4勝したけれど
復帰翌週、私は騎乗したレースで面白いように作戦が的中した。
この週は土日共に小倉に滞在し、土曜日に4レース騎乗して1着2回(他は8着と12着)。その活躍が認められたのか、翌日は何と6レースも騎乗することができた。
(これは1日の騎乗回数の新記録だった。もっとも、当初は3レース騎乗予定だったが、急な騎手変更が発生したため、6レースとなった。)
そしてこの日も1着を2回達成し(他は3着、9着、9着14着)、この週だけで4勝を挙げることができた。
日曜日の8レースでこの日2勝目を挙げた時には、アナウンサーも
『また弥富騎手だ!今週は大活躍だ!』
と、興奮しながら私を称えてくれた。
たまたま小倉に来ていた稚内 平先生は、最終レース終了後に私を見るなり
「君、絶好調じゃないか!一体どうしたんだ?休養している間に何を学んできたんだ?」
と、問いかけてきた。
「いえ、特に何も…。ただ、馬や関係者の人達に感謝しながら騎乗することを心がけているだけですけれど…。」
こんなに勝てた理由は自分でも分からないだけに、私はこんな答え方をするのが精一杯だった。
「そうか。その感謝の気持ちを忘れるなよ。今の調子ならミラクルシュートやザビッグディッパーに騎乗しても期待できそうだな。」
「本当ですか?」
「ああ。この2頭は今、レースでは赤嶺君のお手馬で、君には調教の時のみ乗ってもらっていたが、これからは調教時に赤嶺君と君の両方に乗ってもらい、調子のいい方に乗ってもらう。彼からお手馬の座を奪い取れるように頑張ってほしい。」
「ありがとうございます!精一杯頑張って奪い取ってみせます!」
私は満面の笑みを浮かべながら稚内先生に感謝をした。
(赤嶺君かあ…。彼はすでに通算71勝を挙げていて、すでにチョウゼツカワイイという有力馬でクラシックを目指す存在になっている。そんな彼に対して、私はまだ通算18勝。実績ではハンデがあるけれど、頑張ろう。絶対にミラクルシュートとザビッグディッパーに乗ってみせる!)
調整ルームに戻った私は、そう思いながら自分を奮い立たせた。
競馬場を後にし、携帯電話の電源を入れてメールをチェックすると、すでに何通ものメールが届いていた。
私は一通ずつその内容をチェックした。
『すげえな、ヤト。来週は僕の通算成績(19勝)を超えて、どんどん勝利を積み重ねてくれよ。』(小野浦熱汰君)
『伊予子、見事な復活劇だな。クリスタルリングだけでなく、ミラクルシュートとザビッグディッパーに乗っているお前の姿を、楽しみにしているぞ。』(根室那覇男)
『伊予ちゃんすご~い!私やお父さんやお母さん、トランクバークや透明人間 (インビジブルマンのことです)も応援しているわよ!』(木野可憐さん)
『弥富さん、4勝もできてよかったですね。道脇牧場のみんなやダイヤモンドリング、スペースバイウェイも君を応援していますよ。』(道脇伸郎さん)
『稚内先生から聞いたよ。僕もうかうかしていられないな。ミラクルシュートとザビッグディッパーは渡さないぞ。』(赤嶺君)
それを見て、私はうれしい気持ちでいっぱいになった。
小倉駅から新幹線に乗ると、私は彼らに感謝をしながら一通ずつ返事を出した。
翌週、私が新馬戦で乗ったドーンフラワーは、クイーンC(GⅢ、東京、芝1600m)で復帰をすることになった。
これまでの主戦騎手だった網走騎手はこの日、京都競馬場で騎乗することになっていたため、騎手はこのレース限定で乗り替わりとなった。
奇しくもこの日、私は東京競馬場に来ることになったが、このレースでの騎乗依頼はもらえなかった。
(うーーん、先週4勝したとは言え、私はまだ重賞で乗れる存在ではないということね。まあ、とにかく腐らずに努力していこう。そうすればいつか重賞でドーンフラワーに乗れるかもしれないし。)
私は心の中で悔しさを感じていた。
結局ドーンフラワーの鞍上は、関東の一流騎手である坂江陽八さんが乗ることになった。
当日、ドーンフラワーは単勝4.0倍の2番人気に推された。
(最初は1番人気だったが、解説者が「仕上がりがまだまだなんですよねえ。」と言ったことがきっかけで、人気を徐々に落としていき、2番人気になった。)
もちろん仕上がりについては稚内先生も知っていた。
(後で知ったことだけれど、先生は本来ならまだ出したくなかったそうですが、夜明 夕さんの懸命なお願いにより、出走にこぎつけることになったということだった。)
稚内先生はそんな中でも
「坂江君なら与えられた条件の中で、馬の能力をしっかりと引き出してくれるでしょう。心配はしていません。」
と、堂々と言い切っていた。
(すごいなあ、坂江さんって。関東だけでなく、関西の人達からも大きな期待を寄せられている。大変かもしれないけれど、私もいつかそんな存在になれたらなあ…。)
私ははるか遠くに見える目標を見据えながら、そう思っていた。
坂江騎手はレースがスタートすると、意表をついて逃げに打って出た。
場内はどよめいたが、そこはうまくドーンフラワーのペースに持ち込み、スタミナのロスを最小限に抑えた。
そして最後の長い直線に入ってからも、脚色は衰えず、見事に半馬身の差を残して逃げ切り勝ちを収めた。
「きゃあーーーっ!!勝ったわ!勝ったわ!本当に良かった!!」
馬主の夜明夕さんは顔をくしゃくしゃにしながら飛び上がって喜んだ。
そして記念撮影ではお守りらしき何かを握りしめ、泣きながら写真に収まる様子がテレビに映し出された。
(あの夜明さん、やたらと賞金にこだわる人だけれど、何か理由でもあるのかしら?聞いた話によると、GⅢのチューリップ賞を目指していたこの馬の復帰をわざわざ前倒しして、このレースに出したくらいだし…。)
私は夜明さんのことを疑問に思いながらも、ドーンフラワーの優勝を心から祝福した。
復帰して1週で4勝を挙げたことは嬉しかったです。
でもクイーンSが行われた週では重賞に乗れなかった挙句、結局1勝も挙げることができませんでした。
やっぱり世の中そんなに甘くないようです。
ドーンフラワーにもう一度乗ることや重賞を勝つこと、GⅠ騎乗が可能となる通算31勝。
目指す目標はたくさんあり、まだまだ遠い存在ですが、あきらめないことの大切さを教えてくれた人達や馬達のためにも、あきらめずに立ち向かっていこうと思いました。