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夜明さん、幸せに

 1月末。この週は繁殖牝馬のセリ市が行われた。

 そこには昨年の秋華賞馬であり、エリザベス女王杯で引退したドーンフラワーも参加していた。

 周囲の人々はこの馬にいくらの値段がつくかという話題であふれ、かなりの注目をあびていた。

 私はその様子を見にいったわけではないけれど、夜明 夕さんが所有していたその馬が少しでも高い値段で売れるように願っていた。


 それから1週間くらいが過ぎたある日。私はミリオネアや、ケガがいえて栗東に戻ってきたドラゴンポンドの調教をしていた。

 調教が終わった後、寮の自分の部屋に戻ろうとすると、ふと後ろの方から

「あっ、弥富さん。ちょうど良かった。」

 と言う声がした。

「はい。何でしょうか?」

 私は振り返り、声のした方を見た。そこにいたのは赤嶺安九伊君だった。

「君あてに手紙が届いていますよ。」

「えっ?私に?」

「はい。夜明さんからです。」

 赤嶺君はそう言いながら封筒を差し出してくれた。

「ありがとうございます。部屋に行ったら早速読んでみます。」

 私はそう言いながら封筒を受け取り、おじぎをした。


 部屋に入って腰を下ろすと、早速封筒を開け、中に入っている紙を取り出した。

 そこには夜明さんの直筆の字で、次のように書かれていた。



 弥富 伊予子様、お元気ですか?

 これまでドーンフラワーを通じて色々とお世話になり、本当にありがとうございました。

 私は先日、ドーンフラワーのセリ市に行ってきました。

 当初、自分はただ見ているだけで、どういう値段でも喜んで売るつもりでしたが、いざ始まってみると気が遠くなりそうな程緊張しました。

 しばらく声がかからなくなった時には自分で声をかけ、値段を吊り上げようとさえ思いました。

 しかしその後、再び声がかかり、自分の納得できる値段まで上がったため、その後は安心して見ることができました。

 私としては1億円に届けば夢のようなことだと考えていましたが、最終的にはそれを上回る1億1千万円での落札が決まりました。

 私はセリの後、その落札者に会うことができました。

 そして「どうかこの馬を幸せにしてください。よろしくお願いします。」と、握手をしながらその人にお願いをしてきました。

 その方は大手の牧場のオーナーで、とても馬を大切にしてくれることで評判の人、「分かりました。必ず幸せにします。」というお言葉をいただくことができました。

 私はこの方なら安心してお任せできると思い、直接ドーンフラワーを引き渡してきました。

 ドーンフラワーが馬運車で運ばれていく姿を見送る時には、まるで結婚式で娘を送り出すような気持ちになりました。

 私達家族は落札金が手に入り次第、田舎の土地を購入し、そこに家を建てて、農業で自給自足の生活をしながらゆっくりと過ごそうと思います。

 そして息子が刑期を終えて塀から出てきたら、その場所で一緒に暮らしたいです。

 長くなりましたが、一時は死のうとまで思った私達を救ってくださったあなた様や網走譲騎手、相生厩舎の皆様には本当に感謝をしております。

 この恩は一生忘れません。

 私達はあなた様のさらなる活躍を、これから住むことになる場所から見守りたいと思います。

 多忙な職業だとは思いますが、もしも時間ができた時にはぜひ私達のところに来ていただきたいと思います。

 私達は自分の農地で取れた作物でおいしい料理を作り、精一杯のおもてなしをしたいと思います。

 これから競馬を通じてお会いすることはありませんが、今後ともよろしくお願いします。

 夜明 夕



 私は読み終わるとすぐに紙とシャープペンシルを取り出し、返事を書くことにした。

 忙しい合間にやらなければならなかったため、あまり時間がなく、短い内容になってしまったが、それでも気持ちが伝わればと私は思った。

 書き終わるとその紙を封筒に入れ、切手を貼って郵送することにした。


 手紙を投函して戻ってくると、私は稚内 平先生から呼び出され、稚内厩舎に行くことになった。

 稚内先生は私に会うと、すぐに本題に入った。

「弥富さん。フリンダースさんからの依頼なんだが、今度ミリオネアをフェブラリーS(GⅠ、東京、ダート1600m)に出そうと思う。」

「えっ?フェブラリーSですか?」

「そうだ。実力的に厳しいかもしれないが、出走にこぎつけられればぜひ君に騎乗を依頼しようと思う。騎乗してくれるか?」

「は、はい!もちろんです!よろしくお願いします!」

「分かった。では僕は今からフリンダースさんにこのことを伝えようと思う。頼んだぞ。」

「はいっ!」

 私は喜んで依頼を承諾した。


 部屋に戻ると、私はミリオネアのダートでの実績について調べた。

 この馬は父がタマモクロス。

 タマモクロス産駒はダートよりも芝での実績が目立つため、フェブラリーSが果たして合っているのかは疑問だった。

 だが、3歳1月にデビューしてから4戦はダートを走っており、13着、10着、4着、1着という成績だった。

 ダートで勝ったのはその未勝利戦の1回だけだったが、去年1月に行われたガーネットS(GⅢ、中山、ダート1200m)で、人気薄で2着に激走した実績があった。

 とは言え、稼いだ賞金は圧倒的に芝の方が多く、15戦4勝、2着3回。重賞は新潟大賞典(GⅢ)優勝、小倉大賞典(GⅢ)2着、ダービー卿チャレンジトロフィー(GⅢ)2着という実績があった。

 一方のダートでは7回走って1着は1回、2着1回(上記の2レース)以外は連に絡めずにいた。

(うーーん…、何度考えても厳しい勝負になりそうね。相手を見れば京都記念(GⅡ、京都、芝2200m)の方が勝てそうな気はするけれど…。もしかしたら単にGⅠだから出走しようとしたのかしら?フリンダースさん…。)

 私は顔をしかめながら、何とかいい作戦を立てられないか考え続けた。


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