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考え方の違い

 声が出ない…。

 そんな現実を突きつけられてから、私は抜け殻のようになってしまい、何もする気になれずにベッドの上で過ごすばかりだった。

 お見舞いには父だけでなく母や弟、ドラゴンポンドの関係者の人も来てくれた。

 彼らは会話ができないことを残念がりながらも、私の無事を喜んでくれた。

 一方で、ドラゴンポンドの馬主さんや調教師さんは暗い顔をしながら

「この度は本当に申し訳ございませんでした。」

「こんな目にあわせてしまったことを許してください。」

 と謝罪してきた。

 私は布団から右手を出して手のひらを見せた。

(※私としては「大丈夫です」という意味のつもりでした。うまく伝わってなかったようですが…。)

 それでも彼らは申し訳なさそうな表情をするばかりだった。

 彼らは私だけでなく、ドラゴンポンドのことでもショックを受けているだけに、余計に辛いんだろうと思わずにはいられなかった。


 事故を目撃した人の話では、私は落馬したまま起き上がってこなかったため、救急車で病院に搬送されたそうだ。

 検査の結果、体のあちこちを打撲や捻挫しているものの、骨折は免れることができた。

 だが頭を強打したことで脳が内出血を起こし、その影響で声が出せない状態になってしまったということだった。

 それでも馬が減速している時だったため、開頭手術が必要な程の重傷にならなかったのが不幸中の幸いだったと言うことだった。

 医師の話では薬を点滴して脳にできた血のかたまりを溶かし、リハビリをすれば少しずつしゃべれるようになるということだった。

 一方のドラゴンポンドは左後ろ脚に故障を発生し、馬運車に運ばれて競馬場を後にしていったそうだ。

 現時点では安楽死は免れたそうだが、まだ予断を許さない状態が続いているそうだ。

 たとえ助かっても競走馬として復帰できるかどうかは分からないそうで、現役を断念する可能性もあるということだった。

 調教師さんや馬主さんはレースには勝ったけれど、とても喜ぶ気持ちにはなれず、記念撮影も中止にしたそうだ。

「とにかく迷惑をかけてごめんなさい。あなたの治療費は払います。どうか早くケガを治し、言葉が自由に話せるようになって、騎手として復帰してください。」

 馬主さんは泣きたい気持ちを懸命にこらえながら私に言ってきた。

(ありがとうございます…。ケガは当然治します。でも、こうなった以上、私は騎手を引退しようと思います。期待に応えられそうになくてごめんなさい…。)

 私は声が出ないことを逆利用して、こんな謝り方をした。

 一方、相手の人達は私が(はい。きっと復帰するから、どうかあまり気にしないでください。)と言っているように感じ取ったのだろう。

「ありがとうございます。あなたの1日も早い復帰を心から願っております。」

 と言い残し、病室を後にしていった。


 その後も、私のもとには赤嶺君や網走騎手、相生先生、稚内先生をはじめとするたくさんの人達がお見舞いに訪れた。

 体のあちこちをケガしていることもあって、私は起き上がることもままならず、会話も当然できなかったが、こんなに多くの人達が心配してくれているんだと思うと、少しは嬉しくなった。

 彼らは口々に

「1日も早くケガを治してください。」

「リハビリして無事にしゃべれるようになるといいですね。」

「早く騎手として復帰をしてください。」

 と言って、私を励まそうとしてきた。

 気持ちはありがたいけれど、私はその度に口パクで引退を決意したことを言い続け、相手をだまし続けた。

 最初は相手と裏腹なことを言うのを楽しんでいたが、次第にそれが申し訳ない気持ちになってきた。

 しかしそれでも復帰する気持ちにはなれず、これからどうすればいいのか迷いは深くなっていった。


 翌日、父は子供用のお絵かきボード「せんせえ」を持って病室にやってくると

「伊予子、言葉を話せるようになるまでは、これを使って会話をしなさい。」

 と提案してきた。

(最初はjPadを持ち込もうとしていたが、「それは病室に持ち込まないでください!」と看護師さんに注意されてしまったため、代わりにこれを買ってきたそうだ。)

 私は父の好意に感謝をしながらも、子供用の道具を扱うことにとまどってしまった。

 それでも、これで相手と意思疎通ができるようになると考えれば、背に腹はかえられなかった。

 私はこのボードにひらがなで字を書いては消し、また書くことを繰り返すことで、会話ができるようになった。

「伊予子。僕は数日間仕事を休み、お前の世話をするつもりだ。何かほしいものがあれば買ってくるし、言いたいことがあればそれで遠慮なく話してくれ。」

「はい わかりました」

 私は自分の意見が伝わったことを確認すると、早速父に「じつは もういんたいしたい」と打ち明けた。

「えっ?どうしてだ?みんなお前の復帰を期待しているのに?」

 父は今まで私が1日も早く復帰したいと思っていたのだろう。驚いて聞き返してきた。

「こえ おおきい」

「あっ、すまなかった。でもどうしてだ?理由を話してくれ。」

 父に理由を聞かれ、私はたとえ復帰しても乗る馬がいないことや、ケガで緊張の糸が切れてしまったことなどを話した。

「そうか…。お前、崖っぷちの状態の中で、色々悩んでいたんだな。」

「うん」

 父は近くにあった椅子に座ると、腕組みをしながら色々と考え始めた。


 しばらく考え続けた後、お父さんは再び立ちあがって私のところにやってきた。

「伊予子。お前の気持ちは分かった。ここは娘のために、一肌脱ぐことにしよう。」

「なにをするの?」

「お前のケガが治ったら、僕が所有している馬に乗せてもらえるように、今から相生調教師や稚内調教師にお願いをする。」

「えっ?」

 私は思いもよらない提案に、思わず顔を上げた(同時に、首筋から肩にかけて痛みが走った)。

「これまで僕は伊予子を特別扱いせず、他の騎手と同じように見てきたが、気が変わった。これからは僕が責任を持ってお前に調教やレースでの騎乗馬を保障することにする。」

「つまり ななひかり?」

「まあそう言うな。もしまわりから何か言われても、父さんが守ってやる。だから、お前はケガを治すことに専念し、治ったらクリスタルリング(相生厩舎所属)やミラクルシュート、ザビッグディッパー(共に稚内厩舎所属)、そしてこれから栗東トレセンに所属することになるクリスタルロードと二人三脚で歩いていきなさい。」

(…そんな言い方じゃ、私は結局復帰しなければならないじゃない…。)

 私は父の提案に戸惑うばかりで、何と言えばいいのか分からなかった。

「ちょっと かんがえさせて」

 結局、私としてはこう答えるのが精一杯だった。

「分かった。最終的にどうするのかを決めるのはお前だから、じっくりと考えなさい。」

「はい」

 私はどうすればいいのかも分からないまま、会話を締めくくると「せんせえ」をかたわらに置き、再び目を閉じて昼寝をすることにした。



 みんなが復帰を願ってくれることは確かに嬉しかったです。

 でも、私には「復帰しなければ許さない」と言われているような気がして、何だか脅されているような気がしてしまいました。

 とにかく、あの時は引退したいという気持ちの方が強かったために、他人からのアドバイスをどう受け止めればいいのか分からないままでしたし、何か言えば言うほど自分がどんどん孤独になっていくような状況でした。


 名前の由来コーナー その7


・ザビッグディッパー(The Big Dipper)(オス)… 意味は「北斗七星」です。僕は星座の中でこれがお気に入りなので、馬名に採用することにしました。


(※クリスタルロードはスペースバイウェイ物語の第39話に由来が書いてありますので、ここでは省略させていただきます。)


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