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ありがとう、ドーンフラワー(後編)

 レースがスタートすると、ベニー・ベラクア騎手騎乗の9番ユーアーゼアがいきなり飛び出し、秋華賞同様の逃げに打って出た。

 前走はその意外な作戦に驚いた人達は、今度は驚かず、場内からどよめきは起こらなかった。

 その後ろには13番ユーウィルビリーヴつけ、14番ドーンフラワーはマークするようにすぐ後ろを追走した。

 12番ネバーゴナミスユーと5番トランクプリンセスは中段につけた。

 正面スタンド前を通過していく18頭に向けて、スタンドのお客さん達は大きな声援を送った。

 先頭のユーアーゼアは1コーナーに差し掛かる頃にはユーウィルビリーヴに3馬身もの差をつけており、内に入り込んでコーナーに入っていった。

 先頭は敢然とユーアーゼア。前走は逃げながらスローペースに持ち込んでいたが、今度はハイペースだった。

 私にとっては、何だか暴走しているように見えた。

 最初は冷静だったお客さん達もだんだんざわめくようになり、場内は騒然としてきた。

(ベニー騎手、これは作戦なの?一体何を考えているの?)

 私も驚きながらユーアーゼアを見た。

 一方のドーンフラワーは4番手につけていて、前には人気薄のゴールデンコンパスがいた。

 ユーウィルビリーヴは2番手。ネバーゴナミスユーとトランクプリンセスは相変わらず中段、1年前の栄光を取り戻したいトランクビートは後方だった。

 向こう正面ではユーアーゼアとユーウィルビリーヴの差は5馬身まで開いており、大逃げに近い状況になってきた。

(私だったらこんな時どういう作戦を取るんだろう。今こうやって見ているだけでも迷ってしまうのに、騎乗なんかしていたら混乱するばかりだったかも…。)

 私はドーンフラワーに乗っている網走譲騎手が何を考えているのか気になって仕方なかった。

(とにかく、無事に完走だけはして。元気な姿で夜明さんのところに戻ってきて。)

 レースを見つめているうちに、私はドーンフラワーが万が一にも故障したりしないか心配になってきた。

 もちろん勝負の真っ只中でこんなことを考えてはいけないけれど、それでも勝負は二の次になっている状況だった。

(もしこのレースに騎乗していたら…。私はドーンフラワーを目一杯走らせることはできそうにない…。負けてもラストランだからという言い訳ができてしまうし、GⅠ馬だから、もう十分という気持ちにもなってしまうし…。)

 やっぱり私はこのレースで騎乗しなくて良かった…。

 31勝して、GⅠの騎乗資格だけはできたけれど、こんな気持ちでは騎手としては失格だ…。

 気付いたら私はレースを見ながら、自分で自分を責めていた。


 3コーナー。先頭はユーアーゼア。リードは相変わらず4~5馬身。2番手ユーウィルビリーヴ、ドーンフラワーは4番手。

 トランクプリンセスは中段から少しずつポジションを上げ始め、ネバーゴナミスユーは中段よりやや後方になった。

 4コーナー。ユーウィルビリーヴはすでにスパートを開始しており、ゴールデンコンパス、ドーンフラワーも続いてスパートをした。

 後続の馬達も懸命に後を追い、勝負の行方は全く分からなくなった。


 最後の直線。あれだけ逃げたにも関わらず、ユーアーゼアの脚色はまだ鈍らない。

(もしかしたらこのまま逃げ切ってしまう?いや、絶対にバテる。きっと秋華賞のようにドーンフラワーが最後に交わして優勝してくれる。)

 私は再びドーンフラワーの優勝を信じるようになり、手を合わせて応援した。

 先頭はまだユーアーゼア。ドーンフラワーとの差はなかなか縮まらない。

 その一方で、ユーウィルビリーヴの脚色はどんどん鈍っていき、ユーアーゼアとの差がみるみる開いていった。

 後方からはネバーゴナミスユーがぐんぐん伸びてきた。トランクプリンセスも伸びてはいるものの、果たして届くかどうかという状況だった。

 後方にいたトランクビートは全く伸びず、1年前の栄光は、もうどこにも見られなかった。

 あと100m。ユーアーゼアとドーンフラワーの差は縮まってきてはいるものの、残りの距離はみるみる短くなっていった。

(このままじゃ届かないわね。ユーアーゼアが失速してくれない限りは…。それに後ろからネバーゴナミスユーも来ている。交わされないかしら?)

