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どん底からの下克上(前編)

 この章は「インビジブルマン号物語」のScene23「執念」をベースに、内容を加筆したものです。

 そのため、かなり内容がかぶっています。

 また、加筆した結果、内容が長くなったため、前編と後編に分けました。


 7月。春競馬を締めくくる宝塚記念も終わり、世間はすっかり夏競馬の雰囲気になった。

 しかし私は減量特典が無くなって以降、最高順位が6着で、まるであの時以来時が止まったままのような状況だった。

(一体、いつまでこんな状態が続くのかしら…?もしかして、未来永劫続くのかも…?)

 そう思ったことも、1度や2度ではなかった。

 それでも私は懸命に厩舎を回り、馬の観察をしたり、調教や世話のお願いをした。

 稚内先生からは

「君は執念だけなら一人前だが、プライドと言うものがないのか!」

 と言われたこともあった。

 稚内厩舎の調教助手や厩務員さん達からも

「君って本当にしつこいねえ。」

「その根性だけは認めるけれど。」

 と言われ、白い目で見られたことがあった。それでも今の私にはあきらめたくはなかった。

 私はまだ騎手を続けていられる。

 騎手を続けたくても続けられなかった小野浦君や椋岡先輩のためにも、あきらめるわけにはいかなかった。


 そんなどん底の状態が果たしていつまで続くのか分からない状況の中で、ある日、私は一本の連絡を受け取った。

 相手は相生厩舎の調教師である相生あいおいはじめ先生だった。

『弥富君、君は本当に頑張っているね。断られてもあきらめずに、何度もお願いに来る。その性格は僕も好きだねえ。』

「ありがとうございます…。それで、わざわざお電話をした用件は何でしょうか?」

『うむ。早速本題に入るが、うちの管理馬であるインビジブルマンが福島競馬場で開催されるバーデンバーデンカップ(オープン、芝1200m)に出走することになったんだが。』

「はい。」

『当初、騎乗する予定だった逗子ずし一弥かずや騎手がシュガービートに乗ることになったから、今、乗る人がいない状況だ。そこで、君に騎乗をお願いしたい。』

「えっ!?ええっ!?」

 私は目を大きく見開きながら驚いた。

(インビジブルマンって、あのインビジブルマン!?)

 私はそんな馬に乗れることがにわかには信じられなかった。

(※ネタバレ防止のため、インビジブルマンがどんな活躍をしたかは秘密です。)

『もしもし?』

「えっ?あ、はいっ!」

『まあ、驚くのも無理はないと思うが、頼んだぞ。』

取った。

「本当に、私でいいんですか?」

『ああ。ぜひお願いしたい。もっともインビジブルマンはすでに7歳で、そろそろ衰えも見えてきているから、勝利までは厳しいかもしれないが、よろしく頼む。』

「分かりました!では精一杯頑張らせていただきますっ!よろしくお願いしますっ!」

『では、僕はこれで失礼する。インビジブルマンのことはきっちりと調べておいてくれ。』

「あっ、ちょっと待って下さいっ!」

 私は電話を切ろうとした相生先生を引き止め、そのインビジブルマンについて色々と質問を始めた。

(このチャンス、絶対に逃すものですか!先生にとってはエキシビジョンのつもりかもしれないけれど、私にとっては2度と訪れないかもしれない大チャンスなんだから!)

 私はそう考えながら、懸命にメモを取り始めた。

 電話を終えて次の仕事に取りかかりたいと考えていた相生先生にとっては、ある意味困ったことだったかもしれない。

 でも、それもワンチャンスに賭ける私の意気込みだということを理解してくれたのか、先生も長電話に付き合ってくれた。

 結局、私達の会話は30分にも及んだ。

 そして電話が終わると、すぐにインビジブルマンの映像を入手し、血眼になって観察をした。

(なるほど…。屈腱炎をわずらいながら、ここまで頑張ってきたわけね。この馬は気性も良さそうだし、かかることはなさそうね。だったら、直線の短い福島競馬場だったら、先行策がベストでしょうね。そのためには出遅れは絶対に避けなければ…。)

 私は厩舎を訪問することをそっちのけにして、熱心に作戦を立て続けた。

 そして分からないことや気になったことがあると、相生先生に連絡を取り、色々と話し合いを重ねた。


 レースはフルゲート16頭に対して20頭が登録した。

 当然4頭が除外されてしまうことになるが、賞金を十分に稼いでいるインビジブルマンは除外を気にすることなく出走にこぎつけることができた。

 レース当日、5枠10番のインビジブルマンは斤量53kgで、思った以上に軽ハンデだったが、7番人気にとどまった。

 どうやら多くの人達は、鞍上が私だからという理由なのか、この馬がこのレースに勝つことは難しいと考えているようだった。

 しかし、少なくとも私は本気で勝つつもりだった。

 はっきり言って、そういう低評価を見れば見る程、私の心には火がついた。

(見てなさい。私だってやれることは全部やった上でこのレースに望んでいるわけなんだから。私を支持しなかった人には思いっきり後悔をさせてやるわ!メールでは小野浦君がこの馬の単勝を買うと言ってくれた。そういう人達にいい夢を見せてあげなければ。)

 私は今頃ナゴヤ球場で、プロ野球ウエスタンリーグのアルバイトをしているであろう、小野浦君のことを思いながら、相生先生と最後の打ち合わせに望んだ。

「相生先生、乗り方について指示はありますか?」

「そうだなあ…。最後の直線も短いし、芝は重馬場なので、積極的に前に行く競馬をしてほしい。」

「では、逃げに出てもいいですか?」

「逃げでもかまわないが、できることなら後続を引き付けながら逃げてほしい。」

「分かりました。」

「他に質問はあるか?」

「ありません。精一杯頑張ってきます!」

 私は燃えるような瞳で返事をし、パドックへと向かっていった。


(後編に続く)


 この章は前編と後編に分けたため、この前編においては、2年後の弥富騎手が過去を振り返るコメントをカットさせていただきます。

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