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道脇牧場で(後編)

「ケイ子ざん。ダイヤモンドリング、とても優しぐで、元気いっばいですね。何だか私までたぐさんげんぎ(元気)をもらった感じです。」

「それは良かったわね。一時はすごく落ち込んでいたけれど、すっかり元気を取り戻してくれて良かったわ。」

「えっ?ぞんな時期があったんですか?」

「ええ。今から1年4ヶ月前に、あんなことがあってね…。」

「あんなごどって?」

「実は、一昨年の9月、1歳年下の妹スペースバイウェイを病気で失って、それ以来、ダイヤモンドリングは深い悲しみに打ちのめされてしまったのよ。でも、その時にはダイヤモンドコロナを受胎している時だったし、その仔に影響が出てはいけないと、私達は懸命に努力してきたわ。」

 その時のことを説明しようとしたケイ子さんの表情は途端に寂しくなった。

 私はさらに質問をしようとしたが、その姿を見て言葉に詰まってしまった。

「でもその後、ダイヤモンドリングは元気を取り戻し、スペースバイウェイの分まで生きていこうという気持ちになってくれたわ。その後ダイヤモンドコロナを無事に産み落としてくれたし、今おなかの中にいる仔も元気に生育しているそうよ。」

「ぞうなんでずね。私もざっきこの馬のDVDを見て全部知った気になっでいましたが、もっど知りだくなりました。」

「それなら、近くにスペースバイウェイのいた馬房があるけれど、案内してあげてもいいかしら?」

「はい、お願いしまず。」

 私がそう返事をすると、ケイ子さんはその場所に案内してくれた。

 その馬房の壁には筆で「スペースバイウェイ号」と書かれた白の板が取り付けられており、その下には1頭の馬の写真が飾られていた。

 その写真の左には現役時代の成績が書かれた板が取り付けられており、右には牧場スタッフがスペースバイウェイに宛てたメッセージが書かれた板が取り付けられていた。

 その板にはパソコンで打ったような文字で、次のように書かれていた。


 スペースバイウェイ号へ

 あなたの誕生以来、私達はあなたに悲しいことや辛いことをたくさん経験させてしまいました。

 そのことに関しては、本当に申し訳なく思っています。

 でも、あなたは困難を乗り越えて立派な競走馬になり、あきらめずに走り続けてくれました。

 その姿に私達は何度も励まされ、あきらめないことの大切さを学ばせていただきました。

 あなたから教えてもらったことは、決して忘れません。

 辛い時にはあなたのことを思い出し、私達一同がんばっていくことを約束します。

 どうか、最後にあなたを助けてあげられなかったことを、許してください。


 その光景を見て衝撃を受けた私は黙ったまま、思わず立ち尽くしてしまった。

 ケイ子さんはその後、この馬房はスペースバイウェイを称える意味を込めて、ずっと空きの状態が続いていることを教えてくれた。

 そして、「この馬の眠るお墓に行ってみませんか?」と言ってくれた。

「はい。行ってみまず。」

 私がそう言って同意すると、ケイ子さんはその場所まで案内してくれた。

 その場所は雪が積もっていたが、墓石の部分は道脇珪太さんの手によって雪が取り払われ、『スペースバイウェイ号、ここに眠る』と書かれた文字が見えていた。

 私はこの馬を今日知ったばかりだけれど、手を合わせて目を閉じ、隣で眠っている母親のメープルパームと、どこか遠くの国で楽しく過ごしていることを祈った。


 事務所に戻った後、私はもう一度スペースバイウェイのDVDを見て、最後にこの馬がどうなったのかを見届けた。

 悲しい最期を遂げなければならなかったその馬について、関係者の人達は次のように語っていた。

『天の神様は、時に不公平なことをする…。これだけの思い出を残してくれた馬をこんなにも早く天へいざなってしまうなんて…。』(伸郎さん)

『きっと出産後、2週間で生き別れてしまったメープルパームが、自分の仔に会って謝りたくなったんでしょうね。』(ケイ子さん)

『体の弱い馬だったけれど、よくがんばってくれました。その努力が神様にも認められたんじゃないかと思います。』(井王さん)

『私達にできることは、残された仔、フロントラインを立派に育てて、立派な競走馬にすることだと思っています。』(長谷さん)

『スペースバイウェイは僕達やフロントラインの心の中で生き続けています。だから僕達もこの馬のことは忘れません。』(珪太さん)

 それを聞いているうちに、私も込み上げるものが出てきた。

(そんなエピソードがあったんだ…。私はいつしか次から次へと競走馬が降って湧いてくるような感覚でいたけれど、1頭1頭の馬達にそれぞれのドラマがあるんだ。)

 私はこのDVDのおかげで、いつしか忘れていた大事なことを思い出すことができた。

 そう思うと、私は休み時間を取っている従業員の人達から、その他の所有馬についても聞くことにした。

 その1頭1頭にそれぞれのドラマがあり、その度に私は心を動かされた。

(これからは、それぞれの馬にあった出来事や、その馬に携わってきた人達の気持ちなどを理解していこう。)

 気がついた時、私はこのように考えていた。


 その日の夜、私の心はまた騎手として復帰したいという気持ちで固まった。

 そして父や母、弟、小野浦君、そして稚内先生や相生先生にメールでそのことを伝えた。

 みんな私の決意を快く受け止めてくれて、早く会話がきちんとできるようになって、馬に乗れるようになり、復帰を果たしてほしいという内容の返事を送ってくれた。

(みんなありがとう。私、がんばるわね。)

 返事を読む度に、私は涙が出る程嬉しくなった。


 道脇牧場を後にして実家に戻る日、私は再び伸郎さんの運転する車で新千歳空港まで送ってもらうことになった。

「皆ざん、本当にありがとうございましだ。」

 私はケイ子さんをはじめとする人達に深々とおじぎをした。

 みなさんは笑顔で私に激励の言葉を送ってくれた。

 すると、珪太さんは「これ、お守りとして持っていってください。」と言いながら、スペースバイウェイのたてがみを少しだけ分けてくれた。

「ありがどうございまず。だいぢにします。そしで、必ず騎手とじて復帰じてみぜます!」

 私は珪太さんからそれを受け取ると、再び深々とおじぎをした。

 そして、伸郎さんから「さあ、行きましょうか。」と言われると、「はいっ!」と元気良く返事をした。

 そして助手席に乗り込んでいき、ケイ子さん達に見送られながら、牧場を後にしていった。



 この牧場にいる間、私は色々なことを学ばせていただきました。

 そのおかげで私は迷いを吹っ切り、復帰を決意することができました。

 牧場の人達には、本当に感謝しています。

 いや、牧場の人達だけでなく、私の家族、小野浦君、ダイヤモンドリングやスペースバイウェイなどお世話になった全ての人達や馬達に感謝をしています。

 この中の誰か一人、一頭が欠けていても、復帰を決意した私の姿はなかったかもしれません。


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