表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/47

土日で11レース騎乗

 札幌記念が行われる週末、私は札幌競馬場で土日合わせて11レースも騎乗することができた。

 全体の約半数なので一流騎手と比べれば少ないけれど、それでも私にとっては新記録だった。

(やっぱりクイーンSを勝ったのは大きかったわね。でもこれは一時的なもの。長く続くはずはないから、ここで好成績を収めなければ。)

 私は一切浮かれることはなく、そしてこれまで経験したことのない忙しさの中で、懸命にベストを尽くした。

 ただ、その意気込みとは裏腹に、土曜日は勝利どころか3歳未勝利戦での5着が最高順位だった。

 もっとも今週はここで重賞 (しかもGⅡ)が行われるだけに、一流騎手の人達が大勢集結していたこともあってか、日曜日も好成績を収めることができず、関係者の人達の見る目は段々厳しくなっていった。

(まずいわね。残すは札幌記念だけなのにここまで5着1回だけでは…。これでは来週から依頼がかなり減ってしまう。何とか最後で結果を出さないと。)

 8レースの騎乗を終えた私は、焦りを感じながらメインの11レースまでの時間を過ごした。


 そしていよいよ札幌記念のパドックの時間になった。

 レースは14頭立てで、人気は3枠3番トランクトニージャ、4枠6番トランクメルボルン、1枠2番ライスブルボンの順になっていた。

 7枠11番ミリオネアは今日の午前の時点では4番人気だったが、現在は5番人気だった。

 しかも6番人気の馬との差も段々縮まっており、このままでは締め切りまでに逆転されてしまいそうな状況だった。

(私が結果を残せていないせいでファンの人達も見放してきたみたいね。でもやってやるわ。私を信じて買ってくれた人達はいるわけだから。)

 私は雲行きが怪しくなる状況の中で、懸命にモチベーションを高め続けた。

 ちなみに人気は締め切り直前で逆転され、最終的に6番人気になった。


 レースがスタートすると、ミリオネアは出遅れることもなく、まずまずのスタートを切ることができた。

(よし!まずは良かったわ。2000mのレースだからスタートしてからの直線も長いし、1コーナーまでは馬場のいいところを走っていくわよ。その間に少しでもいいポジションを取りなさい!そしてコーナーでは内にもぐるのよ!)

 私はスタートから1コーナーまでの約350mの直線を走りながら、ミリオネアに色々指示を出した。

 しかしライスブルボン、トランクトニージャ、トランクメルボルンを含む多くの馬が横一線のまま直線を走り、コーナーに入っていったため、内に入ることができなかった。

 結局私は外を走り続けたことがあだとなり、せっかく先行したのにコーナーで段々後退をしていくことになってしまった。

(くっ…。これは計算違いね。札幌競馬場はコーナーが長くて直線部分が短いから、何とかして距離のロスを最小限にとどめたかったけれど…。)

 私は顔をしかめながらコーナーを回り切った。

 向こう正面では内ラチ沿いを走っていたトランクメルボルン、トランクトニージャ、ライスブルボンがかなり先の方まで行っていた。その一方で、ミリオネアは中段よりやや後方の位置まで下がってしまった。

「Oh, No. 最初はグッドだったのに、これはモッタイナイ…。」

「しかも有力馬は前の位置につけているし、この展開は厳しいな。」

「最後の直線、追い込めるでしょうか…。」

「この短い直線でできればいいのだが…。」

 フリンダースさんと稚内先生は一緒に腕組みをしながら私を見つめていた。

 すでに内には多くの馬達が固まって走っており、入り込む余地はない状態だった。

(こうなっては仕方がない。距離のロスはさらに大きくなるけれど、一か八か馬場のいい外を走って追い込むしかない。)

