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メールと手紙

 GⅢクイーンSを勝った後、検量を終えて自由の身になった私は、早速携帯電話でメールをチェックした。

 すると、すでにいくつものメールが届いていた。

 私は早速受信メールを開き、内容を確認した。


「伊予子、やったな!おめでとう!1年前のあの状況からよくここまで這い上がってきたな!えらいぞ!」(根室那覇男)

※父は午前中に札幌競馬場を後にし、別の仕事に行っていました。そのため、ザビッグディッパーの写真を撮った後は直接会っていません。


「弥富さんGreat!網走騎手の代役を見事に果たしましたね!すごいものを見せてもらいました。感動しました!馬券は弥富さんに乗り替わったことを知ってから別の馬に切り替えて、大外ししましたが(爆)。」(椋岡先輩)


「伊予子!快挙おめでとう!私はテレビ見ていなかったからすぐに気がつきませんでしたが、近所の人から教えてもらいました。今回は録画をしていませんでしたが、今度から重賞に出る時にはかならず予約をして、快挙を見逃さないようにしておきますね。」(母)


 他にも、学生時代の友達からも祝福のメッセージが届いていた。

 それを見て、私は今まであきらめなくて良かったと何度も思った。

 そして空港に向かう電車の中で、一通一通返事を出していった。

 なお、小野浦熱汰君からのメッセージは来なかった。

(後で知ったことですが、彼はこの日、ナゴヤドームでコンサートのアルバイトをしていたため、夜遅くまで気が付かなかったそうです。)


 翌日。彼からは「ヤト、今度会ったらおごってくれ。」というメールが届いた。

「あのねえ…。」

 私はそう言ったまま、しばらく苦笑いが止まらなかった。

(小野浦君が生活厳しいのは知っているけれど、女性が男性におごるというのは抵抗あるわねえ…。まあ、私が声が出なくなった時には色々とお世話になったし、おごってももらったけれど…。)

 私は顔をしかめながらも、彼に返事を出すことにした。

(※何て書いたのかは秘密です。)


 翌日の火曜日。私の元には翌週の騎乗依頼がいくつも来た。

 競馬場は札幌と小倉で分かれていたため、私はどちらに行こうか悩んだが、最終的に札幌に行くことにした。

 理由は札幌競馬場での依頼の中にGⅡ札幌記念(芝2000m)があったからだった。

 そこで騎乗することになる馬の名前はミリオネア(オス、5歳)。栗東の稚内厩舎に所属していて、今年の新潟大賞典(GⅢ、新潟、芝2000m外回り)を勝って、重賞初勝利を挙げた馬だ。

 ここまでの通算成績は19戦5勝。馬主はフリンダース・スペンサーさん。

 彼はオーストラリア人だが、日本には20年以上住んでいることもあって、日本語ペラペラだった。

 元々、ミリオネアの主戦騎手は網走騎手だった。しかし、落馬事故の影響で今週末の騎乗も取りやめになってしまい、騎乗する騎手が不在になってしまった。

 そんな時、クイーンS制覇を知ったフリンダースさんの希望により、私に白羽の矢が立った。

「そういうわけだ。彼は君に期待しているから、頑張ってくれよ。」

「分かりました。では、今からその馬のことも一生懸命調べておきます。」

「頼んだぞ。追い切りも君にお願いしたい。馬が札幌に乗り込む前の最終調整だから、責任重大だが、できるか?」

「大丈夫です。精一杯やらせていただきます。」

 私は稚内先生に向かって元気よく答えた。

(とにかく忙しいけれど、これが騎手にとって一番幸せなこと。頼まれたことなら何だってやってやるわ。)

 私は早速ミリオネアのところに行って、馬体を詳しくチェックした。


 クイーンS優勝は騎乗依頼の増加だけでなく、私と夜明さんの距離も縮めてくれた。

 私が北海道に向けて出発する前日の木曜日、彼女から一通の手紙が届いた。

 内容は次のようなものだった。


 弥富伊予子様

 この度は私の所有馬、ドーンフラワーを優勝に導いていただき、誠にありがとうございました。

 1年半前に息子が人をあやめて以来、私は全てを失い、深い悲しみの中で生きてきました。

 寝る時間を惜しみ、身を粉にして働いてもお金は相手の方々のために出ていってしまい、肉体的にも精神的にも疲れきってしまった私は、これまで何度も死のうと思い続けました。

