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秋華賞

 レースは人気を集めたユーアーゼアとドーンフラワーがいきなり飛び出し、先頭を争うという意外な展開になった。

「えーーっっ??何でこの2頭が逃げるんだよおっ!??」

 椋岡先輩はいきなり叫び、他のサークル仲間達も驚きの声をあげた。

(確かに意外ね。この2頭は本来なら差し馬のはずなのに。)

 私は不思議に思いながらも、声には出さず、表情にも出さずにドーンフラワーを見守った。

 1コーナーではユーアーゼアが敢然と先頭に立った。

 ドーンフラワーはユーアーゼアに先をゆずった後、チョウゼツカワイイに交わされて3番手に後退した。

 その後ろにはトランクゾーンが外からつけていて、人気の一角、ネバーゴナミスユーは6番手あたりを走っていた。

 椋岡先輩が賭けているトランクビートは中段につけており、差しに打って出た。

(うーーん、ユーアーゼアが先頭だけれど、ペースとしては遅い感じね。短期免許で来日している鞍上のベニー ベラクア騎手がうまくレースをコントロールしているわ。もしかしたら、後ろから行く馬は厳しいことになりそうね。そう考えると、ドーンフラワーは前につけて正解だったみたいね。)

 私は周囲でまだざわめきが続く中、冷静にレースを分析していた。

 先頭のユーアーゼアが向こう正面までやってくるとようやくざわめきはおさまり、椋岡先輩をはじめとする多くの人達は無言になった。

 先頭は相変わらずユーアーゼア。2番手はチョウゼツカワイイ。

 その後にはドーンフラワー、トランクゾーン、その後2~3頭後ろにネバーゴナミスユーが続いていた。(トランクビートは中段よりやや後ろ。)

 しばらくすると、1000m通過60.3秒というタイムが表示された。

「あれ?思ったよりスローじゃないか!」

 場内にはそのような声がこだまし、少しざわつき始めた。

(ベニー騎手、うまいわね。速いペースと見せかけて実際はスローペースだった。言葉は悪いけれど、うまくだましたわね。恐らく後続の馬達に乗っている騎手も、何人かはだまされているでしょう。ドーンフラワーに乗っている網走さんなら分かっているでしょうけれど。)

 私は画面をみながらニヤッとした。

(ただ、このペース表示が出ていなかったら私もだまされていた。もし私がドーンフラワーに乗っていたら、ユーアーゼアとベニー騎手に一杯食わされて、不利な状況になっていたでしょうね。)

 次の瞬間、私は表情を戻し、3番手を走るドーンフラワーに注目した。

 前方を走っている馬達の順位は変わることなく、レースは3コーナーに差し掛かった。

 まだ仕掛ける馬は誰もおらず、残りの距離だけが減り続ける状況だった。

 場内ではそろそろ歓声が起こり始めた。

「こうなったらユーアーゼア、逃げ切ってくれ!」

 椋岡先輩はモニターに向かって大声で叫んだ。

 4コーナーに来ると、トランクビートを含む、中段から後方の馬はほぼ一斉に仕掛け始めた。

 前方にいた馬はまだ仕掛けている様子はないため、後ろとの差はだんだん詰まってきた。

 場内は次々と騒々しい声がこだまし、GⅠらしい迫力になった。

 すると、それまで冷静だった私の手足は途端に震え始めた。

(GⅠの最後の部分ってこんなに緊張するものなの?こんな舞台で私がもしドーンフラワーに乗っていたら…。)

 恐らく緊張のあまりに手が震え、仕掛けどころを間違えたり、スパートが不十分になって馬の能力を限界まで引き出せなかっただろう。

 この馬の新馬戦の時は、内容は良くなかったけれど馬が自分の力で勝ってくれた。

 クイーンSの時は重賞であることを意識せずにいたから、会心の騎乗ができた。

 でも、これはGⅠ秋華賞…。今の私にはこんなプレッシャー、耐えられない…。

 悔しいけれど、今の私ではドーンフラワーを勝たせることはできない…。

 私が自分の無力さを感じているうちに、レースは最後の直線の攻防になった。

 先頭はユーアーゼア。逃げたにもかかわらず、その脚色は全く鈍らなかった。

 2番手のチョウゼツカワイイはユーアーゼアとの差が少しずつ開く中、ドーンフラワーは懸命に後を追い続けた。

 トランクゾーンは15番人気では荷が重すぎたのか、あえなく後退をしていき、ネバーゴナミスユーに交わされた。

「こらああっ!トランクビート!どうした!?それでも阪神JF優勝馬かああっ!」

 椋岡先輩は怒鳴るような大声を出しながら興奮していた。

 そのトランクビートは最後の直線に入った時には10番手辺りにいて、そこから懸命に伸びてきているところだった。

 先頭はユーアーゼア。ドーンフラワーはチョウゼツカワイイを交わして2番手に上がり、前にはあと1頭を残すのみとなった。

 後ろからはネバーゴナミスユーがチョウゼツカワイイに迫ってきて、このままだと人気3頭で決まりそうな雰囲気になってきた。

(どうやら3着までは大丈夫そうね。でもドーンフラワー。お願いだから1着を取って!夜明さんのために、どうしても勝たなければならないの。)

