旅の終わり
「う、うーん」
ちゅんちゅんと雀の鳴き声が聞こえてきて、僕は目をこすりながら目を覚ました。
背伸びをしながら横を見ると、マリーの姿がなかった。きっとまわりの様子でも見に行ってるのだろう。
ブロックの穴から出ると、暖かな光が僕を包み込んだ。
「いよいよか。」
僕はこれからケンちゃんに会うのだと思うと、はやる気持ちが半分、こわい気持ちが半分。僕はぶるぶると体が震えた。
「ポックルおはよう!」
空からマリーの声が降ってきた。
「マリーお早う。どこに行ってきたの?」
マリーは降り立つとストンと近くの石の上に座った。
「あー疲れた。広いわねここは。そうそう、ここがどこだか調べてきたわ。ここは病院よ。」
「ビョウイン?」
「そう。怪我をしたり体の具合を悪くした人が来るの。まだ剣が青く光ってるてことは、ここに泊まっているって事ね。」
「え、ケンちゃん、大変なことになってるの?」
僕はケンちゃんのことが心配でたまらなかった。
「う~ん、病院に泊まったてことは、何かしら、怪我なり病気なりしたんだと思うけど、殿程度かまではわからないわ。」
「そっか・・・」
「でも、まぁそのほうが探す側としては好都合なんだけどね。」
そういってマリーは立ち上がると、近くの葉に溜まっていた朝露を両手ですくって飲んだ。
「うーん、やっぱ運動の後の一番しずくはうまいわぁ、じゃあ早速、ケンちゃん探しと行きますかぁ!」
支度を終えると、僕達は建物のなかにいくために入り口のほうへ向かった。病院に来ている人たちの中に
子供の声が聞こえると、思わずそっちに目が行ってしまう。
「そっちみたってケンちゃんはいないよ」
とマリーは言うけれど、僕は振り返らずにはいられず、何回も振り返ってしまった。
中に入ると
「待ってて」
といってマリーが飛んでいってしまった。
僕はマリーを待っている間、見渡すと、すごい人でひしめき合っていた。
「こ、この中からケンちゃんを探せるのかな?」
途方に暮れているとマリーが戻ってきた。
「子供が入院しているのは3階だから、そこに行くわよ。こっちにきて!」
マリーについていくと、そこには上に向かって動く階段があった。
ケンちゃんと一緒にいた頃、乗ったことがあった。
「これ知ってる?これに乗って3階まで行くわよ。」
僕は階段と階段の隙間に挟まれないようにタイミングを見て飛び乗る。
「わぁ」
すごい速さで僕を乗せた階段はどんどん上に上がっていった。
「そろそろ降りるよ」
マリーの合図で今度も挟まれずにジャンプして床に下りる。
そんなことを3回繰り返して、ようやく僕達は目的の階に着いた。
僕は子供がいる階と聞いていただけに、たくさんの子供がいるとおもっていたけれど、子供は一人もいなかった。
「ケンちゃんはどこにいるの?」
「きっとお部屋の中よ」
そういって脇にずらっと並んだドアを指差しながら言った。
「一部屋一部屋見ていくしかないわね。」
手前の部屋から見ていくことにした。
「う~ん、ここにもいないわね・・・」
全ての部屋を見て回ったけれど、結局ケンちゃんはいなかった。
「帰っちゃったのかな?」
そういう僕に
「剣はどうなってるの?」
僕は剣を引き抜いてみるとまだ青いままだった。
「おかしいわね・・・」
マリーが首をかしげていると、カラカラカラ、廊下の向こうから二台がやってきた。そして僕達の目の前の部屋の中に入っていった。
「まさか!」
僕とマリーは扉が閉まる前に何とか部屋に滑り込んだ。
入ると、ベッドの上には子供だ寝ていて、体中から透明な管が出ていた。
「こっからじゃあ顔が見えないね。」
マリーは僕の腕を掴んでベッドとベッドの間にある台の上まで飛んで行ってくれた。
「ケンちゃん!」
そこにはまぎれもなくケンちゃんが横たわっていた。
頭には白い布が巻かれていて、口元に透明なものがかぶさっていたけれど、どうやら眠っている様だった。そしてその頭を優しくなでる手があった。
「ケンちゃんのママだ。」
見覚えのある顔を見て僕は本当にケンちゃんの元に帰ってきたことを実感した。
コンコンと音がしたかとおもうと白い服を来た人がやってきた。
「ちょっとよろしいでしょうか」
そう言われて、ケンちゃんのママもその人について出て行った。
「私もちょっと行ってくる!ポックルはここにいて!」
