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夜のはじめ頃、オルキディアとのディナーのために食堂に向かう。
食堂に向かう廊下には、赤い絨毯が敷かれていて、ヒールでも足が痛くない。
所々に、絵画や彫刻の像などが置かれていた。
「フェリスさま、もう少し華やかな装いにお召し替えなさらなくてよかったのですか?」
アガットが不満げに聞いてきた。
「いいのよ」
フェリスが地味な装いにしたのには理由があった。
(幸か不幸か...私は着飾れば、社交界でも人の目を引いてしまう容姿を持っている。そんな女が婚約者という立場で、オルキディアさまの好みの装いをしてそばにいたら、思い詰めて魔物をけしかけてもおかしくはないのではないかしら...まだ私の想像でしかないけれど)
(思い返せば、アイレさまには面白くない状況だったわよね。オルキディアさまと想い合っているのに、なかなか婚約解消をしてくれないんだものね)
(しかも、以前の私はオルキディアさまに構って欲しくて、オルキディアさま好みの可愛いものをよく身に着けていた)
アガットが、頑ななフェリスを見て、宝の持ち腐れだと思う。
「せっかくフェリスさまに似合いそうな素敵なドレスを、たくさん用意してくださっていたのに、あえてこちらから持参した一番地味な紺色のドレスのままでなくとも」
アガットは美しい主人を着飾って、オルキディアに満足してもらいたかった。
食堂に着くと、使用人が扉を開けた。
中は4人掛けの比較的狭いテーブルが置いてあった。
オルキディアは、先に席についてフェリスを待っていた。
フェリスは中に入ってすぐに、カーテシーをして挨拶をした。
「こんばんは、サルマン卿」
「こんばんは、フェリス嬢は私の用意していたドレスはお気に召さなかったかな?」
オルキディアは、観察するような目でフェリスを見ながら、席を立った。
フェリスのそばに来て、手を差し出し椅子までエスコートしてから、椅子を引く。
フェリスは左から椅子の前に回ると、タイミングよくオルキディアが椅子を押してくれた。
オルキディアが自分の席に戻ると、食前酒が運ばれてきた。
「今日はゆっくり過ごせたかな?」
オルキディアは、食前酒に口を付けてフェリスに質問をする。
オルキディアは、23歳にしてサルマンの辺境伯の地位を継いだ。両親は王都にタウンハウスをもっており、宝石を取り扱う仕事をしているらしくほとんど領地に戻ってこない。
サルマン領は魔物が出る森と隣接している。
討伐には領主も指揮して自ら赴くため、体力に陰りが見える前に早いうちに引退して子に跡目を譲ることが多い。
魔物には核があり討伐後に核を取り出す。魔物の核は熱処理をしてカットを施すと、美しいきらめきのある宝石になる。
サルマン領は、資源もさることながら宝石による収入が結構大きかった。
フェリスは端正な顔立ちのオルキディアに見惚れていて少し返事が遅れる。
「...ええ、お昼近くまで惰眠を貪りましたわ。おかげさまで寝過ぎで体調が今ひとつですわ」
オルキディアの美しいオニキスのような漆黒の瞳が見開かれた。
オルキディアは瞳も髪も同色の黒い色だった。肌は陶器のように滑らかで鼻筋がすっと通っていて、どちらかと言えば美しく繊細な顔つきだ。
均整の取れた鍛えられた体つきが、顔の美しさと相反していてそれもオルキディアの魅力だった。
(一度目は、たしか『こちらの使用人の方々の心遣いが行き届いていて、しっかりと休めましたわ』と言っていったはずよ。可愛くない感じで言い換えたつもりだけど…どうかしら?)
アガットは、横で控えていて目を剥いた。
「明日は、領地内を案内しようと思っていたんだが...フェリス嬢はこちらに着いたばかりで、体調が芳しくないのだろう、日を改めようか」
オルキディアがフェリスの言葉を言い換えた。
ディナーの料理が少しずつ運ばれてくる。
フェリスは自分らしくない慣れない言い方をしたことで、胸がざわざわして食前酒を一気に呷った。
程なくして少し頬が赤らむ。
フェリスの頬が赤くなりバラの花のようになり、お酒のせいで目元が潤む。
前回は、お酒に弱いのがわかっていたので少しずつ飲んでいた。
目の前の魚料理に遠慮なく口をつける。
マナーでは順番があるが知らん顔をした。
オルキディアが、またフェリスを観察するような目でじっと見ていた。
「領地には、結婚式が終わってから連れて行ってくださいませ」
フェリスは物心付いたときからの躾によって、上品に魚を食べながら答えた。