎乗し、6着に敗れた逗子一弥先輩は、栗東トレセンで私に会うと

「優勝おめでとう。これからインビジブルマンは君のお手馬になるだろう。現役でいられる間に、あの馬から色々学んでおいてくれ。そして立派に成長してくれよ。」

 と激励された。

「はい、絶対に立派な騎手になって見せます。もしインビジブルマンのことについて分からないことがあったら、どんどん質問しようと思いますので、よろしくお願いします。」

 私は深々とおじぎをしながら、彼にそう返した。

 先輩は喜んでそれを引き受けてくれた。

 お手馬を全て失い、自由という暗闇の中をさまよい続けていた私にとって、今が騎手人生で最も幸せな時だった。


 下克上という金看板は仕事にも良い影響をもたらし、早速私のもとには騎乗依頼がいくつも来た。

 現在、どこの厩舎にも所属していないフリーの身で、自分で仕事にありつくしかない私にとっては、とても嬉しいことだった。

 私は依頼を受けると、未勝利の馬でも勝利を挙げている馬でも色々と質問をして、その馬のクセや特徴をつかんでいった。

 全部やろうとするととにかく忙しくて、休んでいるひまもないくらいになった。

(それでも、何とかやり遂げなければ…。そしてこの忙しさを幸せに思わなければ…。正直、この至福の時はいつまで続くか分からない。下手したらすぐに元通りの状態に戻ってしまう。あんな頃にはもう戻りたくない。だから、頑張って努力し、みんなの期待に応えて見せるわ。)

 私は時間があればとにかく努力を重ねていった。


 騎乗依頼の中には、これから相生厩舎でデビューするドーンフラワーという牝馬もいた。

 私は厩舎で、相生初先生と共にその馬を観察した。

「弥富さん、この馬に関する君の意見はどうだね?」

「そうですねえ…。早い時期から活躍できそうで、脚もかなり速そうです。新馬戦は相手にさえ恵まれれば十分に勝てるのではないかと思います。」

「そうか。馬主の夜明よあけゆうさんが言うには、決して高値で買ってきたわけではないそうだが、もしかしたら掘り出し物になるかもしれないと言っているし、やってくれそうだな。」

「えっ?いくらで買ってきたんですか?」

「2450万だ。本人は3000万以上を見込んでいたそうだが、思ったよりも安く購入できたそうだ。」

「それで走ったら、本当に掘り出し物ですね。」

「ああ。夜明さんは本当にこの馬に賭けているようだし、どうしても勝ちたがっている。今週末の新馬戦、頼んだぞ。」

「はいっ!」

 私は気合いを込めながら先生に向かって返事をした。


 ※後で知ったことですが、相生先生がドーンフラワーに乗る騎手が弥富騎手になることを夜明さんに伝えると、彼女は怒るような口調で

「本当に大丈夫なんですか?私はどうしてもお金を稼がなければならない状況ですから、網走騎手のような一流騎手に依頼して、必勝をきっしていたのですが。」

 と言っていたそうだ。

 先生は

「まあ、網走騎手をはじめとする、有力騎手はほとんどすでに騎乗馬が決まっているということもありますが、それ以上に僕は彼女を信じて騎乗依頼をすることにしました。彼女を信じてあげてください。」

 と説得していたそうです。


 その週末。中京競馬場にやってきた私は土曜日に2レース(両方とも未勝利)。日曜日に3レース(未勝利、新馬、500万下)騎乗予定が入った。

 人気騎手と比べればまだまだ少ないけれど、これでもまだ恵まれている方だった。

 土曜日に乗った馬は7番人気、11番人気だったこともあるけれど、勝つどころか掲示板にすら乗ることができずに終わってしまった。

(まずいわね。今週は5鞍乗れるけれど、結果を出せなければ来週どうなるかも分からない。明日は何とかしなければ…。)

 この日の夜、調整ルームの布団で横になりながら、私は少しあせりの表情を浮かべていた。



 あの時達成した下克上は、喜びと同時に、新たな不安も連れてきました。

 勝負の世界は、結果を出せばみんなから頼られる存在になるけれど、結果を出せなければ自由にされてしまう。

 この1週間はその後の騎手人生がどちらになるかの分岐点になるだけに、本当にプレッシャーを感じていました。

 今考えると、あの時ひまがあっては努力を重ねていたのは、つきまとうプレッシャーを振り払いたかったからなのかもしれません。

 名前の由来コーナー その4


・ドーンフラワー(Dawn Flower)(メス)… 「ドーン」は「夜明け」という意味で、夜明さんの冠名という設定、「フラワー」はトランク牧場で使用した馬名「トランクフラワー」に由来しています。冠名+単語1語で、牝馬の馬名にするとしたら、「フラワー」が似合っていると思ったので、これにしました。


・夜明… JR久大本線ならびに日田彦山線の「夜明駅」から取りました。スペースバイウェイ号物語でスクーグ咲さんの日本名の名字を考えていた時、縁起のいい駅名をつけようとして、富士急行の「寿ことぶき駅」とともに候補に上がっていました。その時は「寿」を選んだため、それ以来お蔵入りとなっていましたが、ここで使うことにしました。


・夕…夜明に対抗してこの名前にしました。


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