 しかし、支払いも終わっていないのに無責任に逃げ出してしまうわけにもいかず、死ぬことも許されない日々を送りました。

 そんな中、私にとって唯一の希望は、ドーンフラワーでした。

 私はこの馬に全てを賭け、馬と心中する覚悟で今まで生きてまいりました。

 そのために相生初調教師様や、割出翼調教助手、網走騎手を始めとする多くの方々に多大なプレッシャーをかけてしまいました。

 あなた様にもデビュー戦や、急きょ騎乗が決まったクイーンSの時には相生先生にしつこく反対をし続けました。

 今考えれば、一生懸命頑張ってドーンフラワーを2度も勝利に導いて下さったあなたに、私は何て失礼なことをしていたのだろうと後悔しております。

 これまでご無礼ばかり言っていたことを、どうかお許しください。

 私は今回のクイーンS優勝賞金のおかげで、借金の返済にもやっとメドが立ちそうな状況になりました。

 まだ相手ご遺族の方からお許しをもらってはいませんが、また生きる希望を膨らませることができました。

 これも弥富さんを始めとする、皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

 これから弥富さんがドーンフラワーに乗ることがありましたら、今度は冷たい目ではなく、温かい目で見守りたいと思います。

 今後のあなたの飛躍を心よりお祈りしております。

 夜明 夕


 その内容は夜明さんの気持ちが正直に表現されており、衝撃的で、かつ純粋なものだった。

 これを読んで、私はいてもたってもいられなくなり、すぐに返事を書くことにした。

 馬の世話や調教で忙しい中だったため、あまり考える時間もなかったけれど、とにかくペンを走らせたら次のような文章ができあがった。


 夜明 夕様

 この度は私にお手紙を送っていただき、誠にありがとうございました。

 私に対して謝る内容がありましたが、私は大丈夫です。

 どの馬主さん達にとっても、それぞれのドラマがあり、勝ちたい理由があるのですから、私達に結果を求めるのは当然のことです。気にしないでください。

 今回のクイーンS優勝ですが、私一人の力で勝ったわけではありません。

 ドーンフラワーの持っている底力、当日の天候や馬場状態、レース展開、相生先生の存在。

 夕さんやあなたのご主人様、塀の中にいる息子様、相手のご遺族様や、天国から見守っている方。

 これら皆様の後押しのおかげです。

 もしこの中の何一つ、誰一人が欠けていても、あのクイーンSならびに新馬戦の優勝はなかったと思います。

 ですから、私は全ての方々に感謝をしております。

 本当にありがとうございました。 弥富伊予子


 正直、こんな内容でいいのかしらとは思ったけれど、私は書き終えるとその紙を封筒に入れ、切手を貼ってすぐに発送をした。

 そして今週末に騎乗する馬のところに行き、それぞれの調教師さんと打ち合わせを済ませた後、私は北海道に向けて出発する準備を始め、翌日北海道へと飛び立っていった。



 クイーンS制覇は、私にすごく色々な好影響をもたらしてくれました。

 重賞をいくつも勝っているトップジョッキーには、ただの一つの勝利に過ぎないかもしれませんが、私にはどこまでも大きな意味を持つ勝利になりました。

 でもここで油断しては、去年の私のように再び一発屋になってしまいます。

 この重賞制覇は新たな試練の始まりだと、私は自分に言い聞かせることにしました。


 名前の由来コーナー その12


・ミリオネア(Millionaire)(オス)… テレビ番組「クイズ$ミリオネア」(原題:Who Wants To Be a Millionaire?)から取りました。ゲームではトランクミリオネアという名前でしたが、フリンダースさんの冠名が「トランク」ではおかしいので、冠名を削り、この名前になりました。


・フリンダース(Flinders)、スペンサー(Spencer)… オーストラリア、メルボルンにある鉄道駅、「Flinders Street Station」、「Spencer Street Station(現在はSouthern Cross Station)」から取りました。僕がメルボルンに住んでいた時、何度も利用したことがあります。


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