 私は両手を合わせ、祈るような気持ちでドーンフラワーを見つめた。

 残り150m。先頭はユーアーゼア。脚色はまだ鈍っていない。

 2番手のドーンフラワーは1馬身後ろから懸命に追い、少しずつその差は縮まり始めた。

 ネバーゴナミスユーはちょっと前まで3番手のチョウゼツカワイイを交わす勢いだったが、そのチョウゼツカワイイも粘り、抜かれそうで抜かれなかった。

 残り100m。3番手を争うこの2頭はドーンフラワーからまだ2馬身半後ろにおり、ここからではもう届きそうにない状態だった。

 どうやら優勝はユーアーゼアとドーンフラワー2頭に絞られたようだ。

(ドーン、お願い!網走さん!夜明さん!)

 私は両手を顔に当てながら、ドーンフラワーを懸命に応援した。

 残り50m。ドーンフラワーは最後の力を振り絞って伸びていき、やや脚色が鈍り始めたユーアーゼアとのリードがどんどん縮まっていった。

 勝つのはユーアーゼアか、ドーンフラワーか?

 オークスとの2冠達成か?悲願のGⅠ初制覇か?

 そしていよいよ決着の時がやってきた。

 2頭は並ぶようにしてゴール板を通過していった。


 正直、ゴールの瞬間ではどちらが勝ったのかははっきりと確認できなかった。

 椋岡先輩をはじめとするまわりの人達は騒然となり、リプレイを早く流せという声がこだました。

 全頭がゴール板を通過してしばらくすると、いよいよリプレイ映像が流された。

 そして先に鼻先が決勝線にかかったのは…。


「うおおおぉっ!当てたぞおおぉっ!」

「だああ、ちっくしょう!外したああっ!」

 まわりの人達は喜んだり悔しがったりしながら、一喜一憂していた。

 その中で私の隣にいた椋岡先輩は…。

「うおおおおおっ!全て外したああああっ!」

 彼は持っていた馬券を両手でグシャッと握りしめ、上を向いて雄叫びを上げていた。

 椋岡先輩が賭けていた馬券はユーアーゼアの単勝と、ユーアーゼアからネバーゴナミスユー、チョウゼツカワイイ、トランクビートの馬番連勝複式3点流しだ。

 ということは…。


 ドーンフラワーはユーアーゼアとの壮絶な叩き合いを制して、見事に秋華賞を制覇した。

 私はそれを見て、思わず飛び上がって喜んだ。

(夜明さん…。良かった…。これで幸せに過ごせるね…。)

 私自身、昨日の会話で彼女の姿を見ていただけに、気付いたら私はドーンフラワーの優勝を自分のことのように喜び、ウインズから夜明さんを祝福し続けた。

 レースは1着ドーンフラワー、2着ユーアーゼア(ハナ差)。3着は2馬身2分の1差でネバーゴナミスユー、4着はアタマ差でチョウゼツカワイイ。

 阪神JF馬トランクビートは追い込み途中で失速し、10着。トランクゾーンは11着だった。

 結局秋華賞は人気馬3頭で決まり、全体的に先行した馬達がそのまま最後まで粘りきる形となった。


 表彰式に姿を現した夜明夕さんは人目もはばからずにボロボロに泣きながら表彰台に上った。

 事情を知らない人達にとっては、愛馬が悲願のGⅠ制覇したことで感動の涙を流していると思うだろう。

 しかし、私はこの涙はドーンフラワーが、何もかも失っていた自分にこれから生きていく勇気と希望をくれたことによるものなんだと思った。

 夜明さんが表彰台を降りると、彼女の前には遺影のようなものを持っている一人の男の人が立っていた。

 どうやらその人は相手ご遺族の方なのだろう。

 2人は泣いたまま固く握手を交わし、何か会話をしているようだった。

(そうか…。夜明さん、相手の人と和解できたんだ…。良かった…。これで幸せに過ごせるね。そして、あの遺影の人もきっと天国で喜んでいるよね。そして、夜明夕さんや事故を起こしてしまった息子さんのことも、許してくれるよね。)

 私はもらい泣きしてしまいそうなのをじっと我慢しながら、記念撮影に臨む夜明さんやご遺族の方、網走騎手、相生先生、割出調教助手、そして「秋華賞」と書かれたレイをかけているドーンフラワーに、心からおめでとうと祝福の言葉を送り続けた。



 あの光景は今思い出しても感動的な光景でした。

 私はあの中に加わることはできなかったけれど、それでも自分のことのように嬉しかったです。

 でも、私も早く31勝を挙げてGⅠに騎乗し、あのような感動的な場面に加わりたい。

 私は記念撮影が終わってからそういう思いがより強くなりました。


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