マリーは羽をパタパタさせて、ケンちゃんのママ達のあとを追った。
「ケンちゃん、僕は君に合うために戻ってきたよ・・・」
しずかに僕はケンちゃんに語りかけた。
これで僕はまたケンちゃんと一緒に居られる。
最後まで頑張ってここまで来てよかった。これも、マリーのおかげだよな。
でも、マリーには悪いけど、僕は妖精にはならない。だって、ケンちゃんはきっと僕をまた必要としてくれる。早く目を覚まして僕と一緒に遊んでくれないかな。僕はまたケンちゃんと一緒に遊んでいるところを想像してわくわくしながら、ケンちゃんの顔を見ていた。
しばらくするとマリーが戻ってきた。
「わかったわ、すべてが。」
「え?」
驚く僕の横に座って、マリーは説明しだした。
「ケンちゃんは1週間前に道で遊んでいたところを車にはねられて事故にあってしまったんだって。きっとそのときあなたはケンちゃんと離れ離れになったのね。で、この病院に担ぎ込まれたときは重症で大変だったらしいけど、なんとか命を取り留めて、夕べ意識が回復したんだって。そして、それまでいた部屋からここに移ってきたらしいわ。タイミングが良かったのね、わたし達。」
「それって、ケンちゃんは・・・」
不安そうに聞く僕に
「ええ、このまま安静にしていれば、元気になるそうよ。よかったね、ポックル。」
元気になるって聞いて僕はホッとした。
「で、どうする?やっぱりこのままケンちゃんのそばにいる?」
「うん。起きるまでまって、また一緒に遊ぶんだ。僕はそうしたいんだけど、いいかな?」
そういう僕を見てマリーは頭をかきながら
「まぁ、仕方ないわね。本当はあなたには妖精になってほしかったけれど、でもそれはあなた自身が決めることだし、いいわ。」
「妖精になれなくてごめんね、マリー。そして、ありがとう。」
そういって僕はマリーの手を両手で握った。
「じゃあ、これにて、魔法の国の戦士ポックルの旅はおしまい。わたし行くわ。」
「え、もう行っちゃうの?」
ぽんぽんお尻をたたきながら立ち上がるマリーを僕は見上げた。
「この世にはまだまだポックルのように持ち主に会いたくても会えていない『想い』はたくさんあるからね。それを導いてあげないと、それがわたし達妖精の使命だからね。」
僕も立ち上がってまっすぐマリーを見る。
「わかった。じゃあ、マリー、さよなら。本当にありがとう。」
「わたしこそ、守ってくれたり色々してもらったわ。ありがとう、元気でね。」
そうしてマリーが飛び立とうとしたときだった。
「う、うう」
ケンちゃんのうめき声と共にビービーと音がけたたましくなった。
「どうしたんだ?」
僕とマリーが急の出来事でオロオロしていると、白い服を来た人が部屋に飛び込んできた。
「大変、先生、至急307号室に来てください。」
次から次へと入ってくる人の中にケンちゃんのママの姿もあった。
「先生!こっちです」
先生と呼ばれた人が、ケンちゃんの体を触って
「これは大変だ、君は・・・を、こっちの君は・・・を大至急持ってきてくれ。まさかこんなことになるなんて・・・」
ケンちゃんは苦しそうにハァハァとあえいでいる。
「ケンちゃん、しっかりして!」
ケンちゃんのママがケンちゃんのケンちゃんの手を握って必死に呼びかける。
「マ、マリー、これって・・・」
「どうやら急変したみたいね。ただでさえ重症だったんだもの、おかしくはないわ。」
マリーの顔を見て僕はケンちゃんがただならない状態であることを悟った。
「先生、健一は、健一はどうしたんですか?良くなってるんじゃなかったんですか?」
ケンちゃんのママが先生の服を掴んでいる
「どうやら、手術した部分から出血をしたようで、今日の朝の診察ではなんともなかったんですが・・・
よもや、手の施しようがありません。」
「そ、そんな・・・健一、死なないで・・・」
ケンちゃんのママが鳴きながら必死にケンちゃんの名前を呼ぶ。
「そんな、せっかく会えたのに・・・死んじゃうって・・・そんな」
呆然とする僕の横で、マリーは顔をそらして涙をこらえている。
なんとか、出来ないのか、僕に何か出来ないのか・・・
そのときどうしてか僕はアルトとザッシュのことを思い出した。確かザッシュはアルトの『想い』で
アルとのご主人様に不幸を呼んだ。そうだ、じゃあ、
「マリー、君にお願いがあるんだ。最後のお願いだ、」