 私は判断の難しい状況の中、とっさにその作戦を思いついた。

 3コーナーの途中まで来ると、私はこのまま外を走り続けるように指示を出しながらスパートを開始した。

 4コーナーを回り切る頃には、有力馬3頭はすでに直線で激しい先頭争いを繰り広げていた。

「Oh, Dear. これではもう1着は無理でしょうか。」

「…かもしれんな。だが、最後まであきらめるな、弥富。」

 フリンダースさんと稚内先生はまだ腕組みをしたまま、厳しい表情をしていた。

 そんな中、私は懸命にムチを振るい続けた。

 その甲斐もあってか、ミリオネアは少しずつ順位を上げていった。

 ただ、トランクトニージャ、トランクメルボルン、ライスブルボンはもうゴール寸前まで達しており、馬券に絡むことはもう不可能な状態だった。

 私はせめて5着以内に入ることができればと思いながら、ゴールまで懸命にスパートを続けた。


 結局、ミリオネアは7着まで上がるのが精一杯だった。

 レースは1着がトランクトニージャ、2着がトランクメルボルン、3着がライスブルボンとなり、1番人気から3番人気までの馬がそのままの順番でゴールした。

 そのため、配当は非常に堅くおさまることになった。

 馬券を当てた多くの人達は喜びながらも、この後発表される配当の低さにガクッとするハメになり、穴党の人達は「こんなガチガチの馬券は買えるか!」と言わんばかりに悔しがっていた。


「フリンダースさん、勝てなくてすみません。」

「気にしなくていいです。初めての騎乗でしたし。でも君には期待していますから、ガンバッテ。」

「はい、がんばります。」

 負けても明るい表情のフリンダースさんを見て、私は元気をもらうことができた。

 しかし稚内先生は厳しい表情のまま

「まあ、枠順を言い訳にはしたくないのだが、今回は内枠に入った馬が完全に有利な展開だったな。ついていない一面もあったが、外枠なりにもうひと工夫ほしかったな。」

 と言ってきた。

「はい。最初の直線で馬場のいいところにこだわりすぎました。もう少し押さえて内にもぐりこめばコーナーでの距離のロスを少なくできましたが…。」

 私は悔しさを懸命に押し殺しながら、こう言うのが精一杯だった。

(結局土日で11レースも乗せてもらいながら、3歳未勝利戦5着での2万円ちょっとしか稼げなかった…。せっかくもらったチャンスを生かせなかった。来週からどうなるのかしら?また1日2レース程度になってしまうのかしら…。)

 私は先週の感動から一転して、今度はうつむきながら札幌競馬場を後にしていった。



 この時は結果らしい結果を残すこともできずに終わり、悔しさばかりを感じていました。

 しかしこれでも引退危機に陥っていた1年前の7月までと比べればずっとマシな方でした。

 もう騎乗にありつけないかもしれないという状況から、重賞を制覇して翌週も重賞に騎乗し、さらに来週からも1日2レース程度乗れるという状況に変わったのですから、もしこの時の私をその1年前の私が見ていたら「贅沢言うな」と言っていたかもしれません。

 とにかく1週間結果を出せなかっただけで必要以上に不安がるのはやめようと、後になって思いました。


 名前の由来コーナー その13


・トランクトニージャ(Trunk Tony Jaa)(オス)… 「トランク」は冠名、「トニージャ」はタイのアクション俳優「トニー・ジャー」から取りました。以前ブルース・リーから「トランクブルースリ」という名前をつけたことに対抗して、今度はこの名前を付けました。(トランクブルースリは「スペースバイウェイ号物語」に登場しています。)


・トランクメルボルン(Trunk Melbourne)(オス)… 「トランク」は冠名、「メルボルン」はかつて僕が留学のために住んでいたオーストラリアのメルボルンに由来しています。


・ライスブルボン(Rice Bourbon)(オス)… 「ライス」は競走馬「ライスシャワー」、「ブルボン」は「ミホノブルボン」から取りました。早苗ラブ先生の競馬作品を読んでいて、懐かしの名馬の名前が登場したため、参考にさせていただきました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