深夜の町内放送
夏のホラー2026参加作品です。
ホラー苦手な方は、逃げてください。
この町に引っ越して来てから、初めての体験だった。
そんなに田舎でもないのに、町内放送があるのだ。
幸いスピーカーからは、離れた場所に私のアパートはあるので、
大きな音では聞こえないし、騒音とまではいかない。
しかし、唐突に鳴り始めるこの音に、
私は毎回ビクリと体を揺らしていた。
昼間ならそんなに気にならないのだが、
結構な深夜に、いきなり鳴り出すのである。
これは、ちょっと怖い。
ピンポンパンポ~ン♪
〇〇家の〇〇さんが、00日の00時より行方不明になっており、
ただ今捜索活動をしております。
年齢は00歳、服装は上は〇〇で、下は〇〇、靴は〇〇です。
見かけた方、または保護されてる方は○○まで、ご連絡をお願いします。
繰り返します。
〇〇家の〇〇さんが、………~~~~
~~………………………ご連絡をお願いします。
ピンポンパンポーン……ブツッ
年齢から考えると認知症の老人の徘徊だろうか。見つかるといいけど。
あ~、いつ聞いても怖いんだが。何だろうね、この不気味さ。
この間なんて、光化学スモッグ注意報で濃度がどうたらで、
外出控えろとか放送が流れてきて、いつの時代だよと思ったわ。
まあ、防災無線の機能も考慮しての備えなんだろうけど、夜中はやめて欲しい。
静まりかえった夜の空間をあの無機質なアナウンスが、
一瞬で異質なものに変えてしまうのだ。
「もう、鳴らないよね?寝るか…」
そして別の日、夜中に町内放送が鳴り響いた。
ガタガタ…ブツッ…キィィ────ン……
ピン、ポンパンポ~ン♪
玄関のチャイムが鳴ります。
絶対に出ないでください。絶対に無視してください。
繰り返します。
玄関のチャイムが鳴ります。
絶対に出ないでください。絶対に無視してください。
ピンポンパンポーン…キィ─ン…ゴトンッ‼︎…ブツッ
寝入りばなに鳴らされた町内放送に、私は飛び起きた。
ちょっと!うるっさ、しかも何ハウリングさせてんの?
慌てて放送したのかな…しかも内容が意味不明なんだけど…テスト放送?
チャイムが鳴る?無視しろ?何の事よ?
イライラと腹を立てながら、上半身を起こした体を再びベッドに横たえる。
最悪。安眠妨害じゃん。
すると、隣の部屋の人がバタバタと走り出し、自室の玄関ドアを閉め直して、
ガチャガチャと鍵をかけているらしい音が聞こえて来た。
お隣さん…何してるの?
あんなに慌てて…さっきの…町内放送……
……私…鍵、閉めてたよね?
少し不安になって、そろそろと起き上がり玄関ドアの前に行った。
大丈夫。ちゃんとチェーンもかけている。
ホッと息を吐き我に返る。何やってんだろ、私ったら馬鹿馬鹿しい。
くるりと踵を返し、ベッドに戻ろうと歩き出した。
ピ ン ポ ー ン
………え?
肩越しに玄関ドアの方へ顔を向ける。
真っ暗な中で、ドアの下から廊下の明かりが漏れ入ってきている。
こんな、時間に…誰が…
玄関ドアの覗き穴に手をかけようとして、
ピタリと動きを止めた。
さっきの町内放送を思い出し、背筋がゾクリと寒くなる。
“ 玄関のチャイムが鳴ります。
絶対に出ないでください。絶対に無視してください ”
「…ひっ…」
思わず恐怖で声が出そうになり、慌てて自分の口を抑える。
何なの…これ…とにかく、離れよう…
足音を出さないよう、そろりと後ろに下がって身を引いた。
チャイムは、それ以降は鳴らなかった。
その夜は、訳の分からなさと不気味な怖さで、
なかなか寝付けなかった。
「町内放送?」
「はい。先輩の住んでるトコはありますか?」
「ないない。今時そんなの都内にあんの?
