あきらめない
年が明け、世間では東西の金杯の特集や今年の注目馬に関する特集が組まれた。
その中でも私は一切正月気分に浸ることなく、自分を売り込んだ。
しかし年明け最初の日、私は騎乗にありつけたのは、京都金杯と最終レースの4歳以上1000万下だけだった。
(これしか騎乗できなかった。でも騎乗にありつけた。この2レースで結果を出し、この状況を打開してやるわ!)
京都競馬場に向かう私は、そう思いながら自分を奮い立たせた。
金杯当日。1枠1番になったミリオネアは、単勝11.6倍となり、10頭立ての5番人気だった。
「弥富さんはこのレース、どのような作戦で行くつもりですか?」
稚内先生は自分で作戦を考えながらも、私の考えについて問いかけてきた。
「最初から飛ばしてはバテてしまうと思うので、最初は中段辺りに控えようと思います。そして3コーナーから4コーナーの間のゆるいカーブの間に馬群を割って前に出ていければと思っています。」
「そうか。1枠だからどうしても包まれてしまうとは思うが、その点は大丈夫か?」
「包まれるのは覚悟の上です。でもどこかで間は空くと思うので、その一瞬を見逃さずに行ければ勝機はあります。あとは展開がうまくはまってくれればと思っています。」
「分かった。僕は先行策を考えていたが、君のやり方を信じることにしよう。がんばってきてほしい。」
「はいっ!」
私は元気良く返事をして、京都金杯へと向かっていった。
ミリオネアのスタートはまずまずで、他に出遅れた馬はおらず、各馬は横一線の状態でレースが始まった。
私自身は作戦通り中段待機を選択する中、まず逃げに打って出たのは8番のライスブルボン(3番人気、赤嶺安九伊君騎乗)で、先頭に立つと今度は内に食い込んできた。
1番人気の5番トランクハテンコウ(網走譲騎手騎乗)は後方待機を選択し、追い込みにかける作戦に出た。
6番人気の2番レコードブレーカー(逗子一弥騎手騎乗)は前に出ると内に入り、まるで私とミリオネアの前に立ちはだかるようにして、4番手につけた(私は6番手)。
「うむ。展開としては悪くないな。予想通りだ。」
稚内先生は腕組みをしながら、私とミリオネアをじっと見つめていた。
向こう正面を走っている間、ミリオネアは前に行きたがる素振りを見せてきた。
(うーーん。どうしようかしらね。ここで行かせたら最後に失速してしまいそうな気がするけれど…。)
私は抑えようか、前に行かせようか、一瞬迷った。
すると、すぐ前のレコードブレーカーが少しスピードを落とし始めたのか、私との間隔がせばまってきた。
それを見て私は迷いを吹っ切り、(さあ、行きなさい!)と言い聞かせた。
ミリオネアはスピードを上げてレコードブレーカーの横に並ぶと、3コーナー手前で追い抜き、4番手に上がった。
「おっ!?ちょっと早めに前に出てきたな。あとはスタミナだな。」
稚内先生は少し意外そうな表情をしながら、目を大きく見開いた。
3コーナーを過ぎる頃にはミリオネアは3番手にまで上がり、先頭のライスブルボンを視界に捉えてきた。
(ミリオネア!ここまではあんたの走りたいようにやってきたけれど、ここからは抑えなさい!でないと最後に失速するだけよ!)
