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頑張って!ミリオネア!

 いよいよゲートが開き、GⅠフェブラリーSが発走した。

 それと同時にミリオネアは13番枠からタイミングよく飛び出していった。

(よし、好スタートを切ることができたわね。このまま先行、願わくば逃げに出るわよ。)

 私は手綱を1回だけしごき、前に行くように指示を出した。

 すると外から15番の3番人気ユーウィルビリーヴがスルスルと交わしていき、先頭に立った。

(同じことを考えていた人は他にもいたようね。まあ、外枠の馬は芝コースを長く走れるだけに、無理もないでしょう。でも下手についていってはダメ。あんたがバテるだけよ。)

 私はとっさに手綱を抑えた。

 ミリオネアも私の指示に応えてくれて、ユーウィルビリーヴについていくことなく、先行策をとってくれた。

(よし!最高の出だしよ!このまま先行していきなさい。)

 私は2番手につけながら芝コースからダートコースに入っていった。

 1番人気コバノニッキーは中段より後方につけ、4コーナーからの勝負に賭けているようだった。

 このレースで引退する2番人気のトランクトニージャはコバノニッキーよりさらに後ろを走っていた。

 4番人気のトランクメルボルンは中段にいて、ユーウィルビリーヴ以外の人気馬は主に後ろにつけていた。

 2番手を走るミリオネアの斜め横には9番人気トランクプリンセスが、さらに横には16番人気トランクビートがいて、まるで私をマークしているかのようだった。

 地方馬の12番人気ハリアライジンは少し出遅れて後方からの競馬となったが、包まれる前に少しずつ上がっていき、中段の位置につけた。

「よし、折り合いもピッタリだ。この調子で頼んだぞ、弥富!」

 稚内平先生はいつものとおり腕組みをしながら私を見つめていた。

 向こう正面を過ぎ、3コーナーまで来ても、各馬の配列はあまり変わらず、先頭はユーウィルビリーヴ。2馬身程遅れて2番手にミリオネアがつけていた。

『ゼッケン14にご注目ください。コバノリッキーは中段より後方にいます。ここからいつ仕掛けるのか?』

『トランクトニージャがすぐ後ろでマーク。引退の花道を飾れるか?』

 解説をしているアナウンサーのコメントは後ろの方にいる馬に集中し、カメラも後方中心の状態が続いていた。

 コバノニッキーのすぐ前にはハリアライジンがおり、鞍上の鹿原しかはら騎手はペース配分に気を配りながら馬を走らせていた。

 3コーナー。ユーウィルビリーヴはさらにペースを上げたのか、自分との差がさらに広がり始めた。

(どうやらエリザベス女王杯の時のユーアーゼアみたいな作戦に打って出たようね。もしかしたら逃げ切られるかもしれないけれど、ついていってはだめよ。)

 私はミリオネアに我慢するように指示を出した。

 それから間もなく、ミリオネアのすぐ後ろにいたトランクプリンセスとトランクビートが仕掛け出したのか、私の横をスルスルと抜け出していった。

 それにつられたのか、ミリオネアもペースを上げ始めた。

(ちょ、ちょっと!バテたらどうするのよ!)

 私はとっさに手綱を引き、抑えようとした。

 だが、ミリオネアは『一か八か行かせてくれ!これしか方法はないんだ!』とでも言っているのか、ペースを落とそうとはしなかった。

(…仕方ないわね。まあ人気馬だったら抑えていたでしょうけれど、この馬は15番人気。しかもプリンセスとビートはそれぞれ9、16番人気だから、あまり気にすることもない。だったら、行きなさい!行けるところまでいくのよ!)

 私は素早く開き直り、手綱をしごき始めた。

『先頭はユーウィルビリーヴ。ここからさらに加速するのか?』

『コバノニッキー、外に持ち出した。トランクトニージャも外に出た。ハリアライジンは内につけたまま上がっていく。トランクメルボルンはまだ動かない。』

『各馬は4コーナーを回っていく。ユーウィルビリーヴ逃げる逃げる!後続の馬も仕掛けてきた。』

『さあ、いよいよ最後の直線だ。GⅠの栄冠に輝くのはどの馬だ!』

 アナウンサーの声に続いて、場内からはいよいよ大声援が響き渡ってきた。

(行けえミリオネア!頑張って!)