僕のほうを振り向いたマリーをじっと見つめて僕は言った。
「僕の『想い』を使ってケンちゃんを助けてあげて!」
するとマリーは静かに首を振りながら、
「確かにわたしは想いを使って人を幸せにすることが出来るわ。でも、限度があるの。確かにあなたの
『想い』は特別だからどうなるかは分からないけど、でも、そしたらあなたは『想い』と共に消えてただの物になるわ。」
「そうだよね、でもそれでケンちゃんが助かるならそれでいい。僕はケンちゃんがいたから、ケンちゃんが僕を選んでくれたから、今こうしてここにいられるんだ。今度は僕がケンちゃんに恩返しをするんだ!だから、マリーお願いだ。」
僕は必死になってマリーにお願いした。
「・・・・・わかったわ。」
マリーは静かに言った。
僕は覚悟を決めて目を瞑った。これからマリーに食べられるんだ。
「ポックル、何してるの?」
「え、だって、僕はマリーに食べられるんじゃぁ・・・」
「もう、ポックルたら・・・」
「え?」
目を開けると、おかしそうに笑っているマリーの顔があった。
「わたし達妖精は『想い』は食べないわ。歌に想いをのせるの」
そしてマリーの頬に涙が流れた。
「本当に、最後までポックルたら・・・でもわたしは、そんなあなたが好きよ。妖精になってずっと一緒にいてもらいたかった。本当は、あなたがケンちゃんに必要とされなくなる日まで待つつもりだったの。なのに、なのに・・・」
僕は泣きじゃくるマリーの体を抱き寄せた。
「ありがとう。僕も、マリーが好きだよ。でもケンちゃんをこのままにはしておけない。だから、最後のお願い。」
そういって僕は体を離した。
「僕はどうしたらいい?」
「出来るだけ、ケンちゃんのちかくに行くだけ。後は任せて。」
「うん。わかった」
僕は背中の盾と剣をマリーに渡した。
「これ、マリーにあげるよ。じゃあ、マリー、行ってきます。さようなら」
僕は後ろに出来るだけ下がり、助走をつけてポーンとジャンプした。
クルクルクルクル、ストン。僕はケンちゃんの手の中に収まった。
そして、指と指の間から僕はコクンと一つマリーにうなずいた。
そしてマリーは静かに歌いだした。
「・・・・・これは、ちっぽけな戦士の
ちっちゃな冒険
ただ会いたい それだけで
ひたすら突き進んだ
いつ終わるとも知れない
その旅路の果ててで願ったのは
その身を希望の剣に代えて
いとしき人の幸せを
この『想い』があの人に伝わることはないけれど
どうかこの願が叶いますように
どうかこの願が叶いますように
どうかこの願、叶いますように・・・・・・・」
だんだん僕は意識が遠くなってくるのを感じた。じんわりと僕がほどけていく。
でも不思議とこわくはなかった。だって僕は今ケンちゃんの手の中にいるんだもの。
ケンちゃんは僕でまた遊んでくれるかな。元気に遊んで欲しいな。
・
・
・
・
・
それが僕の本当の願い。
・・・・・・・・・・そして僕は、消えていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あれからどれくらい経ったんだろう・・・・
僕はゆっくりと目を開けた。ここはどこだ?
立ち上がると、目の前に半分溶けかけたゴム人形があった。
しかしそれはごみではなく、丁寧に小さな箱の中に保管されていた。
そうだ、これは僕だ。どうして僕は僕を見ることが出来るんだろう。
ふと横を見るとガラス窓に写った自分の姿に驚いた。
「目覚めたのね」
振り返るとマリーがいた。
「マリー?」
「あれから20年。もうケンちゃんは大人になったわ。」
僕はそれを聞いただけでうれしかった。
「はい、これ」
そういってマリーは僕の剣と盾を渡してくれた。
「これは、僕の剣と盾だ。ずっと持っててくれたんだね。」
僕は剣を盾に納めると背中に背負った。
「マリー待たせたね。行こうか」
そして僕はマリーの手を取って
そして空にむかって力いっぱい羽ばたいた。
最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
これで「消しゴム戦士の冒険」は終わります。
どんな小さなことでもいいので、ご指摘、アドヴァイス、評価をいただけましたら
次の作品にも生かせますので、どうか宜しくお願いします。