 私はドーンフラワーが果たして何着になるか気になって仕方なかった。

 ユーアーゼアはリードこそ縮まったものの、失速することはなく、1馬身半差を残して最後まで逃げ切ってしまった。

 ドーンフラワーは追いつくどころか後ろからきたネバーゴナミスユーにも交わされてしまい、3着となった。

 結局古馬は誰も3歳の3強を崩すことができず、3頭の強さだけが際立つことになってしまった。

 人気の一角ユーウィルビリーヴは直線で失速して13着。ゴールデンコンパスもつられるようにして12着。

 トランクプリンセスは追い込みもむなしく6着、トランクビートにいたっては何と16着に敗れてしまった。

(それにしてもユーアーゼア、何て強さなの。あんな走り方されたら、他の馬はなす術がない。網走さんでもお手上げだわ。フィリーズレビュー1着、桜花賞2着、オークス1着、秋華賞2着。そしてエリザベス女王杯1着。本当に強い馬ね。ドーンフラワーがこれから現役を続けていたとしても、果たして勝てたのかしら。)

 私はこの馬にすっかり圧倒されていた。


 一方、夜明さんはラストランを無事に走り終えたドーンフラワーに寄り添い、何か言葉をかけていた。

 恐らく「今までありがとう。あんたのことは一生忘れないからね。」と言っているのだろう。

(本当に良かったね、夜明さん。これから幸せに過ごしてね。そしてドーンフラワー、これから夜明さんとは別々の道を歩んでいくことになるけれど、どうか元気に過ごしてね。)

 私は少し離れたところから、祝福の言葉を送った。


 最終レース終了後、京都競馬場ではドーンフラワーの引退式が行われた。

 夜明さんと相生先生に連れられ、網走譲騎手を乗せたドーンフラワーは、秋華賞を勝った時のゼッケン17をつけて登場した。

 そして秋華賞のレース映像をバックにしながら、大勢の観客の前で最後の直線をゴールから4コーナーの方向へゆっくりと走っていった。

「お疲れ様!元気でね!」

「いい繁殖牝馬になってくれよ!」

 スタンドのお客さん達は大声で声援を送り、写真を撮っていた。

 馬はその光景に驚いて立ち止まったけれど、網走騎手になだめられてまた再び歩き出した。

 ターフビジョンには勝ったレースの映像の後、新馬戦からエリザベス女王杯までの成績のテロップが出てきた。

 そして全レースが表示された後、一番下には通算成績11戦5勝と表示された。

 鞍上の騎手の欄はほとんどが「網走」だったが、新馬戦とクイーンSのところだけは「弥富」という名前が出ていた。

(私も、この馬のために一役買っていたんだなあ…。緊張もしたし、大変な思いをしたけれど、私に初めての重賞タイトルをもたらしてくれた。本当にありがとう。)

 私は引退式が終わるまで、ドーンフラワーと夜明さん、そして相生先生と網走騎手の姿をしっかりとこの目に焼き付け続けた。



 私はドーンフラワーにはたった2戦しか騎乗できず、GⅠには全く乗っていないため、ファンの人達の記憶にはあまり残らなかったかもしれません。

 でも、初めての重賞タイトルだけでなく、これまで想像すらできずにいたGⅠ騎乗のイメージを私に授けてくれました。

 私はまだまだGⅠレースでの実力不足を露呈する結果にはなってしまいましたが、それでも課題が見つかっただけでも大きな収穫でした。


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