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永遠のような時間

 ハリアライジンとミリオネアが並んでゴールインしてしばらくしてから、いよいよターフビジョンにリプレイの映像が映し出された。

 鼻先が先に決勝線にかかったのは…。

「どっちだあーーっ!?」

「分からねえーーっ!」

 会場にいた人達は次々と大声をあげて叫んだ。

 映像では2頭の鼻先が同時に決勝線にかかり、肉眼では確認できない程の僅差だったため、そう言いたくなるのも無理はないだろう。

『これは分かりませんねえ。』

『そうですねえ…。同着でしょうか?』

 テレビ中継をしていた解説者の人達も、そう言いながら顔をしかめるばかりだった。

 私はターフビジョンの1着、2着の横に写真という文字が点灯しているのを見ながら、引き上げ場所に戻ってきた。

「稚内先生、レースどうなりそうですか?」

「…分からん。この写真判定は時間がかかると思うぞ。」

「そうなんですか?じゃあ、私は1着と2着のどちらの枠に馬を入れればいいんですか?」

「それも分からん。お前はどちらに入れるつもりだ?」

「えっ?それは…。」

 私はそう言ったまま言葉につまってしまい、どちらの枠にも行けなくなってしまった。

 すると、横からハリアライジンと鹿原騎手がやってきて、迷うことなく1着の枠に入っていき、鹿原騎手はジャンプをするように馬から降りた。

「よくやった。ご苦労だったな。」

「はい。後は1着を取るだけです。」

「そうだな。そうなれば地方馬史上2頭目の快挙だな。」

「ですね。多分、大丈夫だと思います。」

 調教師さんと鹿原騎手は堂々とした表情で会話を交わしていた。

(そうか…私…、負けたのね…。)

 2人の会話を聞いた私は、2着のところにミリオネアを導き、馬を降りた。

 その光景を見て、多くの人達がハリアライジンの勝利を確信したのか、会場では大きな歓声が起こった。

 それに続いてどこからともなく

「ハリア!」

「ハリア!」

 という声が沸き起こった。

 しばらくすると今度は

「しっかはら!」

「しっかはら!」

 という声も響き渡るようになった。

 その声は自分の心に冷たく響き渡り、途端に悔しい気持ちが襲ってきた。

 私は歓声の中でただうつむくことしかできなかった。

「弥富、とにかくお前は検量に行ってこい。」

「…はい…。」

「そんな顔をするな。まだ勝負はついていないんだぞ!」

 稚内先生は厳しい表情をしながら、でも激励するような口調で私にそう言ってきた。

「はい、分かりました…。」

 私は落ち込んだ口調でそう言うと、鞍を持って重い足取りで検量へと向かっていった。


 しかしそれから5分以上たっても、写真判定の結果は出なかった。

 最初はハリアライジンの勝利を確信していたファンの人達も、次第に不安な表情へと変わっていった。

 引き上げる時には2着を覚悟していた私は、もしかしたら勝ったのかもしれないという希望を抱くようになった。

 でもそう考え出した途端、気持ちはぐちゃぐちゃな方向へと向かってしまい、恐ろしいまでの緊張感に襲われるようになった。

 近くにいた網走譲さんを始めとする騎手の人達は私に色々と声をかけてくれた。

 しかし私は両手がわなわなと震え、目からは涙が出そうな状況で、返事をするどころの状況ではなかった。

 結局、何を言われても返答することができず、彼らはそんな私を見て、そっとしておいた方がいいと判断したのか、その後は言葉をかけることなく立ち去っていった。

(正直、気持ち悪い…。こんな緊張感イヤ…。)

 私は足までも震え出し、立ち上がることすらできない状態になってしまった。


「こんな緊張感、今まで経験したことがないです。出るからには勝ちたいとは思いましたが、まさかこんなことが起こるなんて。」

 引き上げ場ではフリンダースさんが震えるような声で稚内先生に語りかけた。

「僕もそうだ。今までGⅠに馬を出走させたことはあるが、5着が最高だった。こんなすごいシーンに立ち会えるなんて、一生ないかもしれないとさえ思っていただけに、こんな緊張感を味わえて僕は幸せだと思っている。」

 稚内先生は内心では緊張しながらも、冷静な表情で応えた。

「でもやっぱりこれは勝負ですから、勝たないと意味はありません。」

「まあ、そうだがな。」

 2人は手に汗握りながら会話をしていた。


「あ~あ、コバノニッキーを軸にして考えたけれど、大外しだなあ。まあ、ウケ狙いでミリオネアの馬券を買っておいたから、その馬が勝てば取り返せるんだがな…。」

 ウインズでレースを見守っていた椋岡先輩は、顔をしかめながらぼやいていた。


「それにしても長いですね。同着なんでしょうか?」

「これだけかかるということはそうかもしれんな。」

「地方馬による中央GⅠ制覇という称号が与えられるのであれば、同着でもいいかもしれませんが。」

「だが、それではもらえる賞金が減ってしまうし、何かスッキリしないものがある。やっぱり単独1位でなければ。」

 鹿原騎手とハリアライジンの調教師は厳しい表情でターフビジョンを見つめていた。


 その頃、私が気が遠くなりそうな程のプレッシャーに襲われていた。

 するとそこに逗子一弥騎手と赤嶺安九伊君が通りかかった。

「大丈夫か?弥富さん。」

 逗子騎手は心配そうに問いかけてきた。

「もうイヤ…。限界よ。胃が痛いし、吐きそう。とにかく2着でいいから早く結果出て…。」

 私は泣きそうになりながらやっとの思いで応えた。

「でも勝負だからやっぱり1着じゃないと。」

 あくまでも勝負にこだわる赤嶺君は叱咤激励をするように言ってきた。

「そんなの分かっているわよ!あんたなんかに私の気持ちが分かるもんですか!」

 彼の言葉にカチンときた私は、思わずそう言い返してしまった。

(一体いつになったら結果出るの?)

 そう思いながら、私はひたすら写真判定の結果が出るのを待ち続けた。

 もうすぐレース終了から10分が経過するだろうか。

 もしかしたらこんな状況が永遠に続くのではないだろうかと思われる状況の中、いよいよ写真の文字が消え、1着と2着のところに数字が現れた。

 1着のところの数字が13ならミリオネアと私の勝利、1ならハリアライジンと鹿原騎手の勝利。

 もし2着のところに13が出たとしても横に同着と出れば、私はGⅠを制覇したことになる。

 果たして結果は…!!


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