雨
「ふんふんふんふんふん~」
前を飛んで行くマリーはどこか楽しそうに口笛を吹いている。
僕はそんなマリーの後姿を見ながらケンちゃんのことを考えていた。
一体ケンちゃんは僕を置いてどこにいってしまったんだろう。この前新しく始めた冒険だって
まだ終わっていないし。こんなことは今までなかったはずだ。いつも必ず最後まで冒険はやり遂げる。それが僕とケンちゃんの約束だった。
「どうしてケンちゃんは僕を捨てたのかな?僕が弱いから?それとも、ほかに強い戦士がみつかったから?」
知らないうちに僕は口にしちゃってたようで、マリーが振り返って
「さぁね、でも一つだけ言えることは、あなたは、ケンちゃんにすごく大事にしてもらっていたということね。」
「そりゃあ、そうさ、だって僕とケンちゃんはずっと、ずっと一緒だった。それはこれからも変わらないよ。」
僕は一抹の不安を振り払うように言った。そう、きっとケンちゃんは僕のことを捨ててない。そう信じてるから。でも僕は一つどうしても気になることがあった。
「ねぇ、マリー。どうして君は僕が大事にしてもらっていたって分かったの?僕と君は始めてあったばかりなのに。」
するとマリーは良くぞ聞いてくれましたとばかりに、僕のほうによってきた。
「そう、それをあなたに話したかったのよ。忘れるところだったわ。」
そういってマリーが手をふると、次の瞬間、どこからともなく、一本の杖が出てきてマリーの手に収まった。この前ケンちゃんが教えてくれた『マジック』ってやつなのかもしれない。
「おっほん、わたしたち妖精は『想い』を集めているの。」
「想い?」
「そう、特にわたしが集めているのは、物に宿った『想い』で、いろんなものがあるわ。いいものもあれば、悪いものもあるの。」
そういってマリーは空に2つの白と黒のマルを杖で書いた。
「ふむふむ。」
おとなしく話を聞く僕にマリーは続ける。
「でね、いい『想い』は幸せを呼んで、悪い『想い』は不幸を呼ぶの。わたしはその集めたいい『想い』で悪い『想い』を消して、少しでもみんなが幸せになれますようにってね。」
マリーは白いマルをぐるぐると円でなぞり、黒いマルにバツ印をつけた。
「でもそれと僕が何の関係があるのさ。」
「そうそう、ここからが肝心なの、良く聞いてね。」
マリーの真剣な顔を見て僕はごくりとつばを飲み込んだ。
「その『想い』の中には、たまに特別なものがあって、特にものすごく大事にされた物なんかに宿ることが多い。で、捨てられてもう一度持ち主の所に帰ることが出来れば、その『想い』は生まれ変わることが出来るの。」
「生まれ変わる?何に?」
「何にって、わたしと同じ妖精によ。」
とマリーは胸を張って言った。
「ふ~ん」
僕が人事みたいに相槌を打つと
「なに人事みたいに思ってるのよ。その特別な『想い』があなただって言ってるのよ!」
「へ?」
突然のことに間抜けな返事をしてしまった。
「へ?じゃないわよ。あなたはこれからもう一回ケンちゃんにあって、妖精に生まれ変わるのよ!」
なんだって?僕が妖精に?冗談じゃない。もしも妖精に生まれ変わったら、ケンちゃんと遊べなくなってしまう。
「嫌だね。僕は妖精なんかにはならないよ。僕はそんな事のためにケンちゃんに会いに行くんじゃないんだ!また一緒に遊ぶために会いに行くんだから。」
そうマリーに言ってやった。
「まぁ、いずれにせよ、それは着いてから決めてもいいことだし。でもこれだけは忘れないでね。あなたの『想い』は、まだいいものか悪いものかは決まっていないの。」
「何言ってるんだ、僕は正義の味方なんだぞ。悪なわけがない!」
「そういう意味じゃないんだけどね。ま、この旅の終わりにはどっちなのか多分わかるでしょう。もっともわたしが見つけた時点で、あなたはきっと、いい『想い』になるわ。」
僕はちょっと意地悪な質問をでマリーにぶつけてみた。
「それは分からないじゃないか、もし、僕が悪い『想い』になったらどうするのさ。」
するとマリーは悲しい顔をして
「そのときはあなたは悪魔になるわ。そしてみんなに不幸を撒き散らす存在になるの。もちろんケンちゃんにもね。」
ケンちゃんに不幸が降りかかる?それだけは嫌だ。僕は首をぶんぶん振った。
「ま、あたしが付いてるから大丈夫よ。」
そういってマリーは僕の背中を元気付けるようにポンポンとたたいてくれたのだった。
そんな話をしているうちに空から水が降ってきた。
「た、大変だ?空から水が降ってきた!」
前にケンちゃんと一緒におっきな湖で遊んでいたときも突然水がふってきたことがあったことを僕は思い出した。でもそのときよりもこの水はかなり冷たい。
「なんだ、知らないの?これはね、雨って言うのよ」
「雨?」
「ほら、これを使って。こうやって使うのよ。」
マリーは葉っぱを二枚ちぎるとその一つを僕に手渡すと、茎の部分を持って自分の頭の上に掲げてみせた。
僕もそれにまねてやってみると、水は葉っぱの上を通って脇に流れていった。
「これ、おもしろいね」
僕はポタッ、ポタッ、と葉っぱの上からする音の心地よさに心がおどる。
「ところであなた・・・」
そう言いかけたマリーに
「ねぇ、僕にはポックルって名前があるんだけど、ちゃんと名前で呼んでよ!」
「ああ、ごめんごめん。じゃあポックル、雨も知らないところを見ると、ずっと家の中にいたの?」
「家の中?それってどこ?」
そう聞き返すとマリーは上を指差して
「ほら、あの中よ」
と、高くそびえる箱を差した。
「で、今は外にいるの。」
「中?外?」
よくわからないでいる僕に
「簡単言うと、あなたが今までケンちゃんと一緒にいたところが中で、ここが外。中よりも外はすごく広いの。いまいちぴんと来てないって顔ね。」
僕の顔を覗き込んでマリーはため息をついた。
「まぁ、ポックルは結構小さいし、仕方ないか。とにかく、外は中に比べて危険がいっぱいだから、注意してね。たとえば・・・」
小さいって言葉にムッとなったが、マリーはどうやら僕よりもたくさんいろいろ知っているらしい。話を聞くためにも僕は言い返すのをやめた。
「カラスは特に注意ね!あいつらは悪魔のように黒くて乱暴者だから特に注意しないと。」
そのときだった。急に僕の足が地面から離れて仰向けになった。
「どうなってるんだ?」
周りを見ると僕は水の上に浮いていた。おまけに、水の流れに乗ってどんどん流されていく。
「マリー助けてくれ!」
僕の叫び声に気付いたマリーが流されていく僕を見て驚く。
「ポックル!」
そういって僕の手を掴んで引き上げようとするが水の流れもあってうまいように行かない。
「やばい、このままだと排水溝に落ちちゃう!」
先のほうを見るとぐるぐると渦を巻く黒い穴が見えた。
「マリー頑張って!」
僕も必死に水から出ようともがくが、虚しく水をかいただけだった。
「きゃぁぁぁぁ」
「うわぁあああ」
そして僕たちはそのまま渦に飲み込まれて深い深い穴に落ちていったのだった。