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フェリスは、オルキディアを見送ってから、また調べ物を再開した。
フェリスのページをめくる手が止まる。
「あった...」
「セミージャ_王家の温室のみで栽培されていて、湿度と温度管理の極めて難しい植物で種子は白い花が枯れるとき一粒だけ採取する事ができる。非常に希少なものである」
(こんな希少なものを聖女アイレさまは私にくださったのね。)
「嬉しそうですが、これがどうかなさったのですか?」
アガットがフェリスとセミージャの解説のページを交互に見る。
「これ、次のページに続いてますよ」
アガットが次のページを捲った。
「本当ね、ありがとう…」
フェリスが、そこにも目を通す。
「え…?」
フェリスの目が釘付けになり、顔色が徐々に悪くなっていく。
「どうしました?」
「ここ見て...」
フェリスの、文字を差している指先が震える。
「使用上の注意、魔物よけに使用するときは必ずいぶすこと。水に浸すと外皮がふやけて破れ、甘い香りが周囲に漂い軽い興奮状態を引き起こす」
フェリスは意識して呼吸をしないと、息苦しく感じるほど動揺した。
必死に当時のことを思い起こす。
(わたし...あの時、花瓶の中に種を入れたわね。なんで花瓶に入れたのかしら...そうだわ、アイレさまに水に浸して使用するように言われて渡されたから...)
フェリスはゾッとした。
(アイレさまは、なぜ私に嘘を教えたの?)
フェリスは、アイレが厩番の娘で、オルキディアと親しかったという話を思い出す。
(噂があったわね二人が親密だと...聖女アイレさまは、オルキディアさまに特別な感情をお持ちだったんじゃないかしら?)
(そうなると__このままだと...今回も、私は死ぬ...?)
「アガット、私からこの婚姻を破談にすることって難しいかしら...」
「どうしたのですか?無理に決まってますよね。サルマン卿はこの辺じゃかなりの影響力をお持ちだし、今の王太子殿下や第2王子ともご学友で仲が良いという噂です。こちらから破談などしたらアルモアダ伯爵家は社交界で肩身が狭くなりますよ」
フェリスは立ち上がった。
「もっと地味なドレスを....」
(オルキディアさまと婚約解消しなくては...なまじ花の妖精なんて異名があるのがよくないわ、お祖母さまもおっしゃていた__女性の外見が男性のステータスになるって。)
(お祖母さまも美しい方で、最初は大切にされていたけど、お祖父さまは婚姻前から他に愛する方がいて、お祖母さまは子を産んだ後は、捨て置かれて肩身の狭い悲しい思いをしたと聞いたわ。容姿なんていつかは崩れる_)
「は?地味に装うって...なにをしにこちらに来られていると思っているのですか?」
「そうだわ、逆に露出の高いものを着ましょう。慎ましく見えないものを用意して」
(花の妖精がお気に召していらっしゃるなら、逆の路線で行きましょう。)
「そんなもの、ご用意があると思いますか?」
「買い物に行きましょう。手配して」
「反対です」
「一人でも行くわよ」
アガットは渋々、街に行く手配をしに図書室から出ていった。
フェリスは一人で部屋に戻って、持ってきた宝石をいくつか袋に詰めた。
聖女アイレさまが多分、明日来られる。
今日中に婚約解消を申し出て、オルキディアさまから破談という形にしていただきたいわ。
「オルキディアさまは、なぜ聖女アイレさまと婚姻なさらなかったのかしら。うちとの共同事業の件かしら…」
アガットが戻ってきた。
「お車の用意ができました。」
「さすが、仕事が早くて助かるわ」
「部屋にお戻りならそう声を掛けてください。図書室にいらっしゃらないので慌てました」
アガットは、黙っていた。
オルキディアが討伐から帰ってきて、一緒に街に行くことになったことを。
フェリスは宝石の入った袋を大事に抱えて、エントランスに横付けしてある車に乗り込んだ。
「え...」
進行方向と逆側の座席にオルキディアが座っているのを見て、ぽかんと口があいてしまった。
「お...サルマン卿もお車でしたの?失礼しました」
フェリスは車から降りようとしたところで、オルキディアから腕を掴まれた。
「アガットが外出許可を取りにきていてね、せっかくなので私も同行させてもらうよ。いい店を知っているから紹介させて欲しい。」
「私、行く店をもう決めておりますので、紹介は必要ないですわ」
「フェリスさま、なにを仰るのです!サルマン卿、フェリスさまは遠慮しているだけなのです」
アガットはフェリスをぐいぐいと、窓側の座席に押し込んだ。
フェリスが窓側に座ってから、オルキディアがフェリスの隣に移動してきた。
アガットがフェリスの対面側の座席に座る。
「思ったより旅の疲れが出ていないようで安心したよ。昨日誘ったら断られたからね」
フェリスは、隣りに座ったオルキディアを横目で見た。
相変わらず端正な顔立ちだ。
フェリスはすぐに窓の外に視線を移した。
「わたし、ドレスを買いに行きますの。男性には退屈だと思いますけど」
「婚約者の好みをリサーチしてドレスを用意したつもりだったが、私の見立て違いだったようで申し訳なかったね」
(贈り物のドレスに袖を通さず、自分で購入しようとしていたらそうとるわね...)
「どうして、私と婚姻なさろうと思われたのですか?サルマン卿なら選び放題でしょうに」
「とんでもない。あなたは社交界では高嶺の花でしたよ、容姿だけにとどまらず性格も良いと。使用人にも鷹揚な態度で接していると。」
(やっぱり、私の異名に価値を見出したのね...)
「どなたがそんな大袈裟に、サルマン卿にお伝えしたのかしら?」
「それはいいとして...服飾関係のお店ならここが、おすすめだ」
車が止まってオルキディアのエスコートで車を降りた。
お店の外観は見るからに高級感漂う雰囲気で、ガラス扉から中の様子が見える。
店いっぱいに色とりどりのドレスが並べられている。
中央に休憩用の大きな丸い椅子があり、その奥に試着室が3つほど設置されていた。
オルキディアが扉を開ける。
フェリスは観念して中に入った。
(もっと陳腐なイメージのお店を探していましたのに…)
「いらっしゃいませ」
髪を後ろで一つにまとめた、年の頃30代くらいの品の良さそうな女性が店の奥から出てきて挨拶をした。