私は下り坂を走り切ると、馬にそう言い聞かせながら手綱を引き、抑えるように指示を出した。
ミリオネアは忠告を受け入れてくれたようで、これ以上前に行こうとはしなくなった。
(うーーん、抑えてくれたのはいいけれど、ちょっとスタミナをロスしたかしらね。ただでさえ5番人気だから、ベストな騎乗をしない限り勝てないでしょうし…。)
そう思いながら4コーナーに差し掛かると、一度は交わしたはずのレコードブレーカーが再び並びかけてきた。
見た感じ、レコードブレーカーはいい手応えで走っており、十分に上位を狙えそうな勢いだった。
(どうやらさっき下がっていったのは、一息つくためだったようね。こちらはさっきこの馬を追い抜いた影響でスタミナが最後まで持つかどうか心配なだけに、厄介な相手になってしまったわね…。)
結果論とは言え、私はミリオネアの行きたいように走らせてレコードブレーカーを追い抜いたことを後悔していた。
そして最後の直線。ミリオネアは4~5番手辺りからの末脚に賭けることになった。
先頭は相変わらずライスブルボン。これまでずっと先頭を走っているにもかかわらず、脚色は良さそうだった。
レコードブレーカーも展開によっては十分に先頭に立てる脚色を見せていた。
(悔しいけれど、これでは1着は厳しそうね。とにかく少しでも上の順位を目指すしかないわね。)
こんなこと言っては失礼だけれど、内回りとの合流地点を過ぎた辺りで、私は半分勝負をあきらめてしまった。
(そう言えば、1番人気のトランクハテンコウはどうしているのかしら?後方待機を選択したっきり全然見かけないけれど…。)
そう思いながら、私は懸命にミリオネアを走らせた。
先頭はまだライスブルボン。その後ろを懸命にレコードブレーカーが追い続けていた。
残り150m。ミリオネアはとうとうスタミナを使い切ってしまい、ズルズルと後退を開始してしまった。
それとほぼ同時にトランクハテンコウに交わされ、私は決着の瞬間を後方から眺めるハメになってしまった。
レースはゴール前50mまでライスブルボンが先頭だったが、それをレコードブレーカーが交わして先頭に立った。
これで勝負ありかと思われた次の瞬間、外からトランクハテンコウが猛然と襲い掛かり、並んでゴールインをしていった。
それから約1.5秒後、ミリオネアはヨタヨタとした足取りで、9着でゴールインをした。(ライスブルボンは4着。)
結果は写真判定の末にトランクハテンコウが勝ち、重賞初勝利を飾ることができた。
「あ~、良かった…。長かったぞ、ここまで…。」
トランクハテンコウの馬主さんは、少しは喜んでいたものの、どちらかというと体の力が抜けたような感じだった。
というのも、この馬は1億5千万で競り落とした良血馬で、このレースを勝ってもまだその金額に届いていない状態だったからだ。
一方、2着に敗れたレコードブレーカーも良血馬で、馬主さんは本気でGⅠタイトルを狙っていただけに、GⅢでもがいている愛馬の姿をもどかしげに見つめていた。
レース終了後、私は稚内先生にミリオネアについて話した。
「まあ、反省すべき点は分かっているようだな。とにかく、君は最終レースでクリスタルリングに乗る予定だから、気持ちを切り替えてほしい。」
先生はこの後の予定も踏まえた上で、そうアドバイスしてくれた。
「はい。頑張ります。」
私は重賞で惨敗してしまった悔しさを押し殺しながら検量に向かっていった。
その後、最終レースに出走したクリスタルリングは8着に終わった。
レース中、クリスタルリングはミリオネア同様、途中で前に行きたがる素振りを見せたが、今度は行かせずにじっと待機を選択した。
しかし結果的に前にいた馬達が上位をほぼ独占したため、またも作戦は失敗に終わってしまった。
どうもチグハグな状況が続いているけれど、これも積極的に物事に取り組んだ結果。私はあきらめずに努力を続け、チャンスをもらえたらそれに応えるだけです。
でもチャンスはいつまででも続くわけではない。
3月にはまた新しい騎手が入ってくるため、結果の出せない騎手は押し出され、引退を迫られることになる。
そんなことにはなりたくない。とにかくあきらめたくない。
私は危機感の中で、必死に自分を奮い立たせた。
トランクハテンコウとレコードブレーカーの名前の由来は、「スペースバイウェイ号物語」の第28話「後輩達の運命」に書いてあるので、ここでは省略します。