 私は直線に入る前にムチを入れ、約600mのロングスパートに入った。

「仕掛けが早過ぎる。多分直線半ばでバテるだろうな。まあ、玉砕覚悟でこうしているんだろうが…。」

 腕組みをしたままの稚内先生は、さらに厳しい表情をしていた。

(バテたっていい!行けるところまで頑張りなさい!前にはユーウィルビリーヴもいるし、後ろからはコバノニッキー、トランクトニージャ、トランクメルボルンもいる。これらの有力馬全てに先着できるとは思っていないけれど、とにかく頑張って!)

 私はミリオネアがいつバテるのか気になりながらも、スパートを続けた。

 すると次の瞬間、思いもしないことが目の前で起こった。

 何とユーウィルビリーヴとの差がみるみる縮まり始めた。どうやら直線半ばでバテたようだ。

 さらには、トランクプリンセスとトランクビートも後ろに下がり始め、脱落しそうな状態だった。

 一方のミリオネアはまだスピードが落ちていない。このまま行けば、少なくともこの3頭には先着できるだろう。

 残り400m。すでにトランクプリンセスとトランクビートは私の視界から消えており、ユーウィルビリーヴも難なく交わすことができた。

 この時点で先頭に立ったのは何とミリオネアだった。

(私が先頭?しかもクビの危機に立たされている私がこんなGⅠの大舞台で?)

 私は前に誰もいない光景に驚きを隠せなかった。

 無理もない。こんなことは今まで想像すらできなかったのだから。

 だが、そんな至福の時間はわずかしか続かなかった。

 残り300m手前で内から1頭の馬が横に並びかけてきた。

(どの馬かしら?でもどの馬であろうと簡単には抜かせないわ。)

 私はこのまま交わされることを覚悟しながらも、ミリオネアの勝負根性を信じることにした。

(お願い!ここまで来たら最後まで頑張って!どうかバテないで!)

 私は祈る気持ちでムチを振るいながら、残り200mのハロン棒を通過した。

『ユーウィルビリーヴはすでにいっぱい。先頭は何と人気薄のミリオネアとハリアライジン!2頭並んでいる!』

『コバノニッキーはどうした!?大外のまま上がってこない!』

『トランクトニージャも伸びあぐねている!』

『先頭はミリオネアとハリアライジン!』

『ハリアライジン交わした!ミリオネア厳しいか!?』

『残り100m!ハリアライジン先頭!鹿原頑張れ!地方馬のGⅠ制覇は目の前だ!』

『コバノニッキー伸びてきた!ここから届くのか!前にはトランクメルボルン!』

『ハリアライジン先頭!しかしミリオネアが再度並びかける!』

『コバノニッキー、トランクトニージャ!まだ6、7番手!これはもう無理か!?』

『ハリアライジン、ミリオネア!』

『ハリアライジンかミリオネアか?2頭並んでゴールイーーーン!!』

『何と人気薄の2頭!これは大波乱だーーっ!3着にはトランクメルボルン。コバノニッキー惨敗!トランクトニージャもラストランを飾れずーーっ!!』

 アナウンサーは悲鳴にも似たような大声で叫んでいた。

 さらには会場にいた観客達も目の前で起きた出来事が信じられないのか、絶叫しながら悔しがっていた。

 私はミリオネアがいつバテて下がっていくかということばかりが気になっていただけに、ここまで粘ってくれたことが信じられなかった。

 はっきり言って、嬉しい誤算どころではなく、嬉し過ぎる誤算だった。

 しかし次の瞬間、(果たしてどうなったのかしら?)と思うと同時に、両手がわなわなと震え出し、顔が青ざめていった。

「先生、どうなったんでしょうか?」

「分からん。間違いなく写真判定だろう。」

 フリンダースさんと稚内先生はゴールの瞬間こそ、ミリオネアの思わぬ好走を喜んでいたが、今は不安げにターフビジョンを見つめていた。

 まるで早くリプレイが出てくれと言わんばかりだった。

 そしてしばらくしてから、いよいよゴールシーンのリプレー映像が映し出された。

 ハリアライジンとミリオネア。鹿原騎手と私。勝ったのは…。


 名前の由来コーナー その17


鹿原しかはら… フレデリック・スカーレット先生から寄せられた名前です。先生の要望の通り、ハリアライジンに乗る騎手として登場させました。


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