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自由という暗闇

 3月。この週から新人騎手がデビューした。

 調教師や馬主の人達は

「ここは新人君の実力を拝見することにしよう。」

「この新人は何か大きなことをやってくれそうね。彼に賭けてみようかしら。」

 と言って、次々と彼らに騎乗依頼をしていった。

 一方で減量特典がなくなり、フリーの身になってしまった私は、次第に稚内厩舎の馬でさえも新人騎手に依頼を取られるようになってしまった。

 結局、3月最初の週は土日とも騎乗依頼が得られず、私は栗東トレセンで留守番をしながら新人騎手のデビューを見届けることになってしまった。

(あ~あ…。私こんなところで何をやっているのかしら…。これじゃペーパードライバーならぬペーパージョッキーね。)

 私は「自由」な時間の中で、心にぽっかりと空いた穴と闘い続けた。


 この週、初勝利を挙げた騎手は関西、関東ともに誰もいなかった。

 しかし、調教師や馬主の人達は彼らを責めるようなことはしなかった。

「まだたったの1週だからな。たった1回で見切るようなことはしない。今後に期待することにしよう。」

「これから我慢して起用していけば、きっと立派な騎手になると思うわ。楽しみね。」

 彼らは私とは対照的に優しい声をかけていた。

(何よもう。先生達は私には負けると色々言ってきたくせに!(※何て言ったのかは後程。)まあでも3年前は私も大目に見てもらっていたわけだし、こんなところでジェラシー燃やしているわけにはいかないけれど。)

 私は相変わらずの「自由」な時間の中で、どうすれば突破口が見つかるのかをじっと考えた。


 翌週、私の騎乗依頼は1度だけだった。それも3歳未勝利戦で15頭立ての最低人気(単勝125倍)という有様だった。

 馬主の人も本気で勝てるとは思っていないのか、私に対しては

「とにかく頑張ってください。」

 と覇気のない声をかけるばかりだった。

「頑張ります。最高の下克上をお見せしますから、待っていてださい。」

 私は精一杯の気合いを見せ、馬主さんに言い切った。

 しかしそのレースは最下位に終わってしまった。

「どうもすみません。勝ちたかったんですけれど…。」

「別に、いいです…。次は別の騎手に頼みます。」

 謝る私に対し、馬主さんは全然悔しくもない表情をしながらそう言い残して去っていった。

 結局、私は騎乗依頼があってもなくても悔しさでいっぱいになってしまった。


 でも、後になって思ったことだけれど、同じ悔しさならまだ騎乗依頼があった方がましだったかもしれない。

 というのも、翌週から依頼がパッタリと止んでしまい、週末の度にトレセンでの留守番が仕事になってしまった。

 最初はどうにか自由を前向きに捉えていた私も、次第にそれが恐怖という暗闇へと変わっていった。

(どうしよう…。このままでは生活もままならない…。かといって、こんなところで引退もしたくないし、こんな状態で実家に帰るわけにもいかない…。せめて一発屋でもいいから一発当ててみたい…。そのためにも、何とか馬に乗りたい…。)

 私は寮の中で、一人ぼっちで考え事をしていた。

 その寂しさを埋めようとインターネットを開き、「弥富伊予子」と入力して検索をしてみた。

 すると、yakoo!の知恵袋のところには

「そう言えば弥富騎手ってどうしているんでしょうね?」という質問と

「確かに見かけないですね。レースに出てこなくなりましたし。」

「そろそろ引退するんじゃないかしらね?多分もう勝てないだろうし。」

「今頃は仕事サボって男でも見つけようとしてるんじゃないの?」

「そのうち『クビを宣告されたジョッキーたち』という番組で取り上げられたりして(笑)。」

 という回答があった。

 私はそれを見るなり、はらわたが煮えくり返るような怒りが込み上げてきた。

(何よもう!一生懸命頑張っているわよ!検索なんかするんじゃなかったわ!こんなこと言っているあんた達なんか自分の名前を検索したって何も出てこないくせに!)

 私は耐え切れない程の悔しさの中でネットを閉じ、テレビを見ることにした。

(※余談ですが彼氏はいません。第一、探していられるような余裕はありません。)


 その後も、騎乗依頼はなかなかもらえなかった。

 私の最後のお手馬だったミラクルシュートでさえも、今週のレースでは赤嶺君に取られてしまい、ついにお手馬がいなくなってしまった。

 それについて父である根室那覇男は

「残念だけれど、とにかく勝たないことにはこの馬を不幸にしてしまう。僕も今回は赤嶺君に期待することにする。」

 と割り切っていた。

 それに対し、私は返す言葉もないまま父の言うことに従うしかなかった。


 阪神競馬場でのレース当日。ミラクルシュートは12頭立ての4番人気だった。

「このレースは芝2000mだが、この馬にはスタミナもある。折り合いさえつけば十分に勝てるはずだ。急な依頼だったが、頑張ってくれよ。」

 稚内先生はレース前にそうアドバイスをした。

「分かりました。急でもテン乗りでも、僕に依頼してくれたことには感謝しています。とにかくベストを尽くしてきます。」

 減量特典がなくなっても騎乗依頼にありつき、結果も残している赤嶺君は自信あり気に答えた。

 レースでは赤嶺君はミラクルシュートを絶好の位置につけ、しっかりと折り合いをつけた。

「うむ、さすがだな。これなら十分に勝負になりそうだ。」

 稚内先生は腕組みをしながら、ニヤリと微笑んだ。

 ミラクルシュートは最後の直線で外に持ち出すと、それまで温存していたスタミナを活かして一気にスパートし、順位を上げていった。

 そしてゴール寸前で先頭に立って、そのまま1着でゴールした。

「やったーーーっ!」

 ゴール板を通過した後の赤嶺君は、白い歯を見せながら嬉しそうな表情で馬のクールダウンをした。

 ウィナーズサークルでは稚内先生、厩務員さん、父、赤嶺君とミラクルシュートが一緒になって写真におさまった。

 その後、父は赤嶺君に向かって

「これからも頼んだぞ。この馬に素敵な未来を見せてくれ。」

 と頼んだそうだ。

「ありがとうございます。期待に応えられるように、これからも精一杯頑張っていきます。」

 彼は新しいお手馬ができたことを喜びながら、そう返事をした。

 馬と父のためにはそれでよかったのかもしれないけれど、私は素直に喜ぶことはできなかった。

 それでも私は自由という暗闇の中で、ただ夜明けが来ることを願うしかなかった。



 あの時の私は、こんな有様でした。

 とにかく失うものばかりで、暗闇の中を一人ぼっちで過ごしているような、そんな感覚でした。

 そんな時に思い出すことは

『また勝てなかったのか!せっかくチャンスを与えてやったのに!』(稚内先生)

『あんた本当に勝つ気あるの?』(ある馬主さん)

『やる気がないならやめちまえ!』(心無い競馬ファン)

『勝負の世界だから、仕方ないんじゃない?』『本当に活躍できる騎手は一握りなんだから。』(両親)

 というような、嫌なことばかりでした。

 かと言って、『いつかチャンスはやって来る。腐らずに努力し続けなさい。その時、あの時あきらめなくて良かった。と実感できるはずだ。』(網走騎手)

 と言われたことを思い出しても、私の心に光は差しませんでした。

 正直、この暗闇が未来永劫続くような、そんな絶望と毎日闘っていました。


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