ねえ、社長の住んでる所は町内放送ってあります?」
「あ〜、町内放送?俺の田舎の実家にはあるが、こっちではねぇな」
「だよねぇ。あんたどこに引っ越したんだっけ?」
「〇〇です。そんな田舎でもないのに、やっぱり変ですよね」
「〇〇?」
「はい」
「……そこさ、行方不明者がやたら多い地区だよね」
「は?」
「ある日忽然と姿を消す人が多いって噂があるんだよ。
でも、事件性がないから公表はされてないらしいけど。
それにしても、そんな気味の悪い町内放送聞いたことないわ。
聞き間違いじゃないの?」
「…そうですよねぇ。寝入りばなだったから、幻聴だったのかも…」
「まあ、何はともあれ気をつけな。女の一人暮らしなんだから」
「はーい」
うわー、嫌な噂聞いちゃったなぁ。
引っ越したばかりだけど…他に移った方がいいかもしれない。
私はパソコンに向かい、ポスター初校デザインを黙々と進めた。
そして別の日、またあの町内放送が鳴り響いたのだ。
「…聞き間違いじゃなかった。今度はちゃんと聴こえた」
足を忍ばせて玄関ドアの前に立って、チャイムが鳴るのを待ってみる。
大丈夫、鍵はしてあるし、開けなければいいんだ。
ピ ン ポ ー ン
来たっ!
好奇心が抑えられず、両手をドアにそっと押し付け、
覗き穴に目をあてる。
………あれ?
誰もいないし、いつものアパートの共用廊下だった。
何だ、馬鹿みたい。何もないじゃん。あービビって損した。
ま、現実はこんなもんよ……寝よ。
身を引こうとすると、両手で触れていたドアが、
ギイ──ッと静かに開いた。
えっ、鍵閉めてたはずなのに……
ドアノブを握って閉めようとすると、
突然、凄い力でドアを引っ張られ、勢いよく開け放たれる。
「うわぁっ‼︎」
一瞬だった。
一瞬だけ目を瞑ってしまった次の瞬間、
私は一人で真っ暗の中で立っていて茫然とした。
「な、に…?どこ…ここ…何も、見えないんだけど…」
寝ぼけて、夢でも見てるのかもしれない…
あまりに現実離れした出来事に、私の思考は逃避し始めていた。
そして、私の腕を誰かが掴んだ。
いきなりの事に、体が跳ね上がる。
腕を掴んでいた人物が姿を現して、その表情にギョッとする。
満面の笑顔で、号泣していた。
歳は30代半ば位の女性だろうか…
「ありがとう、ありがとう!やっと開いた!やっと開いた!
やっと出られる!でられるぅぅぅぅ────っ‼︎
嬉しい、嬉しい、嬉しいいいいいいいっ!
あはははははははははははははははははははははははっ‼︎
きゃああああっ、うあああああっ───ああああ───っ‼︎」
彼女の凄まじい表情と感情に、私は呆気に取られてしまい、
無言で彼女を見つめていた。
そして唐突に、フッと姿が消えた。
「…………え?」
暗闇の中、私は一人取り残されたのだ。
「どこに行っちゃたんですかねぇ…折角コンペ取ったのに…」
「お前ら、この間…変な話してたよな」
「……え?…ああ!町内放送のことですか?」
「ああ…」
「えっ…、まさかぁっ、関係ないでしょ?」
「…………」
「………ドア…開けちゃったん、ですかね…」
返事の代わりのように、
社長は小指でリターンキーをタンッと弾いた。
どんなに叫んでも、私の声は暗闇に吸い込まれていく。
私は息を切らし疲れ切って、その場にへたり込んだ。
ああ、そうか。
次の人が、玄関を開けてくれないと、
出られないんだ。
お願い、誰か…
お願い…お願い…誰か…
ここから、出して…
早く、早く、町内放送を流して!
そして…誰か、玄関を開けて‼︎
ガタガタ…ブツッ…キィィ────ン……
ピン、ポンパンポ~ン♪
玄関のチャイムが鳴ります。
絶対に出ないでください。絶対に無視してください。
繰り返します。
玄関のチャイムが鳴ります。
絶対に出ないでください。絶対に無視してください。
ピンポンパンポーン…キィ─ン…ゴトンッ‼︎…ブツッ
完




